巣状分節性糸球体硬化症

内科学 第10版 「巣状分節性糸球体硬化症」の解説

巣状分節性糸球体硬化症(原発性糸球体疾患)

概念
 以前,巣状糸球体硬化症とよばれていた疾患は,さまざまな原因により,糸球体が非特異的に球状に硬化する場合を含むため,各種の診療指針や学会用語集では巣状分節性糸球体硬化症と改められている.この疾患名における巣状(focal)とは限られた糸球体を意味し,その糸球体の一部の分節(segment)から発生することにより,本症は命名されている.この疾患は,1957年Richにより,髄質近接部糸球体から腎被膜に近い糸球体へ硬化が進展する小児の難治性ネフローゼ症候群の一型として報告されたが,1970年代以降,このような特徴を有する症例が成人でも多数報告され,疾患概念として確立された.原因が不明なものを一次性あるいは特発性,原因疾患が明らかであるものを二次性として分類されてきたが,最近は,これまで一次性として扱われたものでも原因が明らかになりつつある(表11-3-5).このため,後述のようにいくつかの亜型に分類する試みもある.また,近年,糸球体上皮細胞の構造蛋白であるポドシンやα-アクチニン4などの遺伝子変異で発症する家族性・先天性FSGSも次々と報告されるようになり,成人に発症する例も認められる.
病因
 さまざまな要因が関与するが,とくに一次性では,微小変化群の場合と同様に糸球体上皮細胞障害により発症すると考えられている.しかし,微小変化群とは異なりこの上皮細胞障害は非可逆的で,Bowman嚢と癒着して周囲の組織障害を巻き込み,硬化へと進展する.上皮細胞障害を引き起こす物質としては,微小変化群の場合と同様T細胞異常も考えられるが,より強力な障害性物質の存在が推測される.実験的には,ラットピューロマイシン・アミノヌクレオシドやアドリアマイシンを繰り返し投与すると,FSGSと同様の変化を引き起こすことが知られている.一方,移植腎に再発するFSGS患者血清から分子量5万の上皮細胞障害性物質が発見され注目されており,このことから,一次性においても何らかの液性因子が発症にかかわる可能性が指摘されている.さらに,上皮細胞障害を起こす原因として,前述のように糸球体上皮細胞の構造蛋白や陰性荷電蛋白の遺伝子変異,HIVなどのウイルス,ヘロインなどの薬物が明らかとなった(表11-3-5). このほか,二次性FSGSや実験モデルの解析から,糸球体硬化機序には以下のような要因が考えられる.
1)過剰濾過(hyperfiltration)
ネフロンの減少や溶質の増加により糸球体血流量や血圧が上昇し,糸球体で過剰の濾過が生じることが硬化にかかわっているとの考えであり,高血圧や肥満に伴うFSGSでは特に重要な要因である.
2)糸球体腫大:
過剰濾過やその他の原因で糸球体が腫大して,毛細管壁に歪みが生じ硬化を引き起こす.成長ホルモンなどの作用も注目されているが,なかでもTGF-βはメサンギウムにおける細胞外基質成分の産生を刺激し,糸球体硬化を促進すると考えらる.
3)脂質異常症:
脂質異常症では,浸潤マクロファージスカベンジャー受容体などによりリポ蛋白を取り込み,糸球体硬化にも関与すると考えられる.
4)免疫学的機序:
先に述べたような糸球体上皮細胞障害を引き起こす物質が免疫学的にも生じる可能性があるが,明確な証拠は得られていない.一方,FSGSに特徴的な間質の障害ではTリンパ球やマクロファージの浸潤が著明であり,それらがFSGSの進展に深く関与している可能性がある.
疫学
 日本腎臓病総合レジストリーの報告(Sugiyamaら,2011)では,FSGSの頻度は,わが国における腎生検例の約4%であり,ネフローゼ症候群の7.6%,一次性に限れば11.1%で,一次性ネフローゼ症候群の分類の第3位を占めている.これまで,小児に多い疾患とされてきたが,今回のレジストリーの結果からは,一次性ネフローゼ症候群のうち,40歳以下で7.1~17.5%.65歳以上の高齢者でも8.5%と,各年齢層でほぼ同じ割合であった.
病理
 光学顕微鏡では,髄質近接部における巣状の糸球体硬化が特徴的とされるが(図11-3-7),髄質近接部の変化が必ずしも明確でないことがある.一方,個々の糸球体では,硬化は糸球体上皮細胞とBowman囊の癒着部を中心に,糸球体の一部から発生する.このような硬化の様式を分節性硬化(segmental sclerosis)とよぶ(図11-3-8).また,硬化にはいわゆるガラス様の無構造物や脂肪を含む泡沫細胞が含まれることが少なくない.なお,FSGSでは間質障害を伴うことが多いが,その部位にはTリンパ球やマクロファージの浸潤が著明であり,FSGSの進展に関与していることも考えられる. 免疫組織学的には,IgMや補体成分C3などが硬化部分に一致して塊状に沈着し,非硬化部でも播種状に沈着する.このような所見は,必ずしも病因とは結びつくものではないが,FSGSの診断上有用である. 電子顕微鏡では,糸球体上皮細胞の変性が微小変化群より高度であり,足突起消失だけでなく基底膜からの剥離も認められる.さらに,硬化部分ではコラーゲン線維などの細胞外基質成分や高電子密度の無構造物質なども観察される.
臨床症状・検査成績
 一次性や特発性は全身浮腫などにより急激に発症し,10 g/日以上の大量の尿蛋白や高度の高脂血症を呈するが,微小変化群でも同様の症状がみられるので鑑別が難しい.しかし,①尿沈渣赤血球や顆粒円柱が観察される頻度が高いこと,②尿蛋白選択性が低下し,アルブミンだけでなくかなり分子量の大きなグロブリンも尿中に漏出することなどの特徴がある.このため,血清蛋白電気泳動では,ガンマグロブリン分画が著しく減少することもある.また,高血圧が比較的初期から明らかであり,糸球体硬化の進行とともに増悪しやすい.一方,二次性の症状や検査所見は基礎疾患の状態に依存し,ネフローゼ症候群を呈することは多くない.
診断
 診断には腎生検を行い,病理の項で述べたように光学顕微鏡により巣状分節性の糸球体硬化を確認する必要がある.しかし,FSGSでも標本に硬化糸球体が含まれていない場合があるので,髄質近接部を中心として糸球体腫大,尿細管萎縮,間質の局所的増加にも注意する必要がある.糸球体におけるIgMやC3の沈着を示す免疫組織学的所見も診断の助けになる.
鑑別診断
 微小変化群との鑑別が重要であるが,初期においては症状,病理所見で区別がつかないことが多い.実際,両者の境界は明確ではなく,治療に反応していた微小変化群から治療不応性のFSGSに変化する症例もある.鑑別上の問題点は微小変化群の項や本項ですでに述べてきた.
 これまで,FSGSに特徴的な糸球体硬化が明らかでなくとも,FSGSの初期像や特異的な病理所見を示す亜型がいくつか報告されてきたが,D’Agatiらにより,本来のFSGSである非特異例を含めた5つの亜型がコロンビア分類としてまとめられた.すなわち,①非特異型(FSGS(NOS) variant),②門部周囲型(perihilar variant),③細胞型(cellular variant),④糸球体尖型(tip variant),⑤虚脱型(collapsing variant)である.このうち非特異型は典型的なFSGSのことであり,門部周囲型は門部すなわち糸球体血管極を中心として硬化がみられるもの,細胞型は分節状の管内細胞増殖を伴うものである.また,糸球体尖型は糸球体の一部が尿細管起始部の付近でBowman囊と癒着し,空泡を伴って小さな硬化を形成する.通常のFSGSよりは予後がよいとされるが,腎不全に至る例もある.また,虚脱型は糸球体上皮障害とともに係蹄の虚脱が少なくとも1個の糸球体全体に及び,短期間で腎機能が悪化する.欧米ではHIV感染症やヘロイン中毒によるFSGSが知られているが,これらには虚脱型が多い.
合併症
 現在二次性としておおむね表11-3-5のようなものがあり,さまざまな疾患に併発していることが知られている.なお,ほかの腎疾患でも,FSGSのような分節性糸球体硬化を伴う場合には,伴わないものと比較して予後が悪いといわれている.
治療
 FSGSはステロイド抵抗性や難治性ネフローゼ症候群を呈する最も代表的な疾患である.治療の基本はステロイドと免疫抑制薬の投与であるが,それだけでは不十分なことも多いので,尿蛋白1 g/日以下の不完全寛解I型を目指して,積極的にさまざまな治療を試みる必要がある. 今般のネフローゼ症候群診療指針(松尾ら,2011)によれば,初期治療としてプレドニゾロン1 mg/kg体重/日(最大60 mg/日)相当を投与する.しかし,経口投与だけでは寛解にいたることは難しいので,メチルプレドニゾロン500〜1000 mg3日間連日点滴静注によるいわゆるステロイドパルス療法の併用が,長期予後の面からも有効といわれている.いずれにせよ,FSGSではステロイド投与が長期化し総投与量が増加するので,副作用に注意を要する.
 ステロイドの効果を補強して,寛解を達成し再発を防ぐためには免疫抑制薬の併用も必要である.第一選択薬はシクロスポリン2~3 mg/kg体重/日で,さらにミゾリビン150 mg/日またはシクロホスファミド50~100 mg/日が候補となる.ただし,免疫抑制薬にはそれぞれ副作用をきたすおそれがあり,とくにシクロホスファミドでは生殖機能の抑制,白血球減少,肝障害,悪性腫瘍誘発の危険性に注意して,投与期間を通常2~3カ月に限定する.また,シクロスポリンでは尿細管障害や動脈硬化,高血圧が発現するおそれがある.
 補助療法として,高血圧を呈する症例では積極的に降圧薬を使用するが,第一選択薬として,アンジオテンシン受容体拮抗薬やアンジオテンシン変換酵素阻害薬の使用を考慮する.さらに,長期にわたる高度の脂質異常症はFSGSの増悪因子となるおそれがあるので,HMG-CoA還元酵素阻害薬やエゼチミブなどの脂質代謝改善薬の併用を考慮する.高LDLコレステロール血症を伴う難治性ネフローゼ症候群に対しては,健康保険上,LDLアフェレシスを3カ月間に12回の範囲内で施行できる.また,血栓症予防を期待し,必要に応じて抗凝固薬のワルファリンを併用する.
予後
 FSGSは従来から予後不良な疾患といわれてきた.事実欧米では約半数が腎不全になるとの報告が多い.わが国の厚生科学事業進行性腎障害調査研究班による集計でも,全体では腎不全例が23%程度であるが,経時的にみると,診断後10年で15%,20年で67%が末期腎不全となる.ただ,腎生検による早期発見例では,さまざまな薬剤の組合せをねばり強く行うことにより寛解に至ることが少なくない.一方,長期の治療による副作用や,脂質異常症や高血圧の持続による脳や心血管障害の発現など,腎外の因子が予後に影響を与える危険性も考慮する必要がある.[斉藤喬雄]
■文献
松尾清一,今井圓裕,他:ネフローゼ症候群診療指針.日腎会誌,53: 78-122, 2011.
長田道夫:巣状分節性糸球体硬化症.腎生検病理アトラス(日本腎臓学会・腎病理診断標準化委員会,日本腎病理協会編),pp91-97, 東京医学社,東京,2010.
Sugiyama H, Yokoyama H, et al: Japan renal biopsy registry: the first nationwide, web-based, and prospective registry system of renal biopsies in Japan. Clin Exp Nephrol, 15: 493-503, 2011.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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