帰化生物(読み)きかせいぶつ

改訂新版 世界大百科事典 「帰化生物」の意味・わかりやすい解説

帰化生物 (きかせいぶつ)

地球上に生存している生物は,種ごとに自然の分布域(生活領域)を有している。この分布域は,それぞれの生物種の生態的な適応域の範囲内の一部分を占めていることが普通であり,その生物種の生存可能域を覆いつくしていることはない。それは,生物がそれぞれのもつ分布拡大能力では,海洋,大山脈,乾燥地帯などの自然の障害をとびこせないことによる。

 人類が農耕を開始し,耕地というそれまでなかった人工生態系がつくられ,さらには都市生活圏が拡大されることによって,特定の生物にとっては新しい生活領域が作り出された。また人類による船という交通手段の発明は,生物分布の障害の最も大きなものを取りはらう役割をした。これらのことによって,地球上の生物の地理的分布域が大きく変化させられた。人類の生産や交通の諸活動によって人為的に,本来の生活域とは地理的にかけ離れた地域に運ばれ,そこに自然な生活域を確立した生物を,帰化生物という。人工的な環境を生育場所としていても,その生物が自然な分布能力で分布域を広げたものは,帰化生物とはいわない。

農耕の開始以前にも,人間は植物と密接な関係をもって生活をしていた。狩猟採集民族が有用な植物を意図的に保護している例は多く知られているが,民族の放浪とともにこの有用な植物を持ち歩き,それが野生化した例はあったと思われる。しかし,その具体的な例は,現在では追求するのが難しいし,それほど多くの例があったとは思えない。日本の暖温帯の林床に多いシャガは三倍体で種子をつけないが,中国大陸にも分布している。この植物はまれに食用にされることがあり,古い時代に人間によって日本に持ち込まれた植物の一つであろう。

人間が農耕を始めることによって,自然の植生は定期的な耕起,栽培植物の播種(はしゆ)や植付け,除草や施肥,収穫といった一連の農耕作業の加えられる耕地に変えられていった。つまり,自然植生が森林であった地域が草原的な耕地に変えられるという,植生上の大変化が起こった。このため,そのような陽地・草原的な環境を生活場所とする生物の生育領域は急速に拡大することになったし,栽培植物に随伴した雑草(耕地雑草)は,栽培植物の移動に伴い,世界各地に運ばれた。日本でも縄文や弥生時代に,そのような過程をたどってもたらされた帰化植物naturalized plantは多いと推定され,それらは史前帰化植物と名付けられている。また,初めは栽培植物として利用されていたものが,そのうち栽培が放棄されて,野生化したものもある。しかし,この史前帰化の段階では,太平洋や大西洋を越えて異なる大陸間での帰化ということは見られない。この時期に日本に帰化した雑草の多くは東アジアの温帯域と,東南アジア域が原産地である。

16世紀,ヨーロッパ世界によって大洋を乗り越える航海が広く行われるようになって,帰化生物の種は急増していった。多くの動植物が,発見された新大陸から旧大陸に,あるいはその逆に導入されただけでなく,人間や荷物の移動に伴って新しい生育地に侵入定着した植物も多い。オジギソウ,ホテイアオイなど熱帯域に広く分布する南アメリカ原産の雑草のほとんどは,この時期以後に分布域を広げたものである。また19世紀に入ると,産業資本を基盤とする世界の植民地分割が急速に進行し,帆船,さらには蒸気船や鉄道が世界の交通体系を一新し,それまで隔離されていたオーストラリア大陸や太平洋の島々への外来生物の渡来,定着をいっそう進めることになった。日本でも,江戸時代から明治維新の初めにかけて帰化した植物は多く,鉄道草(てつどうぐさ)とか維新草という俗称で呼ばれた。また,熱帯域でのプランテーション北アメリカの大規模農耕などは,商品生産的農業生産物の世界的な流通とそれに伴う帰化生物の分散をもたらした。

第2次世界大戦の時期には,全世界的な大規模の軍隊や貨物の移動が行われ,それに伴って移動した生物も多種にのぼる。日本でも,アメリカ軍によってアメリカ大陸から持ち込まれたと推定される戦後派帰化植物がある。
執筆者:

ある国に人間によって外国から移入され,そこで野生化して,永続的な個体群を形成するに至った動物。本来はイタチがいなかった八重山諸島や八丈島に移入され,そこで野生化した本土のイタチは,普通は帰化動物といわない。これで知れるように,帰化動物といわれるものは,一般に国を越えて移入され,野生化した場合に限られる。また,その国の原産ではないが,古くから親しまれた家畜や家禽(かきん)が,その国のある地域に野生化した場合も,帰化動物とはいわず,野化動物と呼ぶのが普通である。

 帰化動物には,人間が意識して有用な動物を移入し,帰化を図った場合と,人間がそのような意識なしに動物を移入し,偶然の機会に帰化した場合とがある。人間が意識的に帰化を図って成功したものとしては,日本には,沖縄県が毒ヘビ,とくにハブの駆除を目的として,1910年にインドから移入し渡名喜島などに放したマングース,農林省が狩猟鳥を増やす目的で,19-20年に中国南部から移入し,東京と神奈川に放したコジュケイ,同じく30年ころから数次にわたって朝鮮から移入し,北海道日高に放鳥したコウライキジ,カの駆除を目的に台湾から移入し,東京,千葉などで野生化している北アメリカ原産のカダヤシタップミノー),食用に中国から移入し,利根川水系で野生化しているソウギョなどがある。

 偶然に帰化したものとしては,飼育していたものが逃げ出して定着したものに,1918年ころから食用に北アメリカから移入し,各地で養殖していたが,その一部が逃げ出して各地に野生化したウシガエル,そのウシガエルの餌として30年ころ神奈川に移入して養殖していたところ,大雨による出水で逃げ出して,付近の水田などに野生化し,しだいに各地に分布を広げたといわれる北アメリカ産のアメリカザリガニ,35年ころ食用に台湾から移入したものが,小笠原,奄美,沖縄などに野生化した,アフリカ原産のアフリカマイマイなどがある。また,愛玩用に飼育していたものが逃げ出して帰化したものに,北海道,岐阜の金華山などに野生化した韓国産のチョウセンシマリス,東京付近などに野生化したセキセイインコその他多数の飼鳥,動物園で飼育していたものが逃げ出して野生化したものに,伊豆大島,鎌倉などにすみついた台湾原産のタイワンリス,毛皮獣では第2次大戦中南アメリカから輸入し,各地で盛んに養殖していたが,その一部が逃げ出し,岡山その他に野生化したヌートリア,同じころ養殖されていたと思われ,東京の江戸川付近に定着している北アメリカ産のマスクラット,戦後毛皮獣として輸入され,養殖されていたものが逃げ出し,北海道で野生化した北アメリカ産のミンクなどがある。さらに,輸入した植物などに付着して偶然に入って来たと思われるものに,明治末に観賞用植物についてオーストラリアから入ってきたイセリアカイガラムシ,第2次大戦中に日本に入った北アメリカ原産のアメリカシロヒトリ,同じころ中国から入ったアオマツムシなどがある。

 日本のドブネズミ,クマネズミなどのイエネズミ(家鼠)は古い時代に大陸から渡来して野生化したものと思われるが,これらは帰化動物とは呼ばない。また戦後,東北地方などから毛皮が取れ始めて,初めて存在が知られたハクビシンは,確実な原産地が不明なため,はたして帰化動物なのかどうか一部で疑われている。

 帰化動物は,天敵や抗争種がいない場合,爆発的に増えて,農作物などにひどい害を与えることがある。アメリカ合衆国に1916年ころ苗について日本から入ったといわれ,Japanese beetleの名で知られるマメコガネが,日本では特別顕著な害がなかったのに,アメリカでは東部にまんえんし,リンゴ,モモなどの果樹をはじめ,マメ類その他の作物の重要な害虫になったのは,その一例である。日本に入ったイセリアカイガラムシも果樹その他に大害を及ぼしたが,原産地の天敵ベダリアテントウを導入することによって,まんえんを防ぐことができた。しかし,帰化動物が増殖する原因には不明の点が多い。西ヨーロッパのフランス,ドイツなどでは,北アメリカから入って野生化したマスクラットが各地に増殖し,水辺に太いトンネルを掘って生息するため堤防を破壊し,大きな社会問題となっているが,日本では天敵がいるとも思えないのに,なぜか本種はあまり増えていない。沖縄のマングースはハブの天敵とすべく移入したものであるが,ハブの駆除には見るべき効果がなく,かえってニワトリなどの家禽の被害が騒がれている。マングースはネズミやヘビの駆除を目的に西インド諸島,ハワイ諸島などにも移入されたが,目的以外の野生鳥獣の食害が甚だしく,いずれも失敗に終わっている。帰化動物はこのように生態系を破壊するばかりでなく,西日本に入ったチョウセンイタチが在来種のイタチを駆逐しつつあるように,固有種の地域的な絶滅をもたらすおそれがある。また,北海道に帰化したチョウセンシマリスは在来のエゾシマリスと交雑しつつあり,純粋のエゾシマリスが姿を消すのではないかと心配されている。
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帰化生物の移動は人間の生活空間の広がりや交通手段に依存しているため,適当な移動手段をもたない生物は帰化生物にはなりえない。したがって微細な種子や衣服に強く付着するような散布手段をもつ植物が,運ばれやすい。栽培植物の種子に混じって種子が運ばれたり,また植物体に付着,寄生する動物も運ばれやすく,帰化生物となって新天地に定着する可能性が高くなる。しかし,新しい地域に運ばれた生物が,そこに定着して,生活圏を確立するためには,その生物の本来的に有している生活環が,その地域でうまく完結するような環境適合性がないといけない。クズやマメコガネなどの東アジアの生物が北アメリカの東岸域に,逆に北アメリカの東岸域の生物,たとえばセイタカアワダチソウやアメリカシロヒトリが東アジアに侵入し定着できたのも,どちらも大陸東岸気候という環境の似かよりがあったからであろうし,地中海地域やヨーロッパ原産の植物の多くは畑地雑草となって,日本では秋から春に生育し,開花結実する生活環境をもっている。さらに熱帯や温暖な地域原産の植物の多くは水田耕作に随伴し,日本の暑い夏の期間に生活を終え,種子の形で冬眠するものが多い。

 帰化植物には,陽地性で,自殖をし,多産な種子によって,適地に侵入すれば急速に個体群を増大するものが多い。このような性質は人間によって植生が破壊された場所に侵入して生活圏を確立する点で有利であるが,逆に自然植生の中に侵入帰化したような例は,日本のような豊かな自然を有している地域ではほとんどない。そのため植物相の中に帰化植物の占める割合によって,その地域の自然の状態を指標することもできる。帰化植物の割合が40~50%を超える地域は,著しく都市的な,自然環境の劣悪な地域である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「帰化生物」の意味・わかりやすい解説

帰化生物
きかせいぶつ

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世界大百科事典(旧版)内の帰化生物の言及

【在来種】より

…もともとその地域に土着していた生物種のこと。この定義は必ずしも明確でなく,一般には歴史時代に入ってから,人類が外地から持ち込んだ生物種を導入種とか帰化生物といい,それ以前に土着した生物種を在来種という。しかし,近年では,たとえば新種の雑草が持ち込まれた場合に,それ以前に土着していた雑草を在来種ともいう。…

※「帰化生物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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