[1] 〘形動〙
① 周囲や相手にかまわず、ひたすら自分の意志を通そうとするさま。
(イ) 強引なさま。むりやりなさま。
※書紀(720)景行四〇年七月(北野本訓)「汝(いまし)が欲(ほっ)せざらむを、豈(あに)強(アナガチニ)遣(また)せむや」
※源氏(1001‐14頃)空蝉「あながちに、かかづらひたどりよらむも、人悪かるべく、まめやかにめざまし」
(ロ) 一途(いちず)なさま。ひたむきなさま。
※竹取(9C末‐10C初)「あながちに心ざしを見えありく」
※源氏(1001‐14頃)宿木「たちまちの我心のみだれに任せて、あながちなる心をつかひてのち」
(ハ) 身勝手なさま。いい気なさま。
※源氏(1001‐14頃)
紅葉賀「物語などして、うちゑみ給へるが、いとゆゆしう美しきに、我身ながら、これに似たらむは、いみじういたはしうおぼえ給ふぞ、あながちなるや」
(ニ) 頑強なさま。頑固なさま。
※狭衣物語(1069‐77頃か)二「あながちならん関守を破らんも、なほ煩はしくおぼへ給へば」
(ホ) 欲が深いさま。貪欲なさま。〔
日葡辞書(1603‐04)〕
② 異常なほどきわだっているさま。非常に。
※枕(10C終)二三七「説経などはいとよし。罪うしなふことなれば。それだになほあながちなるさまにては見ぐるしきに」
③ (下に打消を伴って) 一概に。むやみに。
※栄花(1028‐92頃)玉の村菊「これはさきの斎宮と聞えさすれば、あながちに恐しかるべき事にもあらねど」
[2] 〘副〙 (下に打消を伴って) 一概には。必ずしも。
※静嘉堂文庫本和歌九品(1009頃か)「名を得たる人は、あながち明歌にあらずはよみだにまさりてははばかるまじき也」
※
武蔵野(1887)〈
山田美妙〉下「此様な時には涙などもあながち出るとも決って居ず」
[語誌]「しいて(強)」が相手の意志にさからって事を進める意で、古代の和歌や散文に用いられているのに対して、「あながち」は自己の内部の衝動によっていちずに動く意。「
源氏物語」に多出するが、他にはあまり使われない。