当事者自治(読み)とうじしゃじち(英語表記)doctrine of the autonomy of the parties

改訂新版 世界大百科事典 「当事者自治」の意味・わかりやすい解説

当事者自治 (とうじしゃじち)
doctrine of the autonomy of the parties

国際的な債権契約準拠法の決定を当事者の意思にゆだね,当事者が選択・指定した法を契約の準拠法とする,との原則が,国際私法上の当事者自治の原則,あるいは意思自治の原則である。当事者の主観的意思を連結点として採用するので,契約締結地等を連結点とする客観主義に対して,主観主義と呼ばれている。この原則が近代市民法上の私的自治の原則の影響の下に発達したのは19世紀においてであるが,その萌芽は,19世紀以前のヨーロッパ学説判例の中にも見いだすことができる。抵触法上の意思自治の原則として確立されたこの原則は,19世紀末葉から20世紀初頭にかけて,広く諸国の判例や立法に採用されるに至った。今日でも,日本の法例を含む多くの国々の国際私法がこの原則を採用している。このように,この原則が有力になった理由としては,前述の,実質私法上の私的自治の原則の影響のほかに,人の意思活動の所産であり,それゆえ,内容も多様な債権契約関係については,例えば,不動産物権関係における不動産所在地の法のような,当該法律関係に最も密接な関係を有する法を一律に決定することが困難であることが挙げられよう。

この原則は,当事者に契約準拠法の自由な選択を認めるため,当事者が自己の望まない強行法規適用を自由に排除したり,契約となんの関係もない法を指定したりすることを可能にする。そのため,当事者の準拠法の指定を,特定の法,例えば当事者の住所地法の強行規定に反しない限度で認めようとする質的制限論や,当事者の準拠法の選択の範囲を契約と一定の関係のある法に限定しようとする量的制限論がかねてから主張されてきた。しかし,質的制限論は,当事者の指定した法とは別の法(上の例では住所地法)を契約の準拠法とし,当事者には,いわゆる実質法的指定(すなわち,契約準拠法の認める範囲内で契約の内容の細目をみずから決める代わりに,指定した法の内容を契約内容とするための指定)を許すにすぎず,抵触法的指定を認めるのではないから,結局,当事者自治の原則を否認することになる。これに対して,量的制限論は当事者自治の原則を否認するものではなく,立法例の中にはこれを採用したものもある(例えば,1965年のポーランド国際私法25条)が,なぜ,当事者の指定の範囲を限らなければならないかについての根拠が十分でなく,また,国際取引の実状にも合わないために,広い支持を得てはいない。さらに,近年では,当事者自治の原則を認めたうえで,契約準拠法として指定されてはいなくても,契約と密接な関係を有する外国の強行法規(例えば,労働契約の準拠法がA国法である場合に,労務給付地であるB国の強行法規)を特別に考慮すべきであると説く強行的法規の特別連結理論や,労働法や借地法借家法のような,実質私法上の契約自由への国家の介入によりもたらされた強行法規は,公法として,契約準拠法とは別に,国際私法を介することなく直接的に,適用されるべきであると説く理論が提唱されている。

日本の法例はその7条において当事者自治の原則を採用している。同条は,なんの制限もつけていないので,当事者はどのような法でも自由に選択できる。当事者が明示的に準拠法を指定しなかった場合には,当事者の黙示の意思が探求されることになる。この黙示の意思の探求は,当事者の国籍,住所,契約の種類や型,裁判管轄約款など,契約に関するさまざまな要素や,契約が締結されたときの事情を検討してなされる。例えば,日本人同士が短期間外国に滞在中に日本語で締結した金銭の消費貸借契約については,反対の事実がない限り,当事者は黙示的に日本法による意思であったと推定されることとなろう。当事者の黙示の意思が推定できないときには,当事者の意思が明らかでない場合として,行為地,すなわち,契約の締結地の法が準拠法となる(法例7条2項)。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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