影絵芝居(読み)かげえしばい

精選版 日本国語大辞典 「影絵芝居」の意味・読み・例文・類語

かげえ‐しばい かげヱしばゐ【影絵芝居】

〘名〙 人物、動物などの形を切り抜き、その影を壁などに映してこれを動かして行なう芝居。

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デジタル大辞泉 「影絵芝居」の意味・読み・例文・類語

かげえ‐しばい〔かげヱしばゐ〕【影絵芝居】

人形劇の一種。影絵をスクリーンに映して演じる芝居。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「影絵芝居」の意味・わかりやすい解説

影絵芝居
かげえしばい

語りや歌、音楽などにつれて扁平な人形や動物、道具類を操り、1個また多くの光源を利用してそれらを白い幕に映し、物語を進行させる芸能をいう。アジアの伝統的な影絵芝居は中国とインドがもっとも古く、内容的にも形態的にも独自の展開を示した。これに次ぐのがインドネシアで、物語はインドに由来するが、その始原についてはインドネシア独自のものとの定説がある。マレーシアのものは直接的にはインドネシアの影響を受けて変貌(へんぼう)し、ほかにカンボジアやタイの影絵芝居がある。日本では江戸時代に「手影絵(てかげえ)」「切抜き影絵」、明治になって「阿波(あわ)名物指人形」などがあったが、本格的な影絵芝居は第二次世界大戦後を待たねばならず、今日、影絵人形劇団「ジュヌ・パントル」(藤城清治(ふじしろせいじ)主宰)がその代表的存在として活動を続けている。

 漢代に降神術的口寄せとしてその存在が記録され、唐代以降第二次世界大戦前まで各地でみられた中国の皮影(ひえい)(各地で呼び名が異なる)も、すっかり衰退してしまった。今日ではその人形が観光客向けにつくられ、再興が伝えられはするものの、まだ一般化するには至っていない。人形は多くはロバの皮でつくられ、彩色され、幕に映されると鮮明な彩りをみせる。高さはどれもほぼ20~25センチメートルで、両膝(ひざ)、両手首、両肘(ひじ)、腰が動き、首がすげ替えられる。物語は『西遊記』や『白蛇伝』などが中心であった。この皮影は台湾にも伝わり、現在高雄(たかお/カオシュン)周辺で上演されている。

 幻想的できわめて洗練された中国の皮影に匹敵するジャワの影絵芝居「ワヤン・クリ」wayang kulit(ワヤンは影、クリは皮革の意)はほぼ10世紀の伝統をもち、今日なおジャワ中部のスラカルタジョクジャカルタを中心に各地で盛んに上演されている。そこに盛られている内容は、物語こそ古代インドの叙事詩マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』からとってはいるものの、長い歳月のうちに完全にジャワ化している。祖霊信仰、仏教、ヒンドゥー教イスラム教の諸要素をない交ぜ、独特のジャワ人の人生観を形成して、ジャワの精神文化の中核をなすものとして重要な位置を占め続けている。人形は水牛の皮でつくられ、高さは10センチメートルほどから1メートル余りまで人物によって異なり、1セット約700体を超える。丹念な「のみ打ち」作業で透(すかし)彫りが施され、彩色されてはいるが、影はあくまでも黒い影である。客席は、影の側にも影でない側にもあり、影の側は裏側であるとされる。1灯のやし油の光(現在では電灯を使用することが多い)のもとに、たった1人のダラン(ワヤンにおける人形師)が、大筋があるだけの演目をほとんど即興で語り込んでゆく。このダランが1人で人形のすべてを操ると同時に、地語り、対話など語りのいっさいを受け持ち、伴奏ガムランの指揮、物語の進行のすべてを支配する。午後8時半ごろから朝の5時過ぎまで約8時間半をかけて一つの演目が上演される。演目は基本的なもので200は超え、創作も多い。上演場所は常設小屋があるわけでなく、結婚式、誕生日、割礼の祝いなど人生の節目や公共記念日などにダラン一座が招かれ、当家もしくは公共の建物内で催される。

 ワヤン・クリは、内容的には20種類ほどに分けられる。古代インドの二大叙事詩から取材した「ワヤン・プルウォ」(プルウォは始原の意)、ジャワの英雄譚(たん)『パンジ』をおもな内容とする「ワヤン・ゲドク」(ゲドクは打音に由来する)、歴史上の人物を登場させる「ワヤン・マディオ」(マディオは中間の意)、キリスト教教義を訴える「ワヤン・カトリック」など。しかし今日盛行しているのは、もっとも古くからのワヤン・プルウォだけである。

 バリ島の「ワヤン・クリ」は、15~16世紀にイスラム教侵入を嫌ったジャワの貴族たちがバリへ移り、それとともにバリで上演されるようになったものである。ワヤン・プルウォが中心だが、仏陀(ぶっだ)の物語も混じる。

 マレーシアの影絵芝居も「ワヤン・クリ」とよばれる。人形は水牛の皮でつくられ、タイとの国境近くのケランタン地方で行われるだけである。演目は大半が『ラーマーヤナ』に取材し、観客には影の側だけをみせる。

 インドには大きく四つほどのスタイルがあり、まったく異なる。起源については定説がない。コロマンデル海岸のアンドラ・プラデシュ州、ベンガル湾岸のオディシャ(オリッサ)州、南部高原のカルナータカ州のものはヤギ皮が主で、彩色が影に映るが、いま一つのマラバル海岸のケララ州のものは水牛の皮によるもので、影は黒である。しかしいずれも演目は『ラーマーヤナ』で、今日盛行しているとはいえない。

 タイの大小2種類の影絵芝居「ナン」nangも衰退の一途にあり、『ラーマーヤナ』を内容として、水牛の皮でつくられている。

 トルコの影絵芝居「カラギョーズ」は、2人の主役を中心とした短い即興的笑劇で風刺を利かせている。ヨーロッパでは、18~19世紀にかけてドイツやイギリス、ことにフランスではオンブル・シノアーズ(中国の影の意)、のちにフランス影絵の名で盛行した。

[松本 亮]

『松本亮著『ジャワ影絵芝居考』(1975・濤書房)』『松本亮著『ワヤン』(1977・平凡社)』『松本亮著『ワヤン人形図鑑』(1982・めこん)』『セノ・サストロアミジョヨ著、松本亮・竹内弘道・疋田弘子訳『ワヤンの基礎』(1982・めこん)』『山本慶一著『江戸の影絵遊び――光と影の文化史』(1988・草思社)』『関本照夫・船曳建夫編『国民文化が生れる時――アジア・太平洋の現代とその伝統』(1994・リブロポート)』『松本亮著『ワヤンを楽しむ』(1994・めこん)』『金子量重・坂田貞二・鈴木正崇編『ラーマーヤナの宇宙――伝承と民族造形』(1998・春秋社)』『曹洞宗国際ボランティア会広報課編『スバエクの物語――カンボジアの影絵芝居』(1998・曹洞宗国際ボランティア会)』『リチャード・シェクナー著、高橋雄一郎訳『パフォーマンス研究――演劇と文化人類学の出会うところ』(1998・人文書院)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「影絵芝居」の意味・わかりやすい解説

影絵芝居
かげえしばい
shadow play

紙,獣皮,木などに人や鳥獣の形を透かし彫にし,あるいは彩色を施し,灯火を当てて前方のスクリーンに影を投じて,歌,音楽,せりふに合せて演じる芝居。切り絵的な人形を棒や針金によって操るが,中国,ジャワなどのものは関節が動くようになっているため,かなり自由な動きができる。中国には古くは前3~2世紀にあったという記録が残っているが,当時は降神術の口寄せとして使われたらしい。その後次第に雑芸の一つとして発達し,今日も各地に残っている。ジャワの影絵芝居ワヤン・クリは,彩色を施した水牛の皮によって作られ,主として神話伝説に題材を取った物語をダラン (語り手) がガムラン音楽の伴奏で操る。同様のものが,バリ島,タイ,ミャンマーにもある。ペルシアの影絵芝居は,彩色したラクダの皮を用いるもので,カラギョズと呼ばれる。同名の主人公の滑稽な失敗物語のなかに社会風刺をこめ,イスラムの断食祭に演じられた庶民的娯楽。ヨーロッパでは,18世紀後半,東洋からの影響で影絵芝居への関心が高まり,フランスでドミニック・セラファン一家が 1774~1859年「オムブル・シノアーズ」と称する影絵芝居の興行を行い,パリで人気を呼んだ。イギリスでは,パンチとジュディが活躍するガランティ・ショー (影絵芝居) が流行した。

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百科事典マイペディア 「影絵芝居」の意味・わかりやすい解説

影絵芝居【かげえしばい】

せりふや歌,音楽に合わせて,薄く切り抜いた人形の影絵を演じて見せる演劇。中国や東南アジアで古く発生し,アジア各国で独自の民族芸能として発展を遂げた。幻想味に富んだ宗教的なものが多い。ジャワのワヤン・クリット(ワヤン),トルコのカラギョズなどが知られる。
→関連項目人形劇

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世界大百科事典(旧版)内の影絵芝居の言及

【影絵】より

…福助,三番叟(さんばそう),郵便屋,猫,狐など10余種があり,子どもの遊びとして人気があった。 影絵人形を操作しながらせりふ,歌,音楽をまじえて演ずる影絵芝居は古くから世界各国でおこなわれている。ことに中央アジア系(トルコ,イラン,アラブ,エジプトなど)および熱帯アジア系(インドネシア,インド,ミャンマー,タイ)のものが発達しており,トルコのカラギョズやインドネシアのワヤンは有名である。…

【人形劇】より

…三人遣いの人形劇は日本独特のものである(詳しくは〈人形浄瑠璃〉の項を参照)。 影絵芝居はインド,中国,ミャンマー,ジャワなどできわめて精巧なものに進み,神話や英雄物語を上演する。薄い皮と厚紙を使って平板な人形をつくり,頭,手,胴,脚などを糸でつないである。…

【ワヤン】より

…本来は〈影〉の意であるが,一般にはインドネシアのジャワ島に伝わる影絵芝居をさし,そこで使用される人形そのものもこの名で呼ぶ。しかしワヤンはまた多くの種類の演劇をもさし,影絵芝居でないものにもこの名が冠されている。…

※「影絵芝居」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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