役者評判記(読み)やくしゃひょうばんき

精選版 日本国語大辞典 「役者評判記」の意味・読み・例文・類語

やくしゃ‐ひょうばんき ‥ヒャウバンキ【役者評判記】

〘名〙 江戸時代から明治初期にかけて、京都・大坂・江戸の三都を中心に刊行された歌舞伎役者の容色や技芸を評した書。元祿一二年(一六九九)刊の「役者口三味線以後、三都別に三冊一部として、年二回刊行が原則となる。書物の形式をとったものとしては明暦二年(一六五六)版「役者の噂」が最古だが、初期のものは野郎評判記として区別される。役者評判。
洒落本辰巳之園(1770)「黒ひ 役者評判記より出たり。吉の事也」

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デジタル大辞泉 「役者評判記」の意味・読み・例文・類語

やくしゃ‐ひょうばんき〔‐ヒヤウバンキ〕【役者評判記】

歌舞伎役者の容色や技芸を評し、位付けをした書。江戸時代から明治初期にかけて、京都・大坂・江戸の3都を中心に刊行。元禄(1688~1704)末ごろから、3都別3分冊の黒表紙小型の横本で、1月と3月の年2回の刊行が原則となった。

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改訂新版 世界大百科事典 「役者評判記」の意味・わかりやすい解説

役者評判記 (やくしゃひょうばんき)

歌舞伎役者に対する芸評の書。広義には歌舞伎若衆の容色を品評する〈野郎(やろう)評判記〉をも含めることもあるが,普通はこれと区別して,立役,敵役,若女方などすべての役柄の役者の技芸を批評する書物をいう。〈野郎評判記〉は1656年(明暦2)に始まると伝えられるが,〈役者評判記〉は1687年(貞享4)ころに始まる。すなわち《野良立役舞台大鏡(やろうたちやくぶたいおおかがみ)》《役者大鑑(やくしやおおかがみ)》などによって,各種の役柄にわたって役者に上上吉,上,中などの位付(くらいづけ)を付し,その技芸を賞賛し,あるいは非難するという〈評判〉の姿勢が形成された。やがて1699年(元禄12)八文字屋刊《役者口三味線》に始まる数年間の評判記によって定型が確立し,以後それが永く踏襲されることになる。その定型とは,黒表紙小型横本で京,江戸,大坂の役者評を各1巻とする3都3巻3冊の編成,冒頭に浮世草子風目録と役者目録,次に開口(序)として浮世草子風の短編小説を置き,本文では立役,敵役,若女方などの役柄別に,技芸の巧拙や人気の高下による序列に従って配列された役者の芸評を述べ,その間に各座の狂言の諸場面を1図に描きこんだ挿絵を挟むというもの。位付は上上吉,上上,上,中ノ上上,中ノ上,中とし,評判は合評形式で賞賛,非難とりまぜ,公平を期している。時代が下るにつれ,位付は〈吉〉〈上〉などの文字の一部または全部を白抜きにして,その位にはわずかに不足があることを示すなど細分化され,また最高位に極上上吉を設け,その上に三ヶ津惣芸頭(さんがのつそうげいがしら)や無類の称を設けるようになった。享保(1716-36)以後には名古屋芝居の評判記も現れ,安永(1772-81)以降江戸評のみで一書をなすものが増加し,また役者が同一年度内に京,大坂の間を移動することの多い上方については,3巻中の2巻を〈京大坂之巻〉とするものなどが多くなり,3都3巻の形式にも変化を生じた。ときには上方の中芝居(ちゆうしばい),子供芝居の評判が載せられるようにもなった。実際の執筆者はほとんど不明であるが,元禄~享保(1688-1736)期には江島其磧きせき)の筆になるものが多い。刊行は原則として毎年正月で,主として前年11月の顔見世狂言の評判を記し,またしばしば3月にも春の狂言の評判を出版した。版元は京都の八文字屋を第一とし,ほかに和泉屋,江島屋,正本屋,鶴屋,中山清七,本清,河内屋などがあった。時代とともに少しずつ形式・内容を変えながらも幕末まで毎年定期に刊行されたことは,出版史上も注目に値する。明治に入っては東京を中心として《俳優評判記》などの名で明治20年代(1890年代)まで続いた。評判記は各役者の経歴,技芸,人気などを示すとともに,演技・演出の実態を探る資料となり,台本の伝存しない狂言の内容を知る有効な手がかりとなる。また近世文学,国語史,出版史の資料としても価値が高い。《歌舞伎評判記集成》全11巻に享保末年までのものを収録。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「役者評判記」の意味・わかりやすい解説

役者評判記
やくしゃひょうばんき

歌舞伎(かぶき)劇書。江戸時代初期から明治初頭まで、京・江戸・大坂(ときに名古屋を加える)の歌舞伎を対象に、毎年出版された役者の技芸批評の書物。現在残る最古の書は1659年(万治2)刊『野郎虫(やろうむし)』。初期には野郎役者の容姿の特色をあげ、特技を褒める役者賛仰(さんぎょう)の記だったが、歌舞伎の演劇的成長とともに技芸の批評へと進んだ。1699年(元禄12)刊『役者口三味線(やくしゃくちじゃみせん)』(京・八文字(はちもんじ)屋刊)で、ほぼ一定の型を備えるに至る。

 書物の体裁は、京・江戸・大坂をそれぞれ一冊とする三冊本、黒表紙小形の横本形式。役者を役柄で分類し、それぞれの役者に「位付(くらいづけ)」と称する評価(極上上吉、上上吉、上上半白吉、上上、上など)を与え、当該年度の所属座を明記する。評判は、「ひいき」「わる口」などが登場して、褒貶(ほうへん)さまざまの印象を述べ批評しあうのを、「頭取(とうどり)」が出て「まあまあ」ととりなす形式をとることにより、役者を褒めることに主眼を置きながら、批判も盛り込めるようになっていた。役者中心の構造をもつ歌舞伎史を知るうえで、欠くことのできない重要資料である。

[服部幸雄]

『歌舞伎評判記研究会編『歌舞伎評判記集成』(第1期10巻・別巻1〈『野郎虫』から享保末年まで〉1972~77、第2期10巻・別巻1〈元文2年の『役者多名卸』から明和末年まで〉1987~95・岩波書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「役者評判記」の意味・わかりやすい解説

役者評判記
やくしゃひょうばんき

評判記の一種。役者の演技の評判を記した書。江戸時代初期に歌舞伎が盛んになったとき,見物の鑑賞に供するために起った。初めは『野郎虫』 (1660) や『剥野老 (むきところ) 』 (62) など野郎歌舞伎の容色中心の評判をする野郎評判記であり,元禄期 (88~1704) に入って演技中心の役者評判記となった。形式はすでに存在していた遊女評判記にならったもので,京,大坂,江戸の三都別に3冊に分けられ,それぞれ役者目録,開口,評判という部位をとる。開口は小説風な趣をもち,評判は頭取やひいきを配して会話体から成り,役者の位づけをしている。横小本の型が多いが,こうした形式の定着は,江島其磧 (えじまきせき) の『役者口三味線』 (1699) の好評に負うところが大きい。また,これらは京都の八文字屋から多く出版された (→八文字屋本 ) 。以後明治初期まで続くが,新聞の劇評の出現によって衰えた。

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百科事典マイペディア 「役者評判記」の意味・わかりやすい解説

役者評判記【やくしゃひょうばんき】

江戸初期から明治初期にかけて,歌舞伎俳優を批評した書の総称。1656年刊の《役者の噂》が最初だが,現存するのは万治年間の《野郎虫》が最も古い。初めは容色の品評ばかりであったが,のちには技芸の批評が主となり,1699年の《役者口三味線》でその形式が確立されて,京・大坂・江戸の芝居を扱ったものが毎年刊行されるようになった。明治中期に新聞雑誌の劇評が発達するにつれて絶えた。出版元では京都の八文字屋(八文字屋本参照),作者では江島其磧,八文字屋自笑らが重要。

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世界大百科事典(旧版)内の役者評判記の言及

【歌舞伎】より

…劇場が整備され,役者の数が増加し,見物の層が広がった。野郎評判記が出版されるが,当初の容色本位の野郎賛仰からしだいにその技芸をも評判するようになり,役者評判記の性格を濃くしていく。野郎歌舞伎の時代は,初期歌舞伎における重要な飛躍の時期であり,元禄歌舞伎の準備期間でもあった。…

【劇評】より

…また,中世には,能,狂言に関する劇評的記述も諸書に散見される。江戸期に入り,《遊女評判記》にならって,歌舞伎の《役者評判記》(初期のものは〈野郎評判記〉と呼ぶ)が刊行されるようになった。初めは役者の容色,姿態を品評するだけであったが,しだいに技芸評に重点がおかれるようになり,《役者口三味線(くちざみせん)》(1699∥元禄12)にいたって新しく合評形式を確立した。…

【評判記】より

…江戸時代に出版された遊女や歌舞伎役者の品評を記した書。遊女のそれは〈遊女評判記〉,役者のそれは〈役者評判記〉と呼ばれる。現存する遊女評判記の最古の作品は1655年(明暦1)刊の京都島原の《桃源集(とうげんしゆう)》,役者評判記の最古の作品は1659年(万治2)京都刊の《野郎虫(やろうむし)》。…

【横本】より

…美濃の二つ切り本を枕本(まくらぼん)ともいい,八文字屋版の浮世草子好色物にはこの形態をとるものがある。役者評判記は多く半紙二つ切り本,名所案内記,道中案内記などには三つ切り本が見られる。横本は懐中するに便利なため,持ち運んで用いる小型実用書にはこの形態をとるものがよく見られる。…

※「役者評判記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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