徳州(読み)とくしゅう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「徳州」の意味・わかりやすい解説

徳州
とくしゅう / トーチョウ

中国山東(さんとう)省北西端、河北(かほく)省との省境にある地級市。2市轄区、7県を管轄し、2県級市の管轄代行を行う(2016年時点)。人口583万2000(2014)。市域ラッカセイ、小麦、コウリャンの栽培をはじめ、黄河(こうが)流域ワタ作区として綿花の栽培が盛んである。搾油、紡績のほか工作機械製造などの近代工業が発達する。華北平原の中央部、大運河沿岸にあるため、古来、江南方面からの物資の集散センターとして発展し、明(みん)代には徳州倉も設けられた。京滬(けいこ)線、石徳線(石家荘(せきかそう)―徳州)が交わるほか、高速鉄道の石済旅客専用線(石家荘―済南(さいなん))、徳竜煙線(徳州―竜口(りゅうこう)―煙台(えんだい))も市内を通る鉄道の要衝である。名物料理の「徳州扒鶏(パーチー)」は全国的に知名度が高く、ブランドになっている。

[駒井正一・編集部 2017年1月19日]

世界遺産の登録

2014年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「中国大運河」の構成資産として、徳州運河が世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。

[編集部 2017年1月19日]

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改訂新版 世界大百科事典 「徳州」の意味・わかりやすい解説

徳州 (とくしゅう)
Dé zhōu

中国,山東省北西端,河北省に隣接する市。人口55万(2000)。華北平原の中央,黄河下流のはんらん原上にあり,山東,河北を圧する要衝であった。元代には大運河が山東より北京に延びる沿線にあたり,交通上の要衝ともなった。現在も京滬(けいこ)鉄道(北京~上海)が通り,ここより石家荘への支線(徳石線)が派出する。黄河下流はしばしば大規模な流路の変更をくりかえし,そのたびに集落や政治中心も移動した。徳州の前身は漢の平原県(現在の平原県付近)に置かれた平原郡で,隋に徳州と改められ治所も安徳県(今の陵県付近)に移された。唐代は再び平原郡とも称され,安禄山の反乱に際しては,顔真卿がこの平原郡大守として必死の活躍をしたのは有名。明初には治所を運河に沿う今の地に移し,県は陵県と改めた。州には漕運のための倉庫が設けられ,また防御のための羅城も築かれるなど,交通軍事の中心都市として充実された。民国時代に徳県となり,解放後徳州市となる。陵県は漢の東方朔の生地として墓所があるほか,顔真卿の書いた〈東方先生画賛〉の碑が残っている。
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百科事典マイペディア 「徳州」の意味・わかりやすい解説

徳州【とくしゅう】

中国,山東省北西部の都市。旧名徳県。大運河埠頭(ふとう)があり,京滬(けいこ)(北京〜上海)・徳石(徳州〜石家荘)2鉄路の交会点で,古来,交通・軍事の要衝となってきた。付近農産物の集散地。121万人(2014)。

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