憲法制定権力(読み)けんぽうせいていけんりょく

改訂新版 世界大百科事典 「憲法制定権力」の意味・わかりやすい解説

憲法制定権力 (けんぽうせいていけんりょく)

憲法をつくる権力pouvoir constituantを,憲法によってつくられた諸権限pouvoirs constituésと区別して呼ぶときの言葉。アメリカ革命期に,普通の立法権と区別された特別の憲法制定会議によって制定される憲法という観念が,立法府抑制の思想の一環として,マサチューセッツ憲法や合衆国憲法によって援用されたが,近代憲法思想史のなかで憲法制定権力の観念が次に述べるような独自の意味で登場するのはE.J.シエイエスの系譜につながる議論である。フランス革命前夜にシエイエスが,《第三身分とは何か》(1789)のなかで,一切の既存の法にしばられない万能の権力で,かつ,国民のみがもつものとして,憲法制定権力論を説き,アンシャン・レジームを根底からくつがえすことの正当性を示したものとして,多大の影響を与えた。しかし,立憲的な憲法秩序がいったん成立してしまうと,そのような憲法制定権力論は後景にしりぞくこととなる。シエイエスの母国でも,近代憲法の確立期であった第三共和政期の憲法学は,pouvoir constituantという言葉を,もっぱら憲法所定の形式に服する憲法改正権という意味で使用し,本来の憲法制定権を法的思考の外に締め出したのであった。その後,憲法の現代的危機の時代になって,この観念は,C.シュミットによって,ふたたび意義づけを与えられた。彼は,基本的な政治的諸決定を実体とする〈憲法〉と,普通の〈憲法律〉を区別し,〈憲法律〉に基づいて規律される憲法改正権の上位に,みずから〈憲法〉を制定する憲法制定権力の存在を考える。こうして,憲法改正作用には,〈憲法〉を変更できないという限界が課せられるが,他方,いったん国民の憲法制定権力が発動するならば--それは,集合した群集の〈喝采〉,今日では〈公論〉というかたちをとる--,どんな憲法変更も可能だとされ,独裁が正当化されることとなる。それに対し,第2次大戦後は,憲法制定権力を,憲法改正権の上位にあってその限界を画すが,自分自身で発動することのない静態的なものとして位置づける思考が有力であり,憲法制定権力それ自体を拘束する法規範があることを想定する見解もある。
憲法
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「憲法制定権力」の意味・わかりやすい解説

憲法制定権力
けんぽうせいていけんりょく

国家の憲法秩序を創造する権力pouvoir constituant(フランス語)をいう。憲法によって確定された権力pouvoir constitué(フランス語)としての憲法改正権と区別される。憲法制定権力を理論づけたのはシエイエスの『第三階級とは何か』(1789)である。それによれば、あらゆる合法性源泉は国民=第三階級の意思であり、憲法制定権力はこの意思に基づくものである。シエイエスの理論は、非特権階級である第三階級をフランス革命に駆り立てるうえで大きな影響を与えた。もっとも、革命期のブルジョアジー(「1791年憲法」の制定者たち)は憲法制定権力を憲法改正権としてとらえることによって、前者を根拠とする革命のいっそうの進展を妨げようとした。他方、20世紀初頭のドイツでは、国家法人説および法実証主義の支配下にあって、立法権と区別された憲法制定権力に特別の注意は向けられていない。しかし、カール・シュミットは、政治体の全存在を確定する政治的意思=政治的決断として憲法制定権力を定義し、これを憲法改正権と区別することによってナチズムに理論的基礎を与えたといわれている。

 憲法制定権力は国家体制の根幹にかかわることから、それが無制約の権力であるのか、なんらかの法的制約を伴う権力であるのかについて議論がある。たとえば、フランスの憲法学者ビュルドーG. Burdeauは、憲法制定権力を始源的・自律的・無条件的権力であるとしながらも、それを法的な権力pouvoir de droitとして位置づけることによって、物理的な力としての憲法制定権力の行使に歯止めをかけようとしている。

[畑 安次]

『芦部信喜著『憲法制定権力』(1983・東京大学出版会)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「憲法制定権力」の意味・わかりやすい解説

憲法制定権力
けんぽうせいていけんりょく
pouvoir constituant; Die verfassungsgebende Gewalt

憲法を創出する権力であって,憲法はもちろんいかなる実定法によっても拘束されることのない超法規的,実体的な根源的権力。既存の憲法を前提とし,それによって設けられるものとは区別される。しかし憲法制定の手続が実定法に拘束されるかどうかは,意見の分れるところである。国民主権をたてまえとする近代国家における憲法制定権力は国民自身である。この発想はシエイエスの『第三身分とは何か』にみえ,国民を憲法制定権力の主体とする革命憲法制定の理論的支柱として,絶大な影響を及ぼした。 20世紀になり,C.シュミットはこの観念を用い,憲法改正手続のもつ合法性に国家形態を変更する主権者の正当性を対置した。

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百科事典マイペディア 「憲法制定権力」の意味・わかりやすい解説

憲法制定権力【けんぽうせいていけんりょく】

憲法をつくる権力。憲法そのものを基礎づけ憲法の上に立つ現実的な政治勢力をいう。憲法に合法性を与えるもので,自らが合法的である必要はない。憲法によって合法性を与えられる立法・行政・司法権などと異なる。この理論はシエイエスが《第三身分とは何か》(1789年)で初めて展開した。→憲法制定会議
→関連項目民定憲法

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世界大百科事典(旧版)内の憲法制定権力の言及

【憲法改正】より

…改正の方法は,憲法の基本原理と密接な関係をもっていることに注意する必要がある。たとえば,君主制原理にもとづく憲法(プロイセン憲法や明治憲法)のもとでは,普通の立法権者(君主と議会)が憲法改正権をも行使するという(1)型が概してとられるのに対して,国民主権の原理にもとづく憲法(アメリカ,フランス,日本国憲法など)のもとでは,憲法改正権は,国民の憲法制定権力の観念と多かれ少なかれ結びつくことにより普通の立法権とは異なったものと観念され,したがって,改正手続も国民の意思をいっそう反映する方法((2)ないし(3)型)がとられる傾向をもつことになる。このほか,憲法の安定性と永続性を確保する仕方の重点が近代では主として改正手続の加重性におかれていたのに対して,現代ではむしろ憲法改正限界論におかれるようになってきていることにも注意する必要があろう。…

※「憲法制定権力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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