成王(読み)せいおう

精選版 日本国語大辞典 「成王」の意味・読み・例文・類語

せい‐おう ‥ワウ【成王】

中国、周第二代の王(一説在位前一〇二四‐前一〇〇五)。武王の子。名は誦。幼くして即位したため、初め周公旦政事をとった。後、召公、畢公などの補佐を受けて周の基礎を確立した。生没年不詳。

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デジタル大辞泉 「成王」の意味・読み・例文・類語

せい‐おう〔‐ワウ〕【成王】

[前1115?~前1079?]中国、の第2代の王。若年武王を継ぎ、叔父周公召公奭しょうこうせきらの補佐を受けて周の基礎を確立したといわれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「成王」の意味・わかりやすい解説

成王
せいおう

中国、周王朝第2代の王。紀元前11世紀ごろの人。武王の子。名は誦。幼年で即位したので叔父の周公旦(たん)が摂政(せっしょう)となった。このとき殷(いん)の王族である武庚禄父(ぶこうろくほ)および武王の子で管、蔡(さい)に封ぜられた者たちが反乱を起こした。周公は召公とともにこれを鎮定し、さらに東方の大遠征を行い、帰国後、河南洛邑(らくゆう)に東都を築き、東方諸侯の重鎮とした(成王が遷都したともいう)。周公は摂政7年で成王に政(まつりごと)を返還したという。成王のときに、宋(そう)(微子啓(びしけい))、魯(ろ)(伯禽(はくきん))、衛(康叔(こうしゅく))、晋(しん)(唐叔(とうしゅく))など一族功臣の大封建を行い、周公、召公の補佐もあって、周王朝の基礎が確立されたという。

[宇都木章]

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改訂新版 世界大百科事典 「成王」の意味・わかりやすい解説

成王 (せいおう)
Chéng wáng
生没年:?-前626

中国,春秋楚の王。在位,前671-前626年。文王の子。名は熊惲(ゆううん)。兄の荘敖(そうごう)を殺して王位につき,はじめて周に貢献し,周王から南方の鎮定をゆだねられ,しだいに版図を拡大するが,やがて中原諸国対立。このころ覇者となった晋の文公と城濮(じようぼく)に戦って大敗(前632)した。やがて王位の継承に伴う内紛から太子の商臣に攻められ自殺し,商臣が立って穆王(ぼくおう)となった。
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