戸数割(読み)コスウワリ

デジタル大辞泉 「戸数割」の意味・読み・例文・類語

こすう‐わり【戸数割(り)】

独立生計を営む者に賦課した地方税。昭和15年(1940)に廃止

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精選版 日本国語大辞典 「戸数割」の意味・読み・例文・類語

こすう‐わり【戸数割】

〘名〙 一戸を構える者、または一戸を構えなくとも独立の生計を営む者に賦課した地方税。課税標準は所得額と資産状況とによって定めた。明治一一年(一八七八)に設けられたが、昭和一五年(一九四〇)に廃止。

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改訂新版 世界大百科事典 「戸数割」の意味・わかりやすい解説

戸数割 (こすうわり)

1878年から1940年までつづいた日本独特の地方税。戸数割の原型とみられるものとしては江戸時代から門割(かどわり),小間割,間口割と呼ばれる家屋税に近いものもあり,人頭税に類するもの(沖縄ほか)もあった。明治に入り,1878年7月の地方税規則により,それまでの府県税(1875年雑税・賦金を整理)および民費を,地租割,営業税・雑種税,戸数割の3種と定めたことによって,三新法体制下の地方税として登場した。戸数割は,納税義務者を毎戸現住者と定めたのみで,課税客体,課税標準,制限税率もあいまいな封建的・人頭税的な課税方法を残す地方税として出発した。その性格については物税か人税かなどの論議をみたが,地租(および付加税)が属地主義をとるのに対し,戸数割は毎戸現住者とあるとおり属人主義の課税方法をとり,人税的性格が強かった。府県から市町村に戸数(および人口)に応じて配当され,市町村当局に賦課決定が委任されていた。実際の査定および決定には,町村の所得調査簿などが用いられた例もいくつか見られるが,従来からの〈見立て割〉方式も併用されている。当初は付加税率の制限もなく町村当局の判断にまかされていたため,付加税率はきわめて高くなる場合も多かった。1882年以降市部では戸数割に代えて家屋税を賦課することができた(1890年以降郡部でも)。

 明治末期の日露戦争前後からの国内統合化政策のなかで,義務教育費,衛生費など町村財政需要の増大をまかなうため町村の戸数割付加税率は4~7倍以上に達する場合も多く,住民諸階層から負担の軽減を求める訴訟訴願があいついだ。1921年10月,府県税戸数割規則を制定し,納税義務者の所得額,住家坪数,資産状況の斟酌などを通じ課税の明確化をはかり,賦課総額の制限を設けたが,町村在住の地主層にはかえって負担が重くなる場合もあり,大地主の他都市への一時的な逃避を招く事態も生じた。26年の改革で戸数割を市町村に移し課税免除者の拡大など社会政策的配慮も加えたが,昭和初期にも負担はなお重く,地主層の不満は高まり町外への逃避もなおつづいた。一方,戸数割の負担は自小作農民にも重く,その軽減は,昭和恐慌下の農民運動の要求項目の一つとさえなった。40年の税制改革を通じこの税は廃止され,市町村民税にかわった。
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世界大百科事典(旧版)内の戸数割の言及

【住民税】より

…しかし,地域住民が地方公共団体のサービスの費用を負担分任するという地方税の精神を地方税に表すためには,それだけでは十分でなく,やはり人税を一部必要とするし,また所得税は近代税制の基本として税収入額が大きいので,地方団体としても所得税を必要とするということから,住民税が存在している。 明治の初め以来,戸数割と名づけられた所得税が地方税ことに市町村税の中枢をなしていたが,1940年の税制改正に際し物税本位とする建前からと,その負担があまりにも不均衡であった点から廃止され,ただ負担分任の精神を表現しうる税目を地方税に残しておくという趣旨から,きわめて低額のむしろ人頭割的な市町村民税が設けられた。その後,地方財源の窮乏とともに本税を単なる精神的な税とせず,収入をも目的とするようになり,また道府県にも道府県民税をつくり,これに伸縮性をもたせるようになった。…

※「戸数割」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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