承胤法親王(読み)しょういんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「承胤法親王」の解説

承胤法親王 しょういんほうしんのう

1317-1377 鎌倉-南北朝時代,後伏見天皇の第7皇子。
文保(ぶんぽ)元年生まれ。母は藤原守子。光聚院宮とよばれた。出家して梶井門跡(もんぜき)(三千院)をつぎ,康永3=興国5年以後3度にわたって天台座主(ざす)となる。その間,四天王寺別当をつとめた。永和3=天授3年4月9日死去。61歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android