放射線療法(読み)ほうしゃせんりょうほう(英語表記)radiation therapy

精選版 日本国語大辞典 「放射線療法」の意味・読み・例文・類語

ほうしゃせん‐りょうほう ハウシャレウハフ【放射線療法】

〘名〙 放射線を用いた療法の総称。癌をはじめとする悪性腫瘍(しゅよう)、痔(じ)、血管腫などの良性腫瘍に用いられる。〔癌(1955)〕

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デジタル大辞泉 「放射線療法」の意味・読み・例文・類語

ほうしゃせん‐りょうほう〔ハウシヤセンレウハフ〕【放射線療法】

放射線を患部に照射して治療する方法。がんなどを対象に、X線γガンマ電子線中性子線アイソトープ放射性同位体)などが用いられ、体外から照射したり、病巣内に密封小線源を挿入・刺入して照射したりする。放射線治療

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「放射線療法」の意味・わかりやすい解説

放射線療法
ほうしゃせんりょうほう
radiation therapy

放射線を用いた治療全般をさす。1895年にドイツの物理学者レントゲンが放射線の一つであるX線を初めて発見し、その翌1896年には乳がん、鼻咽頭(びいんとう)がん、胃がんに対してX線の照射が行われたという報告がある。現在では放射線療法の大部分が悪性腫瘍(しゅよう)を対象として実施されているが、良性腫瘍(血管腫、神経鞘腫(しょうしゅ)など)やケロイドに対しても行われている。

[石川 仁 2023年2月16日]

治療に用いられる放射線と治療の原理

治療に使われる放射線には、X線やγ(ガンマ)線のような光子線(電磁波)と、電子線、陽子線のような粒子線とがある。粒子線として、かつては速中性子線や負π(パイ)中間子線も治療に用いられていたが、現在は陽子線や炭素イオン線が用いられている。1950年代にはホウ素中性子捕捉(ほそく)療法とよばれる、原子炉を用いた治療が開始された。最近、この治療で用いられる熱外中性子は加速器で生成することが可能となり、国内の治療施設も増えている。

 これらの放射線には、物質を通過する際に直接または間接的に物質をイオン化する電離作用がある。一般に、物質を構成する原子は、安定状態では電子と陽子の数が等しく電気的には中性であるが、これに放射線が当たると、電子を放出してプラスになったり、その電子が中性の原子に付着してマイナスになったりする。これを「電離作用」といい、この作用によって細胞死がおこる。すなわち、放射線が細胞内のデオキシリボ核酸(DNA)上または近傍を通過して電離作用がDNA鎖に及んだ場合に、DNA鎖は損傷を受ける。DNAは二重構造であるから1本の鎖が切れても修復されるが、一度に2本とも切られると修復がむずかしくなり、細胞分裂ができない、あるいは異常な細胞分裂を招き、結果的に細胞死が生じる。

 放射線療法は病巣のみならずその周囲にある正常組織にも損傷を与えるので、正常組織に重篤な障害が起こらない範囲で最大の治療効果をあげることが原則である。それぞれの正常組織において生命に危険を及ぼすほどの機能欠損に至ることのない、また外見を著しく損なうことのない最大線量を「耐容線量」といい、正常組織の耐容線量を腫瘍の治癒線量で割ったものを「治療可能比」とよぶ。治療可能比が1以上のときは根治治療が安全に実施できるが、1未満ではその値が小さくなるほど根治治療はむずかしくなる。

 悪性腫瘍のうち、放射線に対する感受性が高い疾患は、精上皮腫、悪性リンパ腫、小細胞肺がんなどであり、放射線感受性が低い疾患には骨肉腫、悪性黒色腫等がある。一方、正常組織で感受性の高いものはリンパ組織、造血組織(骨髄)、睾丸(こうがん)精上皮、卵胞上皮、腸上皮で、次いで高いものに胃、口腔(こうくう)、食道、膀胱(ぼうこう)などの上皮と水晶体、皮膚がある。一方、感受性の低いものは筋肉、神経組織などである。正常組織は、照射される体積が大きいほど、また1回の線量が高いほど影響を受けやすいため、なるべく腫瘍に限局した照射を行う、1回で照射せずに複数回に分けて行う(分割照射)、などで治療可能比を向上させる。

[石川 仁 2023年2月16日]

放射線照射の方法

放射線照射の方法は、体の外から照射する「外部照射」と体の内部から照射する「内部照射」に大別されるが、外部照射による放射線治療が行われることが多い。またこのほかに、ホウ素化合物をがん細胞に取り込ませ、熱外中性子を外部照射することで熱中性子とホウ素10(10B)の核反応を生じさせる「ホウ素中性子捕捉療法」がある。

(1)外部照射
 体外より体内における病巣に対して放射線を照射する方法で、放射線の出口を固定して行う固定照射と、出口を動かして行う運動照射とがある。固定照射には、一方向から照射する一門照射と、いくつかの方向から照射する多門照射とがあり、一門照射は電子線による皮膚がんの治療などに用いられ、多門照射は体内の病巣に放射線を集中させる目的で使われる。このほか、照射方向を体深部に向けるのではなく、体表面をかすめるように照射する方法もあり、接線照射とよばれる。一方、運動照射には、全回転する回転照射と、振り角360度未満で円周上を往復させて照射する振り子照射とがある。X線、γ線、電子線、陽子線、重粒子線(炭素イオン線)などが照射される。

(2)内部照射
 わずかな放射性同位元素ラジオ・アイソトープ)を白金などの小さな容器に格納した小線源を用いて照射する「密封小線源治療」と、放射性同位元素の薬剤を内服、あるいは血管内などに投与して治療する「非密封小線源治療」とがある。

(a)密封小線源治療
 γ線を放出する密封小線源を用いた治療である。一定時間あたりの照射線量によって低線量率照射と高線量率照射があり、低線量率照射では小線源はおもに病巣に永久挿入され、ヨウ素125(125I)と金198(198Au)が国内で使用されている。高線量率照射では小線源を用いて一時的に照射するが、術者の被曝を避けるために、遠隔操作式後充填(じゅうてん)法であるリモートアフターローディング装置を用いる。線源はイリジウム192(192Ir)、コバルト6060Co)が使用される。方法には、体腔内に密封小線源を挿入して照射する腔内(くうない)照射(子宮がん、腟(ちつ)がん、食道がん、気管/気管支がんなど)、病巣内に小線源を直接刺入して照射する組織内照射(舌がん、前立腺(せん)がんなど)、病変の表面に対して鋳型(いがた)に配置された小線源を用いて照射するモールド照射(陰茎がん、皮膚がん、血管肉腫など)がある。最近では、大きく複雑な形状の腫瘍(子宮頸(けい)がんなど)に対して、腔内照射に組織内照射を追加したハイブリッド照射も行われている。

(b)非密封小線源治療
 放射性同位元素が体内に投与されると、選択的にがんの病巣部に取り込まれる性質を利用した治療法である。β(ベータ)線を放出するヨウ素131(131I)は、甲状腺に集まることを利用して甲状腺機能亢進(こうしん)症や甲状腺がんに用いられる。また、α(アルファ)線を放出するラジウム223(223Ra)は、骨の成分であるカルシウムと同じようにラジウムが骨に集まりやすい性質を利用して前立腺がんの骨転移に対する治療に用いられている。また、CD20(細胞表面のタンパク質)を発現する再発・難治性悪性リンパ腫に対して、β線を放出するイットリウム9090Y)を抗CD20抗体に標識して治療に用いる。最近では、放射性同位元素とがん細胞の抗原抗体反応を利用したさまざまな治療法が開発され、保険適用を目ざした臨床試験(治験)が行われている。

(3)ホウ素中性子捕捉療法
 ホウ素化合物にはがんの細胞や組織に取り込まれやすい性質がある。そこで、ホウ素化合物をあらかじめ点滴等で投与し、熱外中性子線を体外から照射すると、体内でエネルギーを失った熱外中性子は熱中性子となりホウ素10(10B)との核破砕反応が生じる。核破砕反応で発生した強力な粒子線(α線とリチウム粒子)によりがん細胞を破壊する。これらの粒子線の飛程(放射線が体内を通過できる距離)は10マイクロメートル以下であるため、病巣周囲の正常細胞への影響が少ない優れた治療法であるが、治療可能な施設が限られている。

[石川 仁 2023年2月16日]

放射線治療装置

放射線治療装置には次のようなものがある。

(1)外部照射装置
(a)低エネルギーX線発生装置
 50~300keV(キロ電子ボルト)と低いエネルギーを用いた、初期の放射線治療装置で、近接、表在治療用、深部治療用の装置があるが、現在のがん治療ではほとんど用いられていない。

(b)コバルト60照射装置
 テレコバルトとして知られる。低エネルギーX線発生装置にかわって普及した装置である。60Coは1.17MeV(メガ電子ボルト)と1.33MeVのエネルギーを有するγ線を放出するため、この線源を容器に格納し、照射位置で照射口をあけて照射する。線源の半減期が5.27年と定期的な交換が必要なため、国内では通常の放射線治療装置としては使用されていない。

 なお、「ガンマナイフ」はコバルト60照射装置の一種であり、照射ユニットの半球面上には約200個の60Co線源が装填されており、各々のγ線が半球内の一点に集中するように制御できる。小さな病巣に用いられることが多く、脳内の深いところにあって手術できない病巣も治療できる。ガンマナイフを利用した治療は「定位放射線治療」ともよばれており、がん治療だけでなく、血管腫などの良性腫瘍、脳動静脈奇形、三叉(さんさ)神経痛などに対しても実施されている。

(c)直線加速器
 リニア・アクセレレーターlinear acceleratorのことで、「リニアック」の名称で知られる。直線状の真空容器中で電子を加速し、電子線を取り出し直接電子線を利用するか、またはX線に変換して治療に利用する装置である。現在、もっとも普及している外部照射装置であり、定位放射線治療に特化した特殊装置が複数商品化されている。そのなかには、ロボット工学を応用して照射中の病巣の動きを自動で追尾できるシステム(target locating system:TLC)を搭載した治療装置、コンピュータ断層撮影装置(CT)と一体化し、画像誘導放射線治療(image-guided radiation therapy:IGRT)で高精度に位置照合を行い、回転照射による強度変調放射線治療(intensity-modulated radiation therapy:IMRT)を行える治療装置などがある。

(d)陽子線治療装置
 粒子線治療装置の一つ。一般にサイクロトロンあるいはシンクロトロンとよばれる円形の加速器が用いられる。陽子は水素の原子核であり、これを高速に加速して取り出した放射線が陽子線である。陽子線にはブラッグピークBragg peak(線量ピーク)、すなわち体表の入射部にはほとんど線量を与えず、ある一定の深さのところで全エネルギーを放出するというX線とは異なる物理的特徴がある。この位置に腫瘍がくるように陽子線のエネルギーを調整すれば、腫瘍以外の正常組織にはほとんど照射されない。X線よりも線量分布は良好であるが、生物学的効果比(relative biological effectiveness:RBE)はX線とほぼ同じである。

(e)重粒子線治療装置
 粒子線治療装置の一つ。水素より重い原子核をサイクロトロンやシンクロトロンで加速して取り出した放射線で照射治療を行う装置である。原子核が重いほどRBEが大きくなる。水素の次に重い原子であるヘリウムをサイクロトロンで加速して治療に用いてきたが、もっと重い炭素イオンをシンクロトロンで加速した治療が放射線医学総合研究所(現、量子科学技術研究開発機構)で開始され、日本、ヨーロッパ、アジア地域に普及している。炭素イオンなどの重粒子線は、陽子線と同様に線量分布が良好であるうえにRBEが高いため、放射線感受性の低いがんに対する治療効果が高いことで知られる。

(f)その他
 変動する強力磁場の中にあるドーナツ型の真空容器中で電子を加速し、電子線を取り出す装置であるベータトロン、回転電極で加速して電子やX線を取り出す装置であるマイクロトロンがあるが、最近は直線加速器に置き換えられほとんど使用されていない。

(2)密封小線源治療装置
 腔内照射、組織内照射、モールド照射で使用される高線量率小線源治療装置内には60Coや192Ir線源が格納されている。治療に伴う術者の被曝を避けるため、病巣に対して適切に小線源を配置するためのアプリケータを設置後に、遠隔操作で治療装置内の小線源をアプリケータ内に充填するリモートアフターローディング法で治療する。充填された線源はコンピュータで停留位置と時間が制御され、照射が終了すると治療装置内に自動的に再度格納される。内部照射であるため、外部照射よりも線量集中性が良好であり、1回あたりの照射線量(分割線量)を高くすることで強い効果を発揮できる。一方、適切な位置にアプリケータを挿入する高度な技術が必要である。

(3)中性子線発生装置
 ホウ素中性子捕捉療法で使用される。これまでは原子炉を用いた治療が行われてきたが、2011年(平成23)の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえて原子炉の規制基準の改正があり、現在は病院に設置できる加速器を用いた治療に移行しつつある。おもに陽子線を加速し、ベリリウムやリチウムなどのターゲットに照射することで中性子線を発生させる。

[石川 仁 2023年2月16日]

放射線療法に必要な検討事項

放射線療法を実際に行う際には、次のような内容がチェックされる。

(1)治療の適格性
 放射線治療医以外の専門家を交えた検討会(キャンサーボード)で、患者にとって適切な治療が放射線療法であるか否かを検討する。同時に、全身状態、および正常組織の耐容線量と病巣の放射線感受性などを考慮し、治療を行った場合の益と害のバランスから適応となるかを検討する。

(2)併用療法
 がんの治療には放射線療法以外に手術、化学療法、ホルモン療法、免疫療法などがあり、いくつかの治療を併用した集学的治療が行われることが多い。主たる治療として放射線療法を行う場合でも他の治療法との併用が検討されるが、そのタイミングとして、放射線治療の前・同時・後のいずれに併用するかの検討も重要である。

(3)放射線治療法の選択
 線源、治療装置、照射技術について、適切な放射線治療法を検討する。

(4)照射範囲・線量分割法の検討
 検査で得られた臨床情報から適切な照射範囲を決定する。治療計画で得られた正常組織への照射体積や耐容線量などから適切な分割線量、照射回数を決定する。

(5)説明と同意
 (1)~(4)の結果に基づいて、患者・患者家族に十分に説明し、治療の同意を得る(インフォームド・コンセント)。

 以上がすべて整ってから実際の照射を開始するが、照射期間中は患者の全身状態につねに配慮しながら照射を続ける必要がある。

[石川 仁 2023年2月16日]

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内科学 第10版 「放射線療法」の解説

放射線療法(治療学総論)

 放射線治療は,手術療法,化学療法とともに癌治療の重要な治療法として,現在広く用いられている.その癌治療における位置づけは,手術療法とともに腫瘍の局所における制御を目的とする局所療法であるが,手術療法とは異なる特徴を有している.第一に,局所の切除をしないために,機能を温存することが期待できる.第二に,どのような部位に対しても照射が可能である.第三に,全身への負担が比較的少ない.放射線治療はこのような利点を有しているために,生活の質(QOL)を重視する場合,合併症を有する場合,高齢者の治療などの場合においては大きな役割を担うが,それに加えて,複数の治療の組み合わせを最適化して行う癌の集学的治療における位置づけも重要である.一方で,手術療法と比べて局所制御率が低い癌が存在することや周辺正常組織への照射による障害などの問題点に対しては,物理工学や放射線生物学の発展によって,より有害事象が少なくかつ局所制御率の高い治療方法の開発が進んでおり,癌治療における重要性はますます大きくなることが期待されている.
(1)放射線治療の目的
 放射線治療の目的は,癌の種類や病期によって異なり,また集学的治療においては手術療法や化学療法の目的とも関係するために,癌治療の原則にのっとり,症例ごとの癌治療の目的を複数の専門領域の治療関係者が慎重に議論して決める必要がある.その目的は,癌の治癒を目指すことと症状を緩和することに大別される.治癒を目的とする場合には,さらに放射線治療単独で行う場合,化学療法と併用する場合,手術療法の補助として行う場合に分かれる.症状の緩和のために放射線治療を行う場合は,癌の根治は期待できないが,症状を緩和することによる日常生活の質の向上や生存期間の延長を目的とする.
(2)放射線治療の作用機序
 治療において用いられる放射線は,物質にエネルギーを与え電離する能力を有する電離放射線である.放射線はこの電離能力によって生体を構成する分子に物理的変化や化学的反応を引き起こすが,癌に対する治療効果の発揮においては,DNAの損傷が重要である.このDNA損傷は,大別とすると放射線の直接作用と水分子の反応の結果生じるラジカルによる間接作用の2つの原因によって生成され,この2つの作用の割合は放射線の種類によって異なる.飛程あたりの物質へエネルギーを与える指標である線エネルギー付与(linear energy transfer:LET)の低いX線やγ線などでは,後者の割合の方が高い.それに対して,重イオン線や中性子線などのLETが高い放射線では,直接作用の割合が大きくなる.
 放射線によって生じるDNA損傷には,塩基損傷,DNA一本鎖切断,DNA二本鎖切断,架橋(DNA蛋白質間,DNA鎖内,DNA鎖間)などがあるが,癌細胞の致死に最も重要であるのは,DNA二本鎖切断である.DNA二本鎖が放射線によって切断されると,細胞はそれに応答して情報伝達経路を活性化し,最終的にはこの切断を修復することによって細胞にとって致死的な結果を回避する.しかし,このような細胞の防御機構は完璧に作動するわけではない.癌細胞のように正常細胞と比べて多様な分子異常が存在している場合には,DNA損傷応答から修復に至る過程が,正確に作動しないことがある.また,分子レベルの異常がなくとも,DNA損傷の処理能力には限度があると考えられているために,大量のDNA損傷が生成された場合には,修復されない損傷が残存する.このような理由によって,癌治療で用いられる線量の放射線を照射された細胞では,修復されないDNA二本鎖切断が存在し,それがDNA複製と細胞分裂に重大な影響を与え,染色体構造の異常などを誘発して細胞に致死的な状況をもたらすものと考えられる.
(3)放射線感受性の修飾
 放射線によって生成されたDNA損傷が,癌の細胞死を効率的に誘導することができれば,放射線治療はきわめて有効性の高い癌治療となる.しかし,生体における複雑な要因によって細胞の放射線感受性は大きな影響を受けるために,癌の放射線治療においては治療抵抗性の問題が生じることがある.放射線感受性のメカニズムは,生命科学の進歩によって分子レベルでの解明が大きく発展し,放射線治療の増感法への応用に大きく貢献することが期待されるようになった(Beggら,2011).
1)DNA損傷応答機構:
放射線治療の効果の発揮において重要な役割を果たすDNA二本鎖切断が生じた場合,損傷のセンサー分子であるATM(ataxia telangiectasia mutated)が,自己リン酸化によって活性化され,情報伝達経路の下流に存在する蛋白質をリン酸化することによって,損傷情報が伝達される.ATMの遺伝性ホモ接合性変異は,血管拡張性失調症(ataxia telangiectasia)の原因となるが,この疾患では血管拡張と小脳失調に加えて,免疫不全,放射線高感受性,発癌リスクの増加が特徴的であることは,ATMのDNA損傷応答のセンサーとしての役割の重要性を示唆するものである.センサー分子からの情報は,リン酸化活性を有するChk1やChk2などのトランスデューサー分子に伝達され,それらは代表的な癌抑制分子として知られているp53などの下流に存在するエフェクター分子に情報を伝達することによって,細胞周期の進行の制御,DNAの修復,細胞死などの細胞応答現象が発揮される(図3-1-32).そのために,これらの情報伝達経路を形成する分子の機能が,多様な原因によって変化すると,放射線の感受性は修飾される.
2)細胞周期:
放射線の感受性は,細胞周期によって異なる(図3-1-33).細胞分裂が行われるM期とG1期からS期への移行期においては放射線感受性が高いために,この時期に存在する細胞は,放射線照射によって高い効率で細胞死に至りやすい.それに対して,DNA複製が行われるS期の後半とG1期の前期においては,放射線感受性が低いために,この時期に存在する細胞は,放射線に対して抵抗性になる.
3)DNA修復:
放射線によって生成されるDNA損傷に対しては,その損傷の種類に応じて独立した修復機構が存在する.最も頻度の高い損傷である塩基損傷に対しては塩基除去修復機構が,DNA一本鎖切断に対しては一本鎖切断修復機構がおもな役割を担うが,放射線治療の効果に最も直接的な影響を及ぼすDNA二本鎖切断に対しては,非相同末端結合(nonhomologous end joining)と相同組換え(homologous recombination)の2つの異なる修復機構が主要な役割を担っている(図3-1-34).非相同末端結合は,リン酸化活性を有するDNA-dependent protein kinase (DNA-PK)が中心となる蛋白質群によってDNA切断部位を直接結合するために,断端の塩基は消失する可能性があり,不正確な修復となることがあるが,どの細胞周期でも働く.この経路に属する分子の遺伝的欠損を有する症候群が複数同定されているが,これらは放射線高感受性,免疫不全を共通の特徴とする.相同組換えは,DNA複製期に生成される姉妹染色分体を鋳型としてRAD51を中心とする分子群による組換え反応によって修復するために,正確な修復が期待できるが,姉妹染色分体が利用できるS期からG2期までに限定される.相同組換えは,DNA架橋修復でも重要な役割を果たすために,放射線以外にもDNA架橋を主たる作用機序とする白金製剤に対する感受性も制御する.RAD51と直接結合するBRCA2も相同組換えにおける重要な役割を担うが,この分子が遺伝性に変異している場合は乳癌や卵巣癌のリスクが増加し,出生時より全身で欠損している場合にはFanconi貧血を発症する.
4)低酸素影響:
腫瘍組織では,腫瘍細胞の異常な増殖と血管形成のバランスが取れないことが多いために,容易に低酸素状態に陥り,このような環境に存在する細胞は放射線抵抗性となる.低酸素環境では,転写因子であるhypoxia-inducible factor 1(HIF1)の活性が上昇し,その転写活性の対象となる遺伝子の発現が変化する.このHIF1が,低酸素環境における放射線抵抗性の発現に重要な役割を果たしている(Dewhirstら,2008).
(4)放射線治療の方法
 放射線治療の適応を決定した後に,治療すべき標的と周辺の正常組織の位置情報をX線CTなどによって取得し,治療計画を策定する.治療方法は外部照射と小線源治療に大別される.
1)外部照射:
コバルト遠隔治療装置からのγ線やライナックなどの高エネルギー加速装置からのX線を体外から照射する方法である.線量は目的によって異なるが,治癒を目的とする場合には,1回1.8〜2 Gyで総線量60〜70 Gyを照射する.固定照射法と運動照射法があり,後者では治療の対象への線量をより集中することができる.定位的放射線治療や強度変調放射線治療では,より腫瘍部位への線量の集中性の高い治療が可能である.これらの放射線に加えて,陽子線や炭素イオン線などの粒子線が治療に用いられることもある.これらの粒子線とX線やγ線では体内における線量分布が大きく異なる.X線やγ線は体表面近くで線量が最大になるのに対して,陽子線や炭素イオン線は体内における飛程の終端近くでエネルギーを急激に放出し,Braggピークとよばれる線量分布を示す.そのために,体内の深い部位に存在する腫瘍に線量を集中することが可能となる.このような放射線治療は,単独で行われる場合と,全身療法である化学療法を同時併用する化学放射線療法として行われる場合とがある.化学放射線療法では白金製剤が使用されることが多いが,放射線治療による局所制御をさらに増強することと遠隔転移の抑制が目的となる.
2)小線源治療:
イリジウム(192Ir),ヨウ素(125I)などの放射性物質を小さな容器に密封した線源を,腫瘍あるいはその近傍に留置する治療である.腫瘍部位に埋め込むことによって組織内照射を行うこと,体腔内に挿入することによって腔内照射を行うこと,直接刺入することが困難な腫瘍をカバーする補綴装置(モールド)を装着して照射を行うことなどによって,外部照射と比べて腫瘍部位に線量を集中することができるために,高い局所制御率が期待できる.
(5)放射線治療の有害事象
 放射線療法の有害事象は,治療中から終了後の短い期間に発現する早期障害と,治療終了後6カ月以降に発現する晩期障害に大別される.
1)早期障害:
放射線治療を開始すると,食欲低下,悪心,嘔吐,全身倦怠感などの全身症状が発現しやすいが,治療の進行とともに軽快する傾向がある.局所症状としては,皮膚,消化管粘膜,造血組織などの放射線感受性が高い組織が照射された場合に,急性炎症と細胞死が原因となるもので,皮膚炎,脱毛,口内炎,食道炎,下痢,白血球減少などがある.
2)晩期障害:
総線量ならびに1回線量が多い場合に,照射部位における局所症状が発現する.基本的な病態として,慢性炎症や広範囲の細胞死が原因となるものでは,肺線維症,白内障,神経障害,直腸障害,皮膚潰瘍などがあり,DNA変異や染色体異常が原因となるものでは,二次癌がある.[宮川 清]
■文献
Begg AC, Stewart FA, et al: Strategies to improve radiotherapy with targeted drugs. Nature Rev Cancer, 11: 239-253, 2011.
Dewhirst MW, Cao Y, et al: Cycling hypoxia and free radicals regulate angiogenesis and radiotherapy response. Nature Rev Cancer, 8: 425-437, 2008.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「放射線療法」の意味・わかりやすい解説

放射線療法
ほうしゃせんりょうほう
radiotherapy

放射線が癌細胞に当たると,細胞は電気を帯びたようになり,栄養吸収や核酸の分裂増殖ができなくなってしまう。これを応用したのが放射線療法で,現在,X線,γ線,β線,中性子,陽子などが用いられている。放射線がよくきく癌としては,皮膚癌,舌癌,喉頭癌,子宮癌,悪性リンパ腫などがある。放射線療法の場合,問題になるのは副作用で,癌細胞を死滅させるだけの放射線をかけると,その周囲の正常な細胞も障害を受け,ただれ,脱毛,潰瘍などの起こることがある。したがって放射線療法を行なう場合,きめ細かく照射の強弱や間隔を調整しながら治療を進めることが大切である。

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世界大百科事典(旧版)内の放射線療法の言及

【癌】より

…乳癌に比較的多い。 放射線に感受性のある癌で,根治手術が困難であるか,臓器の機能を保持したい場合は放射線療法を行う。子宮頸癌,舌癌,咽頭癌,喉頭癌,肺癌など,扁平上皮癌や一部の肉腫が適応になる。…

【放射線治療】より

…放射線のもつ生物学的作用を利用して行う治療法。放射線療法ともいう。癌その他の腫瘍性疾患に対して行われるが,病的組織への破壊を最大にし,正常組織への障害を少なくするために,種々の方法や技術が駆使される。…

※「放射線療法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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