教会法(読み)きょうかいほう(英語表記)jus ecclesiasticum[ラテン]
Kirchenrecht[ドイツ]

精選版 日本国語大辞典 「教会法」の意味・読み・例文・類語

きょうかい‐ほう ケウクヮイハフ【教会法】

〘名〙 キリスト教信徒の信仰、道徳、訓練および教会機構と、その運営とに関し、権威者たちによって制定された規則、あるいは規定。〔改訂増補哲学字彙(1884)〕

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デジタル大辞泉 「教会法」の意味・読み・例文・類語

きょうかい‐ほう〔ケウクワイハフ〕【教会法】

キリスト教会が、教徒の信仰・生活や教会の組織・活動を規律するために、独自に定める法体系。→カノン法

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改訂新版 世界大百科事典 「教会法」の意味・わかりやすい解説

教会法 (きょうかいほう)
jus ecclesiasticum[ラテン]
Kirchenrecht[ドイツ]

キリスト教会の組織や活動を規律する法を教会法という。教会法は,キリスト教会の典礼または教派の別に従って,ローマ・カトリック教会法,ギリシア正教会法,ドイツ福音主義教会法,英国国教会法,改革派教会法などに区分され,法定立の主体の別に応じて,狭義の教会法(神または教会が定立した法),国家教会法(国またはこれに準ずる団体が教会に関して定立した法)およびコンコルダート政教条約。教会と国家の間の条約)に区分される。諸教会法中,最も完成された法体系を有し,文化史上の意義においても最も重要な地位を占めているのは,ローマ・カトリック教会法である。ローマ・カトリック教会法の体系は,狭義の教会法のそれで,しばしばカノン法とも呼ばれる。そして,単に教会法といえば,これを指すのが通例であり,また,プロテスタントの立場からは,教会法は教会にとって本質的なものとは考えられていない。以下,ローマ・カトリック教会法について,その特色と歴史を概説する。

カトリック教会の見解によれば,キリストによって全人類の救霊のために創設された教会は,当初から法および法的制度を本質的要素として備えていた。〈可視的団体と霊的共同体は,二つのものと考えられるべきではなく,人的要素と神的要素とからなる一つの実在である〉。したがって,法制史学者R.ゾームの提唱した有名なテーゼ〈教会法は教会の本質と矛盾する〉は,カトリックの立場からは認められない。

 教会法と国家法その他の諸法との間には,法的性質上の差異はない。しかし,教会法が教会の任務(キリストの福音の宣教,秘跡の管理と執行など)の遂行を補助する手段の一つであるところから,教会組織の維持の仕方や成員の権利・義務の規定の仕方に,他の法には見られない特色が認められる。第1に,教会法は,国や言語や人種の相違を超えた普遍的通用力を有する(神法および一般的教会制定法)。第2に,それは,個々の信徒の行為の準則を定めて救霊の目的に奉仕するが,その際に,個人や団体の自主性が重んじられ(補充性subsidiaritasの原則),特別な事情が幅広く考慮される(司教区法や慣習法などの特別法の重視,特定の場合に法の適用を免ずる特免dispensatioの制度や〈重大な支障をきたす場合には法は拘束せず〉という解釈原則の存在など)。第3に,教会の権力は,もともと単一であり,キリストから使徒およびその後継者たる司教に伝えられ,さらに叙階や教会職への任命を通じて他の聖職者(司祭,助祭)にも伝えられた。したがって,講学上,教会の統治権または裁治権potestas jurisdictionisと品級権potestas ordinisとが区別されてはいるが,教会の統治権について,近代国家の採用するいわゆる三権分立のような観念は存在しない。また,教会の権力への服従は,信仰と愛と自由意思に基づいて実現されるべきものであり,物理的強制によらないのを原則としている。第4に,教会法は,イスラム法やユダヤ法などと違って,啓示に基づく法以外の法(教会制定法)がその大部分を占めている。このため,教会法は,周囲の世俗法と絶えず交流してこれらから多くのものを受容し,自らもまた世俗法の発展に寄与してきた。こんにち教会法が重要視される理由は,それが,ローマ・カトリック教会の法としてあるいは比較法的見地から見て重要であるのみならず,その歴史を通じて世俗法(特にヨーロッパ諸国の法)の発展に大きな影響を与えたという事情に負うところが少なくないからである。

教会法の歴史は教会の歴史の一部である。しかし,法的観点から見れば,それは,ローマ法ゲルマン法との交錯の歴史であり,西欧法の歴史の一部でもある。

最初期の教会には明確な法体系は見られない。典礼規則を別として,信徒の生活は主としてユダヤ教の律法によって規律された。しかし,パウロの異邦人宣教などを契機として,司教を長とする位階制やその他独自の法制度が発達し始め,コンスタンティヌス帝の登位以後,教会がローマ帝国内の公法団体として,帝国の庇護を受けるようになると,教会は帝国公会議および管区教会会議を通じて基本的な問題の解決を図る一方で,ローマ帝国の法制(ローマ法)を受容して,自らの統治組織(司教区,管区,総大司教制,司教裁判所,ローマ教会の首位権など)や婚姻その他の法を整えた(このため,後にゲルマン人の間では〈教会はローマ法によって生きる〉と考えられた)。しかし,5世紀以降,帝国の衰退,東西両教会の対立の激化,イスラム教徒の進出の結果,教会の規律は乱れ,教会法の統一性も失われた。

カロリング朝時代にローマ教皇と提携したフランク国王の下で教会改革が行われ,ローマ教会を中心とする西欧教会法の統一化への道が開かれた。聖職位階制や婚姻,裁判制度に関する伝統的な法規定が復活し,カール大帝の治下で,ローマ教会公認の法令集がフランク王国教会法典Dionysio-Hadrianaとして公布された(774)。この改革によっても解決されなかった諸問題,例えば私有教会制による教会財産や教会職の世俗化,司教権の自由な行使に対する種々の障害などに対処するために,9世紀中葉に偽イシドルス教会法令集その他の偽書が編纂され,さらに11世紀後半には,ローマ教皇の首位権の確立,俗権からの教会の自由の実現,伝統的教会法の復興を標榜する改革運動が,教会自身の手で始められた(グレゴリウス改革)。この改革の結果,ローマ教皇の首位権は不動のものとなり,西欧教会法統一の中心が定められた。伝統的教会法を集大成して教会法統一の第一歩を印したのは,グラティアヌス教令集(1140ころ)である。その後,教会は強力な教皇権カノン法学の協力の下に,大量の立法(教皇令および普遍公会議決議)を行い,14世紀中葉までに,全西欧の教会を包含する中央集権的統治組織と統一的法体系とをつくり上げた。グラティアヌス教令集と以後の教会法令・法典を集成したものはカノン法大全と呼ばれ,これに代表される教会法は古典カノン法と呼ばれる。〈古典〉と形容されるゆえんは,この法によって,法源,教会組織,聖職位階制,聖職者および俗人の権利・義務,秘跡授受の要件,刑罰,訴訟手続などの領域で,現代教会法にまで通ずる観念や制度が整えられたからである。また,世俗法に対する教会法の影響も,この時代に頂点に達した。すなわち教会法は,一方で,ゲルマン法からは贖罪制度,教会保護権などを,11世紀に復活したローマ法からは裁判制度,訴訟手続,婚姻,法律学などを,また封建法からも多くのものを受容したが,他方では,ゲルマン諸部族法典をはじめとする中世ヨーロッパの世俗法に対して,弱者(貧者,病人,孤児,寡婦,旅人)の保護,刑罰の人道化,裁判の合理化,私闘(フェーデ)の抑圧と平和の確保(神の平和,神の休戦)などの点で大きな影響を及ぼし,さらに,近世・近代の西欧諸国法の形成に際しては,法や国家の倫理的基礎に関する理論,官僚制のモデル,選挙制,民事および刑事の裁判手続,婚姻・相続・遺言に関する法制,国際団体の観念と国際紛争の平和的処理方法などの理論や素材を提供して,その発展を基礎づけたのである。

国民国家の成長や教会大分裂(シスマ),宗教改革など,中世的普遍教会の基盤を揺るがす事態の出現によって,西欧の普遍的教会法は諸教会法中の一カトリック教会法となり,変質を余儀なくされた。トリエント公会議(1545-63)の改革立法が,教会法近代化の口火を切った。もっとも,この改革は,聖職者の地位と義務,叙階の要件および手続,司教会議制,教会聖職禄,修道会,刑事訴訟などの教会の内部規律に限られ,これらの領域では重要な地位を占めたが,教会法全体はなおカノン法大全に依存していた。ローマ教皇は依然として法統一の中心であった。ローマ教皇の地位は,世俗的な意味では低下したが,対内的には前代よりもむしろ強化された。アジア,アフリカ,新大陸への宣教が進み,教会法がこれらの世界を包含する世界法となったことや,ガリカニスムやヨゼフィスムスに代表される国民教会的傾向に対抗して,教会および教会法の統一性を確保するために,ローマ教皇の地位がいっそう重要となったのである。他方,国家中心主義の台頭と国家法の成熟に伴って,教会法の対象領域が純粋に教会的な事項に限られるようになり,世俗的事項に及ぶ内容と錯綜した体系とをもつカノン法大全は,しだいに教会法の近代化を阻害する要因と感じられるようになった。このため1904年以来,これに替わる新しい法典の編纂作業が進められ,近代的諸法典の一つであるカトリック教会法典Codex juriscanoniciが公布された(1917)。この法典は,ローマ法の法学提要に基づく5巻編成(総則,人,物,訴訟,犯罪および刑罰)を採用し,全体で2414条の法文を含んでいる。これにより教会法の近代化が,法の内面化(脱世俗化)と合理化という形で実現された。

カトリック教会法典は西欧諸国の近代法典を範とし,教会法をこれらと同程度に合理化することを主たる目的として編纂された。したがって,これは法律的にはきわめて優れた作品と評されたが,教会的・神学的見地を重視する人々からは,法的に過ぎると批判された。1950年代に入ると社会の変化に対応しえない部分が目だつようにもなったために,教皇ヨハネス23世は,第2バチカン公会議(1962-65)の開催と合わせて教会法典の改正を決定し(1959),法典改正委員会を設置した(1963)。この委員会は教皇パウロ6世によってさらに拡大・整備され,数次の草案検討を経て最終草案に到達した(1980年6月)。この草案はすぐには公布されず,教皇ヨハネス・パウルス2世の手元でなお若干の修正が行われた後,83年1月25日に(教皇ヨハネス23世が第2バチカン公会議と教会法典の改正とを公表した記念日),カトリック教会法典として公布され,同年の待降節第一主日(11月27日)から施行された。新法典は,法学提要式の編別に教会法的配慮を加えた7巻編成を採用し(総則,神の民,教会の教導の任務,教会の聖化の任務,教会の世俗的財産,訴訟手続),全体で1752条の法文からなっている。この法典の施行によって,1917年の教会法典は効力を失った。新法典は,第2次世界大戦後の社会の変化に教会法を適合させること,とくに第2バチカン公会議の改革立法,とりわけその教会論との調整を主たる目的として編纂された。したがってそれは,原則として1917年の法典を継承しつつ,教会組織や聖職位階制について大幅な改正を行い(全体教会の統治に関する司教の団体性collegialitasや下位団体の自主性を保障する補充性の原則subsidiaritasの強調,司教協議会や司牧評議会の設置など),教会聖職禄,刑罰,訴訟手続その他の領域でも,思い切った削除や修正を行っている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「教会法」の意味・わかりやすい解説

教会法
きょうかいほう
ius ecclesiasticum ラテン語

キリスト教信徒集団の信仰および生活の規範や、その機構、運営、活動行政にかかわる法体系をさす。古くは、広く「カノン法」ius canonicumともよばれてきた。カノンは、使徒パウロが用いた「おしえ」(「ガラテヤ書」6章6)と語源をともにする。『新約聖書』のなかに、すでに使徒たちによって集収された一連の「おしえ」をみることができるように、キリスト教会では、初期より、信仰の根本問題や信徒の守るべき生活規律について、また一般宗教的慣習について、異なる意見の調整を図り、その問題解決のために教会会議が開かれ、会議の名において、つまり当時の教会立法機関によって決議がなされたり、教会の権威者、すなわち教皇や司教から教令が出されたりして、これらが教会法を構成していった。カルケドン公会議(451)において「アンティオキア法令」が引照された事実が示すように、5世紀にはすでに「教会法令集」が存在していたが、12世紀に至って教会法の体系化は画期的に行われた。

 法源による分類によれば、教会法でもっとも重要なものは神のことばによる「神法(しんぽう)」ius divinumで、この神法を前提とし出発点にして、「人定法(じんていほう)」ius humanumが教会の立法機関によって制定された。これが狭義の教会法で、さらに成文法と不文法に分けられる。

[石田順朗]

教派と教会法

教会法は、主として、ローマ・カトリック教会とイギリス国教会(イングランド教会)や東方正教会によって重視され、遵法されてきた。なかでも重要なのは「ローマ・カトリック教会法」である。事実、カトリック教会では、2414の法令を含む『ローマ教会法典』Codex Iuris Canonici(1917年公布、翌年施行)をさして教会法とよんでいる。それは、総則、人、物、訴訟、犯罪、刑罰の5編に及ぶ広範囲にわたるものであり、その機能は、後世、国家法に属する私法、刑法、訴訟法などとは区別されていて、教皇や公会議などの権威によって公認された「カノン法」として、教会の基本的特質の表明であると認められてきた。

 しかし、教会法は、それ自体を目的にするものではなく、教会のよって目標とすることのために必要な手段と考えられていて、それは、法と教会の教義および道徳神学とが密接不可分に結合していることでもわかる。ローマ・カトリック教会では、教会法の制定とその執行を、一般世俗の権力から独立して、教会内部で行い、教会の独自な立法・行政・司法組織を確立していて、その点では、一般プロテスタント教会における教会法概念と相違する。

[石田順朗]

教会法と国家法

教会法と一般国家法との関連性については、プロテスタントの諸教会間で、長年、論議されてきているが、そこでは、教会法の独自性を認めながらも、究極的には、一般の法観念から逸脱することはできないとして、いわば、緊張関係を保つというのが大勢の意向である。

 ただ、国家法から区別されたものとして教会法をとらえる立場でも、教会が法的秩序を欠いたままでよいというのではなくして、教会の法的秩序はあくまで神の意志に根ざすものであり、聖書がいわば根本法であると理解する限りでは、広く同調点がみられる。したがって、「信仰告白的文書」にしても法的原則を含み、教会の「憲法規則」も、教会法を一般法体系にのっとって成文化したものと考えられる。ともあれ、共通に表明されるところは、教会法では、体刑や極刑はもとより、自由刑や罰金刑が、希少例を除いて、ないかわりに、「説得の方法」を特徴としている。しかも、この説得方策こそ、刑罰を伴う国家法にまさって、適切有効であるとし、教会法が、キリスト教界独自の法として考えられるほかに、近代法思考の基盤となり、世界諸国の国家法や国際法へも大きな影響を及ぼしていることは、奴隷制度の廃止、婦女の法的地位の向上、婚姻制度の強化、刑罰制度の人道化、国際紛争の平和的解決方法の樹立などと、数多い事例にみられるところである。

[石田順朗]

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百科事典マイペディア 「教会法」の意味・わかりやすい解説

教会法【きょうかいほう】

キリスト教会,狭義にはローマ・カトリック教会の組織と活動を規制する法体系。ラテン語jus ecclesiasticum,ドイツ語Kirchenrechtなどの訳で,カノン法とも呼ばれる。ローマ法の継受,偽イシドルス教会法令集,グラティアヌス教令集,カノン法大全などを経て,カトリック教会法典Codex juris canoniciが1917年に,さらに改訂を加えた新法典(全1752条)が1983年に公布された。
→関連項目カノン教会裁判所コモン・ロー市民法宗教法普通法

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「教会法」の意味・わかりやすい解説

教会法
きょうかいほう
jus canonicum; canon law

カトリック教会およびイギリス国教会における信徒団体の生活を規律するために,神と教会から発布された権威的規範の総体として発達した法体系。聖書,教皇令,公会議令そして伝承や慣習を法源とする。教会法は 1141年頃,「グラチアヌス法令集」として初めて体系づけられ,その後 12~13世紀の教皇たちがその英知を傾けて集大成化に努力し,1582年の『教会法大全』の成立によってほぼ実質的に完成した。教会法は国家という枠とは次元を異にする全世界にまたがる普遍的な信徒団体の法として,特殊的な封建法に対しローマ法とともにヨーロッパ全体を支配した。教会は近代法,とりわけ婚姻法,離婚法,相続法の領域の形成に実質的な貢献を行なっている (カノン法) 。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「教会法」の解説

教会法(きょうかいほう)
Canon

カノン法ともいう。カトリックの教会会議の諸決定や大司教などの教令がまとめられたもの。3世紀から司教会議で神学,教会規範などの決定がなされていた。325年のニケア教会会議から信条の決定が重要となった。5世紀に集成が始まり,12世紀のグラニアヌスの法令集などが有名で,1582年グレゴリウス13世による大集成がなされた。近代のナポレオン法典の影響のもと,1917年に成立した「ローマ教会法典」が現行の教会法である。

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