旅行案内書(読み)りょこうあんないしょ

改訂新版 世界大百科事典 「旅行案内書」の意味・わかりやすい解説

旅行案内書 (りょこうあんないしょ)

旅行案内書(ガイドブック)とは,観光旅行者に対して,目的地についての情報を提供するための出版物のことである。自然,歴史,社会,経済,文化などの背景的知識に加えて,交通,飲食と宿泊,服装,観光ルート,見どころ,祭事レクリエーション,みやげ物などの案内を含む。体裁は持ち運びに便利な小型ポケット判で,精確で読みやすい記述と地図で構成され,見どころと利用すべきホテル,レストランに関する客観的評価も記される。

 旅行案内書の出版史は,その概念を幅広くとらえて,旅行者になんらかの目的地情報を提供する出版物と考えれば,旅行の歴史と同じように古くまでさかのぼることができる。しかしながら,もっぱら楽しみを目的とする旅行者を対象に,現在われわれが利用するものと同じような体裁と内容で,地域(国)別に,シリーズ形式で出版されるようになったのは,ヨーロッパにおいて19世紀になってからであった。とくに,ドイツ人のベデカーKarl Baedeker(1801-59)とイギリス人のマレーJohn Murray(1808-92)がこの分野の始祖とされ,前者は1828年,後者は36年にシリーズの刊行を始めた。両者書名に自分たちの名前を冠したので,その後《ベデカー》と《マレー》は旅行案内書の代名詞となった。とくに《ベデカー》のそれは,記述と地図の精確さ,知的水準の高さ,赤表紙の小型ポケット判といった装丁,英独仏といった多国語による刊行,星印による評価などで,後続旅行案内書の模範となった。

 現在,世界各地域を網羅し,国際的に評価の高い旅行案内シリーズとしては,上述の《ベデカー》が健在なのに加えて,イギリスでは,かつて《ベデカー》で英語版を担当したことのあるミュアヘッドJames Fullarton Muirhead(1853-1934)による,歴史・文学に関する解説で定評のある《ブルー・ガイドBlue Guide》(1918創刊)が刊行されている。フランスでは,アシェットLouis Christophe François Hachette(1800-64)による《ギド・ブルー》,空気入りタイヤの発明者ミシュランAndré Michelin(1853-1931)による,自動車旅行者を対象とし,権威のあるホテル・レストラン案内で有名な《ギド・ミシュラン》,ナジェールLouis Nagel(1908- )による《ナジェール》がよく知られている。さらにアメリカでは,フォダーEugene Fodor(1905-91)による,専門家の寄稿と毎年の改定で特色のある《フォダー》(1936創刊),またアメリカ国内の旅行案内書であるが,1935年から43年にかけて大恐慌後の文筆家に対する失業救済事業として完成した《アメリカ・ガイド・シリーズAmerican Guide Series》などがある。日本の旅行案内書は,取り上げる情報の適切さ,地図の精確さ,評価の信頼性などの点で,国際的な水準に達しているとはいい難い。ただし,かつて1913年から17年にかけて,当時の鉄道院が英文で《東アジア旅行案内An Official Guide to Eastern Asia》全5巻を刊行し,これが国際的に高い評価を受けたことがある。とくにその中国編は,《ナジェール》が1966年に《中国案内》を出版するまで,他に類書がなく,貴重な存在とされた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の旅行案内書の言及

【旅行記】より

…作者デフォーはこれを実録と呼び,読者もそれを信じていたし,これが詐欺であるとか背信行為であると責めることもしなかった。さらに旅行案内書は今日では旅行記とは別のものと考えられているが,以下の記述に見るとおりこの区別もきわめて最近のものである。〈旅行記〉はときに冒険小説であり,政治論であり,歴史書ですらあった。…

※「旅行案内書」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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