日本俠客伝(読み)にほんきょうかくでん

改訂新版 世界大百科事典 「日本俠客伝」の意味・わかりやすい解説

日本俠客伝 (にほんきょうかくでん)

1960年代に隆盛した東映やくざ映画の代表的シリーズの一つで,1964年の《日本俠客伝》から71年の《日本俠客伝・刃(どす)》まで,計11本つくられた。主演は1960年代の東映やくざ映画の代表的スター・高倉健(1931- )。各作品は独立していて,時代背景も明治大正,昭和初期とさまざまであるが,俠気の士と悪徳博徒との闘いを描く点では共通している。とくに俠気の描き方に特徴があり,他の多くのやくざ映画では主人公がやくざであるのに対し,このシリーズではほとんどの場合,主人公は運送業や火消しなど正業に従事する人物であり,やくざの任俠道ではなく労働の世界に根ざした俠気から,非道な博徒に闘いを挑むという形になっている。どの作品でも,下町港町の伝統的なたたずまいのなか,主人公を中心に労働する人々の一体感が描き出され,それを踏みにじって労働の場を奪おうとする悪徳博徒は多くの場合新興成上り者で,善なる伝統と悪なる新勢力との対決のドラマとみることもできる。《浪人街》三部作(1928-29)から《次郎長三国志》九部作(1952-54)に至るまで,〈任俠のこころ〉を描きつづけてきた日本映画最古参監督・マキノ雅弘(のち雅裕。1908-93)が,第1作から第9作《日本俠客伝・花と竜》までの監督で,労働に根ざした俠気を〈いなせ〉として描く定型をつくった。なかでも,大阪港の荷受業を描いた第2作《日本俠客伝・浪花篇》,築地魚河岸を舞台にした第3作《日本俠客伝・関東篇》,神田の火消しと新興博徒との争いを描いた第4作《日本俠客伝・血斗神田祭》は,名作として名高い。第9作と山下耕作監督の第10作《日本俠客伝・昇り竜》のみ,火野葦平の小説《花と竜》を原作とする。悪玉の横暴,善玉の忍耐,そしてラストの主人公の殴り込みというドラマ展開は,他のやくざ映画と同じパターンであるが,主人公が労働の世界から暴力の世界へ越境していくダイナミズムに,このシリーズの特色があり,そのダイナミズムを際だたせるように,ゲスト・スターの中村錦之助(のち萬屋錦之介。第1作)や鶴田浩二(第2,3,4,9作)がやくざに扮して登場,暴力の世界に生きる者の苦渋を見せて強烈な印象を残した。また,全11作中の7作品において,やがて〈任俠の花〉とよばれるに至る藤純子(1945- )がヒロインを演ずるほか,藤山寛美長門裕之伴淳三郎などの名脇役ぶりが毎回,作品世界を豊かなものにした。

 《日本俠客伝》シリーズとともに1960年代の東映やくざ映画路線のピークをつくった代表的なシリーズが,やはり高倉健主演の《昭和残俠伝》シリーズで,いわゆる〈着流しもの〉の代表的な作品群でもあり,東映やくざ映画路線のなかでも最強の興行力を誇り,65年の《昭和残俠伝》から72年の《昭和残俠伝・破れ傘》まで,計9本つくられた。全9作は1本ずつ独立した作品だが,いずれも昭和初期を舞台に(第1作のみ第2次世界大戦直後),任俠道をつらぬくやくざと新興悪徳やくざの縄張争いが描かれる。ドラマ展開のパターンはこれも他のやくざ映画とほぼ同様で,悪玉の横暴・謀略が愛し合う男と女を死に至らしめたり,力のない善意の庶民の生活を犠牲にし,主人公たちの忍耐,ついにがまんを爆発させた主人公の殴り込み,というふうにくりひろげられる。高倉健とともに池部良(1918-2010)が全作品に出演し,ほとんどの場合,高倉健が花田秀次郎,池部良が風間重吉の役名になっていて,〈花〉と〈風〉の風格あるコンビがムードをかもし,2人はやくざ組織のうえでは敵対関係にあって掟に強いられて刃を交えることもありながら,任俠の徒としては相互に認め合って友情を交わし,ラストには肩を並べて敵陣へ斬り込んでいく。この〈花〉と〈風〉のコンビの体現する俠気(おとこぎ)が,毎回,お定まりの物語パターンの微妙な変奏のなかでさまざまに際だち,人気を呼んだ。高倉健は同じころ,《網走番外地》および上記《日本俠客伝》という2大ヒット・シリーズにも主演したわけであるが,ほぼ同じようなドラマ展開の《日本俠客伝》シリーズでは正業をもつ俠気の男に扮することが多いのに対し,このシリーズでは一貫してやくざを演じている。そのことの象徴が背中を彩る唐獅子牡丹の刺青で,ラストの乱闘のなか,刺青を血に染めた怒りの仁王立ちの姿が,〈死んでもらうぜ〉というせりふの迫力もあって,多くのファンを魅了した。また,この刺青にちなんだ主題歌《唐獅子牡丹》を高倉健が歌っていて,毎回,殴り込みに向かう〈花〉〈風〉コンビの道行シーンには必ず流れ,効果を高めるとともに,流行歌としてヒットした。全9作中では,佐伯清監督,三田佳子共演の第1作および第2作《昭和残俠伝・唐獅子牡丹》,マキノ雅弘監督,藤純子共演の第4作《昭和残俠伝・血染の唐獅子》と第5作《昭和残俠伝・唐獅子仁義》と第7作《昭和残俠伝・死んで貰います》がすぐれ,とりわけ第7作は,東京の下町の料亭を舞台に人情の機微をみごとに描いて,傑作として名高い。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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