昏睡(意識障害)

内科学 第10版 「昏睡(意識障害)」の解説

昏睡(意識障害)(救急治療)

(1)臨床診断
 昏睡は単なる症候ではなく,それ自体が臨床診断である.意識障害が存在しないにもかかわらず,その反応の乏しさから,あたかも昏睡であるかのように誤診されやすいものには,閉じ込め症候群(locked-in syndrome)と心因性無反応(psychogenic unresponsiveness)がある.心因性無反応の症例の中には補助診断検査による診断に頼らざるを得ない症例もあるが,閉じ込め症候群は全症例で臨床診断可能である.閉じ込め症候群の患者には意識障害がなく,逃避反応ができないばかりか,疼痛を含むすべての不快な刺激を感じることができることを理解すれば,閉じ込め症候群の除外が昏睡の初期医療においていかに重要であるかは明白であろう.閉じ込め症候群を見落とさないためには,医療関係者のすべてが,昏睡と思われる患者に接するときは,常に,大きな声をかけ,まぶたの開閉による返事を求め,その反応を待つ,という基本姿勢を忘れないことが大切である.閉じ込め症候群の患者に傾眠傾向がある場合も少なくなく,昏睡から閉じ込め症候群に移行する場合も皆無ではない.したがって,医療のどの段階においても,常に同様なコミュニケーションをはかる努力を忘れてはならない.
(2)救急:ABCabc
 昏睡は救急疾患 (medical emergency)である.したがって,その初期医療は診断と治療との統合実践を原則とする.
 救急はABCから始まる.気道確保(Airway),呼吸(Breathing),循環(Circulation)である(注:アメリカ心臓協会(American Heart Association)の最新のガイドラインでは“CAB”の順番が強調されている(http://eccjapan.heart.org)).そして,昏睡の救急では,そのあとにabcが続く.静脈の確保(access line),採血(blood sample),盲目的薬物療法(coma cocktail)である.
 昏睡においては,さらなる脳障害を予防する目的で,たとえ病歴が明らかでない場合でも,3つの疾患の治療を盲目的に行う.それは,Wernicke脳症,低血糖症(hypoglycemia),および,アヘン系麻薬過剰投与(narcotic overdose)である.サイアミン(thiamine,vitamin B1) 100 mg,デキストロース(dextrose)1 g/kg,ナロキサン(naloxone)0.01 mg/kgの静注を,この順番に行う(一般に,昏睡カクテル(coma cocktail)とよばれている).
(3)記載とstaging
 覚醒(arousal)がまったく得られなくなった状態を昏睡(coma),覚醒は得られないものの,不快刺激に対する回避行動などの反応がみられる状態を昏迷(stupor),刺激により覚醒可能で大脳皮質機能も確認できるが,自分自身では覚醒状態を維持できない状態を傾眠傾向(drowsiness,somnolence),とよぶ.記載法として便利な点もあるが,臨床実践では,むしろ,「どのような刺激に対してどのような反応をしたか,または,しないか」といった,叙述的記載が大切とされる.
 統計学的な立場からつくられた分類法がComa Scaleである(表3-2-13,3-2-14).臓器移植が重要性を増し,脳死判定におけるあいまいさを払拭するために使われる用語に深昏睡(deep coma)があるが,外的刺激に対してまったくの無反応であることを強調した用語で,Japan Coma Scaleで300,Glasgow Coma Scaleで3の評価に相当する状態を表す.
(4)各論
 昏睡とは大脳皮質の賦活障害であり,大別して,①意識の座である大脳皮質の機能が広範囲に侵された場合,と②網様体賦活系の機能が障害された場合,に起こる.
 大脳皮質全体の機能不全から昏睡を起こしやすい疾患とは,大脳の表面全体に急速に病変が波及しやすい特徴をもつ疾患である.その代表は,くも膜下腔を介して病変の広がる細菌性髄膜炎くも膜下出血,大脳全体に非選択的に効果が波及する代謝疾患や薬物中毒,そして,電気的にニューロンネットワーク全体に波及して大脳皮質機能不全を起こす痙攣疾患である.
 網様体賦活系の機能不全から昏睡を起こしやすい疾患とは,中脳上部から間脳の器質性疾患である.その代表は,脳底動脈上端部付近から分岐する貫通枝の閉塞による脳幹梗塞,脳底動脈閉塞,高血圧性橋出血小脳出血に伴う脳幹圧迫,などである.大脳皮質の器質性局所障害だけでは昏睡を起こさないが,急速に増殖する脳腫瘍,広域梗塞や外傷に伴う脳浮腫,大きな血腫などによるテント切痕ヘルニア(tentorial herniation)で脳幹が圧迫されると意識障害を併発する.
 昏睡を起こし得る疾患は多義にわたり,それぞれ対する治療法も異なる.したがって,まずは昏睡を起こしている基本疾患をきちんと判定することが大切である.鑑別疾患のすべてを網羅することは不可能であるが,ここでは,その主要疾患を緊急性を考慮しながら,順番に概説する.
1)代謝,薬物疾患:
正常な脳機能の維持には正常な代謝環境が必須である.どの因子のどのような偏倚も,必ず,何らかの脳機能不全をもたらし,進行すれば,昏睡に至る.原因因子が内因性か外因性かにかかわらず,この疾患群は,代謝性脳症(metabolic encephalopathy)と総称される.その臨床的特徴は,大脳皮質全体の非特異的機能不全で,特殊例を除き,局所神経症状を示さないことを原則とする.また,それぞれの疾患に特異的な臨床所見は存在せず,同時に複数の代謝異常や薬物効果が重なりあっている場合も少なくない.したがって,その鑑別診断には,すべての代謝因子を網羅することが必要で,呼吸,脈拍,血圧,体温,血糖,電解質など,系統立てた診察を実践することが大切である.
 代謝性脳症における昏睡の前駆症状とされるものが,急性錯乱状態である.可逆性の高い代謝性脳症においては,この時点での迅速な処置による二次障害の防止が重要な意味をもつ.小児,高齢者,大脳皮質の広範囲な器質障害を抱えている発達障害,変性疾患患者など,脳の代謝環境変化に対応する許容範囲が狭まった症例では,錯乱状態を呈するまでの閾値が低いことの理解も大切である.膀胱炎に伴う軽度の発熱だけで惹起された錯乱状態も,少なからず経験される.
 意識障害の軽度な代謝性脳症では特徴的な神経症状を呈することがある.両側性の羽ばたき振戦(asterixis)は,主として,肝性脳症hepatic encephalopathy),まれに,腎性脳症で観察される(片側性の羽ばたき振戦は局所神経所見であり,代謝性脳症ではなく,同側中脳吻側の器質疾患を示唆する).眼振,眼球運動障害,小脳失調は,Wernicke脳症,フェニトイン系薬物中毒にみられる.
 代謝性脳症による昏睡でありながら,局所神経症状を呈するものに,テオフィリン(theophylline)中毒によるてんかん性脳症(後述)がある.単純部分発作,もしくは,その重積状態を呈することを原則とし,脳波に周期性片側性てんかん様放電(periodic laterlized epileptiform discharges:PLEDs)がみられる(図3-2-7:PLEDs).
 コカイン, アンフェタミンなどの覚醒系麻薬中毒では,脳血流動体に影響を与え,多発性の貫通枝梗塞や,それまで無症候であった動静脈奇形からの出血など,脳血管障害合併症を伴うことが多い.アヘン系麻薬中毒では,寝返りをせずに一定の体位を保ったままの長期睡眠による筋肉の圧迫壊死と末梢神経障害(compartment syndrome),横断性脊髄炎(transverse mye­litis)が合併する.
2)髄膜刺激疾患:
正常な意識の維持にとって大脳皮質のきわめて表面の部位が重要な役割を果たすことは,経験的によく知られている.したがって,くも膜下腔に沿って脳表全体に急速に伝播する炎症性疾患は,その病初期から意識障害を起こしやすい.これらの疾患群は,髄膜刺激症状を呈することを共通の特徴とする.細菌性髄膜炎(bacterial meningitis),および,くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage)がその代表疾患である.脳脊髄液検査と画像診断で確定診断が得られる.
3)中脳圧迫疾患:
網様体賦活系の障害は,中脳の圧迫障害で顕著に現れる.その代表疾患が,テント切痕ヘルニア(tentorial herniation)と小脳出血である.これらの疾患は,画像診断により容易に確定診断が得られ,緊急減圧手術(decompression surgery)の対象となる.
 大脳片側のmass lesion(脳腫瘍,血腫,浮腫,など)により側頭葉前内側部の海馬旁回(parahippocamal gyrus),鈎(uncus)が下方に押され,テント切痕と脳幹との間に嵌まり込むように押し出されるものが,鉤ヘルニア(uncal herniation)である.動眼神経(oculomotor nerve)障害から始まり,中脳の圧迫障害により昏睡に陥る.動眼神経の最も外側を走る副交感神経線維の障害として,初期から病側の散瞳が起こることが特徴である.脳幹が大きく変位するために対側の大脳脚が反対側のテント切痕に圧迫されて,動眼神経麻痺と同側の片麻痺を起こすことは,Kernohan-Woltman症候群とよばれ,偽局在神経所見(false localizing sign)の1つとして名高い.
 両側性の硬膜下血腫,脳浮腫などにより,視床上部が左右対称的にテント下に押し出されるものが,中心ヘルニア(central herniation)である.鉤ヘルニアとは対照的に,視床下部障害による交感神経不全による,両眼の縮瞳を特徴とする.
 小脳出血(まれに, 小脳半球梗塞に伴う浮腫でも)は,脳幹の圧迫障害が急速に進展する疾患の1つである.第4脳室後方からの圧迫障害であるため,橋の機能障害から始まることを原則とし,したがって,中脳障害を意味する意識障害を呈しはじめた状態ではすでに進行形と判断され,短時間の間に延髄障害をも引き起こす可能性が高い.
4)脳幹器質性疾患:
網様体賦活系は中脳から中脳吻側にかけての網様体近辺のニューロンネットワークによる統合的な神経機構と考えられている.したがって,中脳被蓋からその吻側にかけての,出血,梗塞,腫瘍,外傷などによる器質性疾患は意識障害を起こしやすい.橋の器質性疾患は意識障害を起こさないことが原則であるが,橋出血(pontine hemorrhage)の場合はその障害範囲が中脳まで及び,昏睡に至ることも多い.確定診断は画像診断による.
5)痙攣疾患:
全般発作(generalized seizure)は,大脳皮質全般に異常な神経発火が起こる疾患であり,その結果,意識障害を呈する.発作後,しばらくの間,正常な大脳皮質機能が回復しきらずにいる状態は,発作後もうろう状態(postictal confusional state)とよばれ,錯乱状態の一亜型である.また,複雑部分発作(complex partial seizure)に伴う行動異常は,辺縁系での異常神経発火による,網様体賦活系の機能不全であるとされ,これも錯乱状態の一亜型としてとらえることが可能である.
 昏睡状態が継続する痙攣疾患は,重積状態(status epilepticus)である.観察可能な痙攣性発作の重積状態の場合は鑑別診断に窮することはないが,ときに,痙攣性発作が観察されない症例もあり,脳波診断による鑑別が必須となる.重積状態は,そのものが救急疾患であり迅速な対応が必須となるが,その詳細は「てんかん」の項に譲る【⇨15-17-1)】.
 単純部分発作重積状態は持続性部分てんかん(epilepsia partials continua:EPC)ともよばれ,身体の一部に限局したピクつきが数時間から数日,ときには数カ月にわたって持続するもので,多彩な器質性疾患の部分症状として現れる.10歳以下の小児にEPCを主徴として発症し,進行性の片麻痺と知能低下を合併する特異的脳疾患はRasmussen症候群とよばれ,ウイルス感染などで惹起される自己免疫疾患と考えられている.成人では,PLEDsとよばれる特異的な脳波(図3-2-7:PLEDs)を発現する症例が多く,急性の広域半球梗塞,単純ヘルペス脳炎,既存器質脳疾患と代謝性脳症合併などでみられる.年齢を問わず,EPCを引き起こす原因疾患には難治性のものが多く,治療過多の対象となりやすい.唯一の例外が,テオフィリン中毒である.既存器質脳疾患が存在しないにもかかわらず,中毒症状として同様の脳症が惹起され,投与量補正により速やかに回復する.[中田 力]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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