村法(読み)そんぽう

精選版 日本国語大辞典 「村法」の意味・読み・例文・類語

そん‐ぽう ‥パフ【村法】

〘名〙 村民が自主的に定めた村の自治規約。多くは不文法であるが、成文法も存し、中世末から江戸時代に多く制定され、違反者には村八分などの制裁が加えられた。村定(むらさだめ)村極(むらぎめ)
※禁令考‐前集・第五・巻四四(江戸後)「一同領法或は村法次第に取計可然儀と存候以上」

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改訂新版 世界大百科事典 「村法」の意味・わかりやすい解説

村法 (そんぽう)

村落に機能した法規制のことで,学問上の用語。

水稲耕作を基本とする日本の村落では,水利慣行や山川藪沢の利用などから慣習的な法規制が古代より成立していた。中世になると畿内およびその周辺地域の村落では,荘園名田(みようでん)=名主(みようしゆ)体制が弛緩して小農民の広範な成長がみられるようになるが,この時期に村落の乙名(おとな)層の自立団結が進み,いわゆる(そう)が形成される。惣は構成員による全体会議(惣寄合(そうよりあい))で守るべき規則(惣掟(そうおきて),惣置文(そうおきぶみ)などという)を決定した。これが中世の村法にあたる。その規則は,初めは国家または荘園領主に帰属する検断権(違法者を追捕(ついぶ)し処罰する権限)に抵触しない軽いものに限られており,規則違反者に対する罰則も,惣寄合への出席停止(のちの村八分(むらはちぶ)に相当)や罰金刑に限られていた。やがて惣の団結が強固になると所払(ところばらい)(村落からの追放刑)や生害(しようがい)(死刑)を含むものまであらわれた。戦国大名の村落支配が確立するようになると惣の団結は大きく後退し,惣掟も村落の祭祀や,用水山林利用など農耕秩序の維持に必要な条項に限られるようになり,近世の村法に移行する。
執筆者:

村極(むらぎめ),議定(ぎじよう),村掟などともいう。近世に入ると,村民集会による村の意思決定は,領主により徒党として禁止されるようになるので,集会規定が消滅してくる。山林や用水の利用規定は近世に入ってももちろん見られるが,この場合には村内部の掟のほかに村と村との規定も多く出現する。近世の村法は,初期には山林・用水利用など当面の具体的問題についての簡単な規定が多いが,時代とともに村の社会的秩序,ことに博奕,盗人,火の番などの規定や,年貢納入期限の厳守,風俗取締,倹約などを規定したものが多くなり,領主の定めた五人組帳の前書と大同小異のものも少なからず出現してくる。これは領主法の村民への浸透の結果と理解される。武蔵国多摩郡小川村(現,東京都小平市)の村民は,〈相定申村中連判手形之事〉〈相定申村相談之事〉〈村中連判帳〉〈村中申合連判帳〉〈議定一札之事〉等の表題をもつさまざまな村法を時に応じて作成してきたが,その内容は個別的なものと包括的なものとに分けられる。1720年(享保5)の〈相定申村相談之事〉は,山林芝地等にみだりに入り込み,勝手に草木を苅り取り伐り取る者に対する処罰規定である。また59年(宝暦9)の〈一札之事〉は博奕禁止規定で,これには五人組帳前書の趣旨が貫徹している。これらの個別規定に対し,1715年(正徳5)の〈相定申村中連判手形之事〉や68年(明和5)の〈村中連判帳〉は,ともに10ヵ条を越す包括規定で,いずれも公儀の法度を重んずべきことが強調され,その上で村のもつ各種の問題につき規定している。
執筆者:

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「村法」の意味・わかりやすい解説

村法
そんぽう

戦国時代以後江戸時代における村落の自治法,ことに自治立法。この自治立法を村極 (むらぎめ) ,村定 (むらさだめ) ,村掟 (むらおきて) ,村中申合,村議定などと呼んだ。室町時代末期の惣中 (そうちゅう) 定,地下 (じげ) 掟などに起源をもつが,江戸時代ではかなり形式化して,幕府大名旗本の黙認のもとに成立したものと思われ,各村の村民の寄合いで議定された協約立法である。その内容は村民生活の各般にわたっているが,入会,用水などの慣行を成文化したり,これを破った者,村内でばくちをした者やその場所を提供した者,田畑の作物などを盗んだ者などに対する制裁規定を有するものが多く,過料を科する旨定めたものが少くない。

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世界大百科事典(旧版)内の村法の言及

【近江国】より


[土一揆と馬借]
 鎌倉中期以来,農村では農民の自治的結合としての惣(村)が形成された。近江の農村はとくに先進的であり,すでに1262年(弘長2)現存最古の村掟(村法)が蒲生郡奥島荘で制定されている。村掟は惣村の規約であり,違反者に対する制裁をも規定しており,惣村自治の発達を示すものである。…

【中世社会】より

…【網野 善彦】
〔社会的諸集団〕
日本中世社会は,それに先立つ古代社会,あとにつづく近世社会とくらべて,統一的な制度の枠組みが明瞭なかたちで存在せず,多元性,分裂性がその大きな特徴とされている。 中世社会の法的構造においても,王朝国家の公家法,武家政権の幕府法,荘園領主の本所法など公的法のみならず,僧侶集団の寺院法,の掟たる家法,さらには村落集団の村法など,多数の私的集団の法が分立併存し,また重層的に存在していた。そして,これら私的集団の多数の法は成文化されず,その多くは先例,傍例,習(ならい),大法(たいほう)などとよばれた慣習法よりなっていた。…

【盗み】より

…屋敷の絶対的な不可侵性に対して,耕地や山は皆のものとする共有の観念の伝統がその底にあるものと思われる。しかし,野外の作物や草木を取ることも犯罪であるとする観念はしだいに強まり,中世後期の惣掟や近世の村法にはそれら盗みに対する処罰規定が多くなった。村八分はじめ,一定期間赤頭巾を被せる方法など,さまざまな罰が加えられた。…

【村】より

…16世紀に勃発するドイツ農民戦争の背景も,あるいはスイスに今も残る村落自治の伝統も,この事情を無視しては考えられない。
[村法と自治]
 このように,歴史的に積み重ねられた〈むら〉のしきたりや掟,あるいは荘園領主との関係で取り決められた農民の権利や義務は,12~13世紀以降,16世紀にかけて,〈ワイストゥーム(村方判告録または村法)〉と呼ばれる記録史料の形で各地に現れ,その多くが雑多な要素を含みながら今に残存しているため,この史料を通じてかなり具体的に〈むら〉の運営や法意識をうかがうことが可能である。しかしそこには,開放耕区における耕作や放牧についての諸規制のほかに,領主側の意図が色濃く含まれているものが多いため,この史料をもって,直ちにゲルマン古来の自由農民の自治的・共同体的性格を立証する法源とみなすのは,明らかに誤りである。…

※「村法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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