〘自カ変〙 く 〘自カ変〙
[一]
① こちらに向かって近づく。また、ある場所、ある時期に向かってそこに至る。
(イ) 空間的に近づく。
※古事記(712)中・歌謡「苛(いら)なけく そこに思ひ出 愛(かな)しけく ここに思ひ出 い伐(き)らずそ久流(クル) 梓弓檀(まゆみ)」
※俳諧・猿蓑(1691)一「あれ聞けと時雨来る夜の鐘の声〈
其角〉」
(ロ) 時間的に近づく。
※
万葉(8C後)一五・三七〇一「竹敷
(たかしき)の黄葉
(もみち)を見れば吾妹子
(わぎもこ)が待たむといひし時そ伎
(キ)にける」
② (目的地を主にしたいい方で) そちらへ行く。
※万葉(8C後)一五・三五八九「夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてそ吾が久流(クル)妹が目を欲(ほ)り」
③ 心がある人に向く。慕う
気持が起こる。ござる。きたる。古くは女が男に、後には男が女にほれる場合をもいう。
※評判記・色道大鏡(1678)一「くる。是もほれらるる心也」
④ 古くなる。いたんでいる。
※
洒落本・通言総籬(1787)一「そで口のちときた、うらゑりの小そで」
※洒落本・公大無多言(1781)「そりゃあそふとだいぶはらが減(キ)たぜ」
⑥ (「…と来ている」の形で) ある状態である。…といった状態である。
※
咄本・鹿の子餠(1772)野等息子「いがみの権
(ごん)と来
(キ)て居る息子」
⑦ (「…と来る」の形で) ある物をとりあげていう。
※洒落本・
辰巳之園(1770)「
豊岡が拳ときては、凄ひもんだ」
※雁(1911‐13)〈
森鴎外〉四「一人もののおまはりさんと来
(キ)た日には」
⑧ こちらに向かって言いかける。
※内地雑居未来之夢(1886)〈坪内逍遙〉九「理窟詰に来(コ)られる時には、此方一言もない訳ですから」
※女難(1903)〈
国木田独歩〉四「貴様
(あなた)の行くところなら例
(たと)ひ火の中、水の底と来
(キ)まサア!」
⑨ (「…から来る」の形で) あることが原因となって現われる。
※
吾輩は猫である(1905‐06)〈
夏目漱石〉二「それが全く文学熱から来たので」
⑩ ある物や状態が、その人や、その人に関係の深いものに自然に生じる。「がたが来る」
※蔵の中(1918‐19)〈
宇野浩二〉「蒲団なんぞ万一黴
(かび)なぞが来ると困るしね」
※坑夫(1908)〈夏目漱石〉「柔かい頭へ此のわる笑いがじんと来たんだから、切なかった」
① 動詞の連用形に付いて、ある動作や状態が以前から今までずっと続いていることを表わす。ずっと…する。
※書紀(720)神功皇后摂政一三年二月・歌謡「神寿(かむほ)き 寿き狂ほし 奉り虚(コ)し 御酒そ 残(あ)さず飲(を)せ ささ」
※
源氏(1001‐14頃)
帚木「うきふしを心ひとつにかぞへきてこや君が手をわかるべき折」
② 動詞の連用形に「て」を添えた形に付いて、あることをして、戻る意を表わす。
※枕(10C終)八二「さらば、そのありつる御文を賜はりてこ」
※咄本・無事志有意(1798)そそか「大きにくたびれた。湯へはいってこよふ」
③ 動詞の連用形または、それに「て」を添えた形に付いて、だんだんとそうなる、また、ある状態にはいり始める意を表わす。
※万葉(8C後)一四・三四五三「風の音の遠き吾妹(わぎも)が着せし衣(きぬ)手元のくだりまよひ伎(キ)にけり」
※洒落本・妓者呼子鳥(1777)三「いっそ、もふ目がとろとろしてきやしたよ」
[語誌](1)命令形は古くは「よ」を伴わないで「こ」だけで用いられた。平安時代には「こよ」も見られるが、「こ」だけの方が優勢である。「こい」が用いられるようになるのは室町時代頃か。
(2)過去の
助動詞「き」へ続く場合は変則で、
終止形「き」には続かない。
連体形の「し」、已然形の「しか」には
未然形「こ」、連用形「き」の両方とも続くが「こ」から続く方が優勢である。「かた時のあひだとて、かの国よりまうでこしかども〔竹取〕」「みやこ出でて君にあはんとこしものをこしかひもなくわかれぬるかな〔土左‐承平四年一二月二六日〕」など。
(3)江戸時代以降、未然形に「き」の形が現われることがまれにある。「ゑりわざ尋ねて来
(キ)られた者を〔
滑稽本・田舎草紙‐四〕」「顔を洗ふ湯も汲んできなければならない〔橇〈
黒島伝治〉三〕」など。