松山 崇(読み)マツヤマ タカシ

20世紀日本人名事典 「松山 崇」の解説

松山 崇
マツヤマ タカシ

昭和期の映画・舞台美術家



生年
明治41(1908)年9月22日

没年
昭和52(1977)年7月14日

出生地
兵庫県神戸市

学歴〔年〕
文化学院〔昭和7年〕卒

主な受賞名〔年〕
毎日映画コンクール美術賞(昭22 24年度)「今ひとたびの」「野良犬」,日本映画技術賞(昭29年度)「七人の侍」

経歴
昭和6年長岡輝子らのテアトル・コメディ結成に参加、舞台装置を担当。7年日活京都撮影所に入り、日活多摩川撮影所、東宝を経て、26年フリーとなった。リアリズム美術の追求に優れ、田坂具隆、黒沢明監督らのために製作した一連のセットは有名で、劇団民芸の「るつぼ」など舞台美術にも名品を残した。戦前の代表作には12年の「真実一路」、13年の「路傍の石」「綴方教室」、15年の「支那の夜」、17年「ハワイ・マレー沖海戦」などがあり、戦後は「今ひとたびの」「酔いどれ天使」「野良犬」「羅生門」「七人の侍」「太平洋ひとりぼっち」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「松山 崇」の解説

松山 崇 (まつやま たかし)

生年月日:1908年9月22日
昭和時代の映画・舞台美術家
1977年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

青天の霹靂

《陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意》急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。[補説]「晴天の霹靂」と書くのは誤り。[類語]突発的・発作的・反射的・突然・ひょっこり・...

青天の霹靂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android