栄華(花)物語(読み)えいがものがたり

改訂新版 世界大百科事典 「栄華(花)物語」の意味・わかりやすい解説

栄華(花)物語 (えいがものがたり)

宇多天皇から堀河天皇寛治6年(1092)にいたる15代およそ200年間の宮廷貴族の歴史を,仮名文を用いて編年体物語ふうに記した歴史物語。古写本では《栄花物語》と書く。40巻(異本30巻)。藤原道長の栄華を主としているところから書名がつけられ,また世代継承の物語でもあるから,《大鏡》とともに別名を《世継》または《世継物語》ともいう。《源氏物語》にならい毎巻巻名がつけられており,巻三十〈鶴の林〉までを正編,巻三十一〈殿上の花見〉以下10巻を続編とし,続編は正編の作者とは別人によって書き継がれていったものと考えられる。伝承された作者の中では赤染衛門が道長の室倫子(りんし)に仕えて宮廷貴族の事情に通じていたこと,晩年出家して僧尼とも親交のあったことなど,経歴・年齢・才能からみて有力であるが,史料を多く用いて書く歴史物語の性質上,作者というよりむしろ正編の編者と見るべきである。続編の編者は未詳であるが,宮廷に仕えた女房階級の中に求められるであろう。正編の成立は道長没後の後一条天皇長元年間(1028-37)と推定され,これに続編が書き足されて,完成したのは1092年2月を去ること遠からぬころであろう。

 《栄華物語》の特色は宮廷貴族生活の明暗を,物語文学の手法に従って個人心理の面にまで立ち入って,会話や和歌などを交えて書き,総体的に女性的観点に立って叙述した点にあり,道長の一生をその栄華の有様を主として写し,外戚としての幸福,法成寺造営および供養描写にはとくに力を注ぎ,晩年,子女の死にあって悲嘆するさまと自己の死にまでおよんでいる。その意味では道長物語であるが,これを宮廷貴族層の公私にわたる歴史の中で描き,二元的構成になっている(以上正編)。続編は道長の死後関白頼通から師実・師通などの時代におよび,宮廷の風俗史を描いて服飾美の記述も多いが,正編に比べ物語的造形が不足している。正・続編を通じ根底はあくまで史実であるが,歴史を物語ふうに記述したことや,道長賛美のためなどで,史実の書換えも多く,年紀の誤りや朧化(ろうか)も見られる。《栄華物語》という書名にもかかわらず,もののけ・疾病・死・災害など人生の暗面・否定面を描くことも少なからずあり,編者の抱懐する人生観が詠嘆的なものとして表現されている。伝本には,40巻本に梅沢本(梅沢記念館蔵,三条西家旧蔵本,17冊,国宝,鎌倉中期ころ写)・宮内庁書陵部蔵桂宮本・陽明文庫本(以上古本系統),西本願寺本(15冊,重文,伝近衛政家以下寄合書)・飛鳥井雅章筆本(以上流布本系統)などがあり,30巻本(異本系統)に富岡家旧蔵本がある。刊本には古活字本・明暦2年整板本・絵入9巻抄出本があり,注釈書には佐野久成《栄花物語標注》(1891),和田英松・佐藤球共著《栄華物語詳解》(1907),松村博司《栄花物語全注釈》(1969-81)がある。
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世界大百科事典(旧版)内の栄華(花)物語の言及

【駒競行幸絵巻】より

…《栄華物語》こまくらべの巻に記される1024年(万寿1)9月藤原頼通邸高陽院(かやいん)での駒競べの盛儀を描いた絵巻。14世紀初めころの制作で,王朝の風雅をしのぶ鎌倉時代貴族の回顧趣味を背景に生まれた絵巻の一つ。…

【細男】より

…声納,青農,精農などとも記し,〈さいのお〉〈くわしお〉などとも読む。大社寺の祭礼に巫(みこ),師子舞,田楽(でんがく),王の舞,十烈(とおつら),猿楽などとともに出た芸能で,《栄華物語》巻二十四に,〈御霊会の細男の手拭して顔隠したる心地するに〉とあるように,その芸態は,烏帽子姿の者が白布で顔を隠し,胸につけた鼓を打つ。平安時代末の姿を伝える《年中行事絵巻》の祇園御霊会の図中に,馬乗姿が描かれている。…

【田楽】より


[田植を囃す楽]
 稲作の諸工程のうち,田植に囃しや歌を奏するのは日本固有の儀礼ではなく,広く照葉樹林文化圏の特色であったらしい。《類聚国史》貞観8年(866)閏3月1日条の清和天皇行幸の記事に〈覧耕田,農夫田婦雑楽皆作〉とあるのや,《栄華物語》御裳着(みもぎ)巻に1023年(治安3)5月のこととして見える情景がそれである。藤原道長が土御門殿で大宮藤原彰子のために催したこのおりの田植では,〈でむがく〉と呼ぶ腰太鼓,鼓,笛,すりささらなどで囃し,田植歌がうたわれている。…

※「栄華(花)物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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