格物致知(読み)かくぶつちち(英語表記)gé wù zhì zhī

精選版 日本国語大辞典 「格物致知」の意味・読み・例文・類語

かくぶつ‐ちち【格物致知】

〘名〙 (「大学」の「致知在物」から) 理想的な政治をするための第一と第二段階。知を完成するには、物の理をきわめつくさねばならないこと。「致知」とは、朱子によれば、自分知識極限にまで推し広めること。王陽明によれば、自然な心情、本来的な心のはたらきを徹底的に発現させること。格致。
※徂来先生答問書(1725)上「格物致知(カクブツチチ)申事を宋儒見誤り候てより、風雲雷雨の沙汰一草一木の理までをきはめ候を学問と存候

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デジタル大辞泉 「格物致知」の意味・読み・例文・類語

かくぶつ‐ちち【格物致知】

物の道理を窮め、知的判断力を高める意で、理想的な政治を行うための基本的条件、モットー
[補説]「礼記大学の「致知在格物」の意味を、朱子は「知を致すは物に格(至)るに在り」と事物の理に至ることと解し、王陽明は「知を致すは物を格(正)すに在り」と心の不正を去ることと解した。

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改訂新版 世界大百科事典 「格物致知」の意味・わかりやすい解説

格物致知 (かくぶつちち)
gé wù zhì zhī

中国思想史の用語。事物の道理を追究すること。窮理(きゆうり)ともいう。窮理はもと《易》説卦(せつか)伝に〈理を窮(きわ)め性を尽くし以て命に至る〉とあるのに由来する。格物致知は《大学》の語。しかし,これらの語が注目され,思想史の表舞台に登場するのは宋代に入ってからである。程頤(ていい)(伊川)は窮理と格物を結びつけ,一事一物の理を窮めてゆけば,やがて〈脱然貫通〉するに至ると述べた。彼を継承した南宋の朱熹(しゆき)は,《大学》にはほんらい格物致知の解説があったはずだと考え,自己の意をもって《格物補伝》を補った。彼によれば,格は〈至る〉,物は〈事〉と同義,致知は,既知の知識を土台にして窮極のところまで推し窮めてゆくこと,とされる。そして彼は,この格物窮理を居敬(心の修養)とセットにし,完全な人格(聖人)に至るための方法論として確立した。近年,自然学の諸分野(宇宙論,天文学,気象学,化学,地理・地図学,生物学)における彼の卓越した見解が再評価されつつあるが,これも彼自身の格物の成果である。のちに,博物学は格致と呼ばれるようになり(清代に《格致鏡原》という本が編まれている),19世紀後半,欧米の科学技術が中国に入ってきたとき,科学にもまた格致や格物という語があてられ,軍艦や鉄砲などの生産技術は伎芸や製造と呼ばれた。また,アメリカのW.A.P.マーティンは,丁韙良(ていいりよう)という中国名で自然科学の概説書《格物入門》(1868)をあらわしたし,中国における最初の理科専門学校の名は格致書院(1875創設)であった。日本では格物・格致より窮理の語が用いられたようである(帆足万里窮理通》など)。

 しかしながら,朱子学における格物窮理を今日風の科学的思考とみなすのは早計である。そこでは,格物は聖人に至るための手段であり,格物それ自体が目的なのではない。しかも物は事(人倫関係)に置き換えられており,倫理的性格が濃厚である。また,窮理の対象は主として経書であって(そこには聖人によってすでに窮められた理が蔵せられているとする),かならずしも事物との直接的な対決が求められているわけではない。さらに,一事一物の窮理を積み重ねてゆくと,突如豁然(かつぜん)貫通(一種のさとり)の瞬間が訪れるという。つまり,科学的認識と宗教的体験が分けられていないのである。また,外物の理を認識しうるのは心の中に同じ理が備わっているからだという前提があるから,格物は同時に心の凝視となる(この内面化の道を徹底させたのが明の王陽明である)。要するに,主観と客観が分化されていない。このような認識論は近代的思惟から見ればいちじるしく奇異に映るが,しかしここに安易な価値判断をもちこむべきではない。それは,ヨーロッパ的知性に対する,もうひとつの知のあり方なのである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「格物致知」の意味・わかりやすい解説

格物致知
かくぶつちち

中国哲学の用語。『大学』に、学問(儒学)の規模を、格物、致知、誠意、正心、修身斉家(せいか)、治国、平天下の8段階(朱熹(しゅき)のいう八条目)に整理して示した。その最初の2項目である。この語の解釈には諸説があり、とくに宋(そう)代以後『大学』が四書の一つとして重視されるにつれて、儒学者の間で多くの異説を生じた。それらのうちもっとも重要なのは宋の朱熹(朱子)と明(みん)の王守仁(しゅじん)(陽明)の説である。朱熹は程頤(ていい)の説を継承し、格は至る、物は事物、致は推し極める、知は知識の意であるとし、格物とは、事物に至る、つまり事物にはそれぞれその事物の理があるので、一事一物の理を十分に窮め知ること、致知とは、知識を推し極める、あらゆる事物の理を知り尽くすことであるとした。したがって格物致知は彼の説いた「窮理」と同じことになる。

 王守仁はこの解釈に反対し、格は正す、物は意の所在(意志の対象つまり行為)、知は良知(是非(ぜひ)善悪を判別できる先天的な知力)をいうとし、格物とは、意の所在を正しくする、つまり正しい行為をすること、致知は、彼の説く「致良知(ちりょうち)」と同じで、良知の判断を行為のなかに実現する(良知が是と判断したことはそのとおりに行い、非としたことは行わない)ことであるとした。この解釈によれば、致知の結果がすなわち格物ということになる。この格物致知の解釈の相違は、知的理解を重視する朱子学と、実践を重んずる陽明学の性格の相違を端的に示すものである。

[湯川敬弘]

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四字熟語を知る辞典 「格物致知」の解説

格物致知

物の道理をきわめて学問・知識を習得すること。

[使用例] この思想は江戸期の官学である朱子学のように物事に客観的態度をとり、ときに主観をもあわせつつ物事を合理的に格物致知してゆこうという立場のものではない[司馬遼太郎*殉死|1967]

[解説] 理想的な政治をするための「大学」の八条目(格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下)の第一と第二の段階。政治の最終目的は治国平天下にありますが、これを実現するためにはまず家をととのえ身を修めねばならず、身を修めるためには、心を正しく意を誠にしなければなりません。この正心誠意は「格物致知」によって得られるとされます。「知を致すは物にいたるに在り」の意味です。これは朱子学の解釈で、陽明学では「格」を「ただす」と解し、対象に向かう心の動きを正しくして、それを極限にまで働かせる意と解しました。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「格物致知」の意味・わかりやすい解説

格物致知
かくぶつちち
ge-wu zhi-zhi

大学』の八条目中の二。『大学』は『礼記』の一編であるが,そこに説かれている三綱領・八条目は,儒家の学問のプログラムとして,特に宋代以後道学の儒者に重んじられた。格物と致知はその学問のプログラムの最初に位置する。道学の集大成者である朱子は,格物を物の理をきわめ尽すこと,致知をおのれの知をおしきわめることと解して,さらに両者を表裏一体のものとした。この解釈は彼の理の主張の端的な表明といえるもので,それゆえ王陽明などのちの朱子批判者は,この格物,致知についても朱子の説を退け,独自の解釈を施すことになる。

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世界大百科事典(旧版)内の格物致知の言及

【朱子学】より

…(6)認識論 事物に宿る理を追求すること。〈窮理〉または〈格物致知〉という。しかし,ヨーロッパ的な認識論とは異なり,一事一物の窮理を積み重ねてゆくと,突如〈豁然貫通(かつぜんかんつう)〉(一種のさとり)が訪れるという。…

※「格物致知」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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