桂御厨(読み)かつらののみくりや

日本歴史地名大系 「桂御厨」の解説

桂御厨
かつらののみくりや

[現在地名]西京区桂付近

朝廷に鮎等の川魚を貢進した御厨。特定の土地というより供御人のような人身的支配に基づくものである。

平安初期の成立とされる「西宮記」紙背文書に、葛野かどの(桂川)供御所が「鵜飼鯉鮎夏鮎冬鮒」と記され、桂川の鵜飼漁法は平安前期にさかのぼる。永承三年(一〇四八)関白藤原頼通の高野詣にも「桂鵜飼廿艘」が供奉(宇治関白高野山御参詣記)賀茂詣にも「桂贄人」が従っている。桂御厨の名は治暦四年(一〇六八)七月四日の御厨子所符に「桂御厨鵜飼等不可従使庁役事」とあり、山城の河川のすべてと丹波・近江にわたる範囲を飼場とし、自由通行が許されていたと考えられる。

贄人は一二世紀以降桂供御人とよばれ、鎌倉期に入って建保三年(一二一五)、桂供御人等は蔵人所牒をもって朝廷から丹波宇津荘(現北桑田郡京北町)の飼場を認められている(大谷仁兵衛氏所蔵文書)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「桂御厨」の意味・わかりやすい解説

桂御厨
かつらのみくりや

京都市西京区桂付近を拠点とした鵜飼(うかい)によって構成されていた御厨。特定の領域をさすというよりも、人身的に支配された鵜飼が川魚を朝廷に貢進することによって成立していた。桂御厨という名称は、1336年(延元1・建武3)と推定されている古文書のなかに「治暦(じりゃく)四年七月四日、桂御厨鵜飼等使庁の役に従うべからざるの事」とあるのが早い例であろう。ここは平安京遷都以後の設置と推定され、山科(やましな)家旧蔵文書によれば、葛野河(かどのがわ)(桂川)供御所(くごしょ)が夏は鮎(あゆ)を、冬は鮒(ふな)を貢進していた。鵜飼による漁法は鎌倉時代にも行われていたが、殺生禁断による規制や寺社の飼場独占などの動向で衰退し、南北朝期以後、御厨とともにほとんど消滅したらしい。

[川島茂裕]

『可兒弘明著『鵜飼』(中公新書)』

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百科事典マイペディア 「桂御厨」の意味・わかりやすい解説

桂御厨【かつらのみくりや】

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