検察制度(読み)けんさつせいど

改訂新版 世界大百科事典 「検察制度」の意味・わかりやすい解説

検察制度 (けんさつせいど)

検察官は,刑事事件につき公訴を行うことを主たる任務とする国家機関であるが,これが制度的に確立されたのは,裁判の長い歴史に比較すればそれほど古いことではない。裁判において裁判官が必要不可欠の存在であるのに対し,訴追者としての検察官は必然的なものとはいえず,近代以前の刑事裁判では,裁判官が訴追者と判断者とを兼ね,事件は〈不告不理の原則〉によることなく裁判所の職権で開始されるのが通例であった。刑事事件で国家機関が原告として関与するようになったのは,13世紀フランスの〈国王の代官procureur du roi〉の制度からであるといわれる。国王の代官は,一般の告発を受け,裁判所に事件の審理を求めるとともに,罰金の徴収,財産の没収などの事務を行ったのであり,検察制度の萌芽といえるものである。もっとも,この時代には〈不告不理の原則〉は生成されておらず,〈国王の代官〉による訴追を待つことなく刑事手続が開始されることもあった。フランス革命後は,一時,イギリスの起訴陪審陪審)の制度が導入されたが,実効があがらず,1801年には〈共和国の代官procureur de la république〉が置かれるに至った。これが公共の利益のために捜査を行い,公訴を提起することを主たる任務とする近代的検察制度の嚆矢(こうし)である。

 フランスで生まれた検察制度は,各国に継受され,プロイセン(1846-52),ロシア(1867),日本(1872),帝政ドイツ(1877)などが漸次これを導入していった。その過程で,各国の歴史的状況や国家権力構成原理の違い,司法の地位,裁判所や警察との関係などに応じ,検察制度の中にさまざまな差異が生まれた。これを類型化すれば,次のようになろう。(1)当事者型(アメリカ型) 権力分立が典型的に実現しており,司法の地位が高く,検察官は司法権の発動を求める官庁であるが,連邦の検察制度はともかく,州の検察制度は--検察官の公選制をとる例も多く--地方分権性が強い。(2)裁判所との協働型(ドイツ型) 検察官は,刑事訴追を主たる任務とする官庁であるが,単なる訴追者ではなく,裁判所と協働して真実究明義務を負う機関であり,裁判官とともに司法大臣の司法行政監督下にある。(3)裁判監視型(フランス型) 行政優位の国家機構下で形成されたもので,検察官は,裁判の審理および執行を監視し,刑事事件のみならず民事事件,行政事件にも公的利益の代弁者として関与する。

 なお,私人訴追の伝統を持つイギリスには最近まで検察制度はなかったが,1985年に公訴官の制度が創設された。警察による訴追が依然として中心であるが,徐々に公訴官の権限が拡大される方向にある。

日本が近代的検察制度を導入したのは,フランス法継受期の1872年(明治5)である。同年に太政官が発布した司法職務定制により,検察官にあたるものとして検事が置かれ,刑事裁判の請求および立会いに従事するものとされた。当初は,検事が公訴権を独占しておらず,裁判所が職権で審理を開始する場合も認められていたが,数次の司法職務定制改正や検察制度の理解の深化に伴い,不告不理の原則が確立され,検事が刑事訴追を行う専門機関として認知されていく。1890年には裁判所構成法が制定され,戦後に至るまで(1947廃止),裁判,検察制度の基本法としてその機能を果たしてきた。同法によれば,検事局が各裁判所に付置され,検事局に相応数の検事を置くものとされるが,検事は裁判所に対し独立であって,一人一人独任制の官庁として,刑事事件について,公訴を提起し,必要な手続を行い,法律の正当な適用を請求し,判決の執行を監督し,民事事件についても,必要なときは通知を求め,意見を述べる権限,その他公益の代表者として法律上その職権に属する監督権限を持つものとされ,この時点で現在の検察制度の性格がほぼ確立された。

 戦後,日本国憲法の制定に伴い,司法と行政との分離がより徹底され,司法大臣の監督下にあった裁判所が三権の一翼として独立し,検察と裁判が分離された。裁判所構成法に代えて裁判所法(1947公布)および検察庁法(1947公布)が制定され,検察庁法が現在の検察制度の基本法となるのである。

検察庁法によると,検察官は,検事総長次長検事検事長,検事および副検事の総称である。検察官の行う事務を統括する官署が検察庁であり,裁判所の組織・配置に対応して,最高検察庁,高等検察庁(東京,大阪,名古屋,札幌,仙台,広島,高松,福岡),地方検察庁(都道府県庁所在地のほか旭川,釧路,函館の50庁),区検察庁(438庁)が置かれている(2008年4月現在)。

 検察官はいずれかの検察庁に属する。最高検察庁,高等検察庁および地方検察庁の長としてその庁務を掌理するのは,それぞれ検事総長,検事長,検事正である(検事正は官名ではなく,検事がこれにあてられる)。検察官の任命資格は,検事については,原則として司法修習生の修習を終えた者であるが,副検事については,一定の公務員の経歴があり,かつ副検事選考審査会の選考を経た者にも,その資格が認められている。副検事は,区検察庁の検察官の職のみに補される。検事総長,次長検事,検事長に任命され,または検事正の職に補されるには,原則として8年以上検事の職務についていたことが必要である。なお,検察庁には,検察官のほか,検察事務官,検察技官その他の職員が配置されており,職員総数は,現在,検察官(約2500名)を含めて約1万1500名である。

 検察官の職務権限は,刑事について,公訴を行い,裁判所に法の正当な適用を請求し,裁判の執行を監督すること,裁判所の権限に属するその他の事項について職務上必要と認めるときは裁判所に通知を求めまたは意見を述べること,公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行うことである。そのほか検察官はいかなる犯罪についても捜査をすることができる。

 検察官は,行政官であり,憲法(33条,35条2項)にいう〈司法官憲〉ではないが,その職務権限はこのように司法権の行使に密着しており,いわゆる法曹三者の一翼を形成する法律家でもある。検察権を行使するのは,一人一人の検察官であって,検察庁ではない。それぞれの検察官が,国家機関として国家意思を決定し,これを外部に表示する権限を持つ独任制の官庁である(検察庁は,複数の官庁--検察官--が複数の補助者すなわち検察事務官・検察技官をそれぞれ指揮して国家意思を顕現する際の事務総括の役割を果たす)。もっとも,検察官が独立に職権を行使するとはいえ,やはり行政官として,上命下服の関係に立ち,各検察庁の所属長および上席検察官の指揮監督に服さなければならない。これは,検察が全国的に統一的・階層的な組織をなし,検察事務および検察行政事務について,つねに一体的な活動が要求されるからであり,このような組織原理を〈検察官同一体の原則〉という。同原則の具体的職務関係としては,上記の指揮監督のほか各検察庁の長が自己の指揮監督下の検察官事務の引き取りや他の検察官に移転する権限を挙げることができる。

 検察官の職務の独立性に関して,より困難な問題を提供するのは,行政権の主体である内閣との関係である。検察事務を所管する法務省の長である法務大臣は,行政組織法の原則からすれば,検察権の行使も完全に統制することができるはずである。しかし,議院内閣制の下では,政党政治に直接関与している国会議員が法務大臣に就任するのが通例であり,検察権の行使ひいては司法の運営が,時の政治勢力の影響を直接受けることになりかねない。そこで,検察庁法は,検察事務に関する法務大臣の指揮監督権に一定の制限を加えた。同法14条は,検察事務を所管する法務省の長である法務大臣に,検察事務に関し,検察官に対する一般的指揮監督権を認めつつも,個々の事件の取調べまたは処分については,検事総長のみを指揮することができると定める。これは,検事総長に適切な人物を得れば,個々の検察権に対する不当な政治的圧力を排除しうるであろうとの趣旨である。法務大臣が検事総長に対し具体的事件について指揮しうる権限を一般に〈指揮権〉といい,この権限の行使を〈指揮権発動〉という。いわゆる指揮権発動には,処分請訓規程(1948年の訓令)に定めるとくに重要な事件についての請訓に対してなされるもの,国会議員の逮捕など将来政治問題化するおそれのある事件の報告に際してなされるものなどがある。なお,請訓に対し法務大臣がこれを否決した事例に1954年の造船汚職事件があり,その是非をめぐって激しい議論が交わされた。

 検察権の行使が政治的圧力等によって影響されることがないように,検察官には強い身分保障が認められている。すなわち,検察官は,懲戒処分,定年による退官,検察官適格審査会の議決による罷免および剰員の場合の俸給の半額支給などの場合を除いて,その意思に反して,その官を失い職務を停止され,または俸給を減額されることはない。通常の行政官とは異なった取扱いを受け,むしろ裁判官の場合に類似するのである。

 検察官は,犯罪の捜査から裁判の執行まで,刑事手続の全段階で,これに関与する。その中心は,公訴権の行使,すなわち,公訴提起の可否および当否を判断し,公訴を提起したときにはこれを維持,遂行することである。日本は,国家訴追主義,起訴独占主義を採っており,加えて起訴便宜主義に立っているため,刑事司法における検察官の役割がきわめて大きい。綿密な捜査に基づく慎重かつ統一的な起訴・不起訴の判断,起訴猶予処分にみられる特別予防的配慮(〈司法前処理〉の項参照)が,日本の検察を特徴づけるものであり,起訴された事件の有罪率がきわめて高いことからも,諸外国に比較して検察の比重が高いことがうかがわれる。これに対しては,検察官が裁判前に一応の司法処理を行ってしまうに等しく,公判が形骸化すること,捜査の対象となる被疑者に重い負担がかかることなどから,日本の検察の起訴便宜主義の運用には一考すべきものがあるとの批判がある。

 検察官は,公訴提起の前提として,いかなる犯罪についても捜査することができる。捜査機関としては,別に,警察官その他の司法警察職員があり,専門的かつ第一次的に捜査に従事している。昭和30年代には,検察官は公訴の提起および維持に専念すべきであり,捜査はもっぱら司法警察職員が行うべきであるとする検察官公判専従論も主張されたが,深い法律知識を要する財政経済事件や政治的影響の大きい汚職事件などでは,法律家でありかつ政治的中立性の高い検察官による捜査が必要かつ適切であることを主たる理由に,制度化されるに至らなかった。実際には,検察が直接捜査に従事するのは,おもにこれらの事件であって,その他の事件では,いわば第二次的な担当者であるにすぎない。そのため,検察と警察は,捜査に関して,互いに協力すべき関係にある(刑事訴訟法192条)。しかし,一方で,検察官は,司法警察職員に対し,準則の形で一般的指示をし,捜査協力のために必要な一般的指揮をし,みずから捜査する場合において必要があるときは具体的指揮をすることができる(193条)。検察と警察は,指示,指揮権限に裏打ちされた相互協力関係にある。実際に,警察限りの微罪処分に付すべき犯罪は,検事正の指示によっている(246条)。

 検察官は,公訴の提起,維持および犯罪の捜査のほか,刑事事件の確定判決を執行する権限をも有する。すなわち,裁判の執行は,その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官がこれを指揮するのが原則である(472条)。確定判決に誤りがあることを発見したときは,検察官は,再審を請求し,または非常上告をすることができる(非常上告をすることができるのは,検事総長に限られる。439条,454条)。これらのほかに,検察官は,公益の代表者として,人事訴訟事件などに関与することがある。
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