椹野荘(読み)ふしののしょう

改訂新版 世界大百科事典 「椹野荘」の意味・わかりやすい解説

椹野荘 (ふしののしょう)

周防国吉敷郡(現,山口県山口市の旧小郡町,山口市嘉川一帯)の荘園。8世紀中葉,東大寺に勅施入された寺田より成立する。田数91町6段余の当荘は,平安時代中期までに荒廃・顚倒したが,1196年(建久7)東大寺再建活動を進める大勧進職俊乗房重源の訴えにより,寺領として再興された。所当年貢は同年に創始された大仏殿両界供養法・最勝講の供料にあてられ,当荘は顕密供料所と称された。以後鎌倉時代を通して惣東大寺を本所とし,その領家職は重源より東南院,西室院に相承された後,ふたたび惣東大寺に帰した。南北朝時代に入り,軍勢乱入をうけ兵粮米を横奪され,また高潮洪水,大風の害をこうむり荒廃するなかで,守護大内氏に押領された。のち東大寺の訴えにより1509年(永正6)いったんは返還され,さらに同氏滅亡後,当荘を預かる小早川氏からも62年(永禄5)に返還がはかられたものの,毛利氏の治下に入り,消滅した。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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