権兵衛峠(読み)ごんべえとうげ

日本歴史地名大系 「権兵衛峠」の解説

権兵衛峠
ごんべえとうげ

木曾山脈北部きようヶ岳とこまヶ岳の間の鞍部にあたり、木曾郡(現楢川ならかわ村)と伊那(現南箕輪村飛地)の境で、標高一五二二メートル。駒ヶ岳の南、空木うつぎ岳の北に木曾義仲が越したという殿越とのごえまたは木曾殿越と称する鞍部があり、中世の伊那と木曾との峠道とも伝えられるが、険阻な高山で伝承の根拠は不詳。

正保年間(一六四四―四八)の作と伝わる信州伊奈郡之絵図(飯田市立図書館蔵)に「此道伊奈之内与地村より木曾宮ノ越五里、冬ハ牛馬無通」と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「権兵衛峠」の意味・わかりやすい解説

権兵衛峠
ごんべえとうげ

長野県南西部,木曾山脈の北部を横断する峠。標高 1522m。伊那盆地北部と木曾谷北部を結ぶ権兵衛街道の峠で,元禄9 (1696) 年に木曾谷の牛方であった古畑権兵衛が中心となって改修したことが名称の由来。伊那側から米や干し柿,木曾側から漆器や曲げ物が輸送された。中央本線開通とともに輸送路としての使命は終わり,国道 361号線となったが,自動車は通り抜けできなかった。そのため林道経ヶ岳線を国道に編入して冬季以外の交通を確保したのに続き,2006年には峠の北部を権兵衛トンネル (4470m) で抜ける新道 (権兵衛峠道路) が開通。通年通行が可能となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「権兵衛峠」の意味・わかりやすい解説

権兵衛峠
ごんべえとうげ

長野県の南西部、木曽山脈(きそさんみゃく)の北部を横断する峠。標高1523メートル。伊那盆地(いなぼんち)の米と、木曽谷の漆器や曲物(まげもの)細工などを交流するため、1696年(元禄9)に木曽谷の地元農民古畑権兵衛が中心になって改修したのでこの名がついた。現在、西の姥神トンネルと合わせて国道361号になり、通年木曽谷の国道19号(藪原~宮ノ越間)へ接続可能となった。峠からは南アルプスや乗鞍(のりくら)岳の全容が眺められ、紅葉の景観はすばらしい。峠を通る江戸時代の街道信濃路(しなのじ)自然歩道に指定されている。

[小林寛義]

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世界大百科事典(旧版)内の権兵衛峠の言及

【伊那[市]】より

…かつては製糸業の町であったが,現在は電子部品や精密機械などの工業が発展して,諏訪地方の外縁の工業地帯となっている。付近一帯は米作地で,その余り米を木曾に運ぶ時利用した権兵衛峠は眺望もよく,〈涙米とはこれ情けなや伊那や高遠の余り米〉と歌われた《伊那節》発祥の地として観光地となっている。天竜川の河床からとれるザザムシ(カワゲラなどの幼虫)や馬肉の刺身などは郷土色豊かな食物で,名物になっている。…

※「権兵衛峠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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