権利意識(読み)けんりいしき

改訂新版 世界大百科事典 「権利意識」の意味・わかりやすい解説

権利意識 (けんりいしき)

このことばは,多義的に用いられる。(1)最狭義では,ある具体的な状況において自分に社会規範(特に実定法規範)がいかなる権利を与えているかについての自覚的な認識を指す。また,より一般的に,自分に何が権利として与えられているかに対する関心,または自分の権利の実現のために必要な場合には〈権利のための闘争〉(イェーリング)をも辞さないという積極的な態度をも指す。(2)権利意識はさらに,社会秩序自体に関する次のような考え方を指すために用いられる。すなわち,社会における人と人との関係は(当事者間の約束,慣習,実定法など)ことばで多少とも明確に表現された規範(すなわち,ルール)によって規律されており,そのルールによって各人は一定の明確な権利および義務を与えられており,社会関係を規律する過程としては権利者がそのルールに基づいて相手方にしかるべき行為をとるよう公然と要求することが必要かつ正しいやり方である,という考え方である。これは〈権利・義務的な秩序観念〉と呼んでもよい。そこでは,なんぴとの利益もそれ自体として正当なものとされるのではなく,公的に妥当するルールによってその正当性を明示的に根拠づけることが必要だとされるのであり,ひいてはそのルール自体の正当性の論証も要求される。それゆえ権利の主張は,ルールに基づく要求の正当性をめぐる相互的主張(論争)を予定し,同時にその論争を導くルールの尊重,および論争をへて吟味されたルールの尊重を前提とする。

 社会の一般成員の間に十分な権利意識が広まっていることは,近代法の諸制度が有効に機能しうるための不可欠の条件である。近代法は,すみずみまで権利の概念を中心として組み立てられており,法の作動によって影響を受ける人々自身が自分の法的権利を積極的に行使することによってはじめて所期のとおり作動するように作られているから,上記の権利意識(1)が直接的に必要となる。しかし,それが社会の中に十分に広くかつ強く広まるためには,権利意識(2)の浸透によって,権利主張を積極的に意味づけられかつ日常の生活感覚に裏づけられたものとなっていることが必要である。西欧社会の歴史的な産物である近代法の構造は,西欧文化に特有の権利・義務的な秩序観念を反映しており,近代法は,社会におけるそのような秩序の存在を要請すると同時にそれを支持し強化するように働くのである。普遍主義的な権利・義務の秩序原理は,高度の分化と流動性とを基本的な特徴とする近代社会の統合のために特にすぐれた適合性を備えたものとして,西欧社会に限らず,近代社会の段階に達したあらゆる社会にとって不可欠といえる。

第2次大戦後の日本では,国民の権利意識が低いことによって実定法の有効な作用が妨げられているという主張が広く行われた。この主張は,当時,社会の根本的な民主化への努力が実定法の改革を重要な梃子(てこ)として推し進められたのに対して,一般国民が新たに法律上与えられた権利を行使してそれを実生活上のものとする目ざましい力を示さなかったという事情を背景として,直接には権利意識(1)の強化を奨励したものであるが,理論的には,権利意識(2)の欠如をも鋭くつき,法文化の問題を提起したものであった。事実,日本の法文化には,義理の観念に象徴される伝統的な秩序観念が今日もなお生きており,法と秩序のあり方を強くいろどっていることは否定できない。この観念の下では,社会関係の規律は,要求される行為や要求の根拠となるルールを明示することなく,義務者が他者の利益や心情をおもんぱかりみずからしかるべきと考える行為を進んで行うよう社会的圧力を加える,というしかたによってなされるのがよいとされ,権利の主張は,秩序を乱す行為として否定的にしか意味づけられない。したがって,要求の正当性,ひいてはその根拠となるルールの正当性を論証し公の場で吟味する機会は失われ,そのようにして吟味されたルールの尊重も生じにくい。その結果社会秩序は,個々の当事者間の事情(力関係その他)をそのまま反映した特殊主義的な性格の強いものとなる。戦後40年を経た今日では,日本人の権利意識は相当強くなったといわれることが多い。この言明が,単に自己の利益を遠慮なく主張する態度とか利害の打算で行動する傾向とかを指す場合には,それは権利意識概念の誤用にすぎない。しかし,国に対する福祉受給者,企業に対する被傭者,学校に対する生徒,医師に対する患者などが提起する新しい類型の訴訟の顕著な増大は,権利意識(1)の新たな分野および階層への拡大を示している。もっとも,このような傾向も,一面では,実定法以外に救済の道のない深刻な権利侵害が広範に生じていることの裏面でもある。他方,これらが権利・義務中心の秩序観念自体の浸透のあらわれであると見ることは,日常の社会関係を規律するルールへの一般の関心の低さから見て,困難である。いずれにしても,そのような法文化の根本的な変容は,工業化,都市化といった外的変動におのずから伴うとは考えにくい。それが生じうるとすれば,国民各人の自立的生活基盤の確立と法制度の利用可能性の増大とを背景として,国民の間に法的政治的場でのルール形成への主体的な関与の経験が蓄積された結果としてはじめて生じるものと考えられる。
法意識
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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