権限争議(読み)けんげんそうぎ

改訂新版 世界大百科事典 「権限争議」の意味・わかりやすい解説

権限争議 (けんげんそうぎ)

広義では,一般にある事項または事件について国または地方公共団体の機関相互間で生じた権限存否をめぐる紛争をいう。双方がともに自己の権限の存在を主張する場合を積極的権限争議といい,逆に,双方がともに自己の権限を否定する場合を消極的権限争議という。

 権限争議(ドイツ語でKompetenzkonflikt,フランス語でconflit d'attribution)の制度は,元来,行政裁判の制度の採用により司法裁判司法権)と行政裁判(行政権)とが分離され,その結果生じた系統の異なる司法・行政両裁判機関相互間の積極的または消極的な権限の抵触・衝突を解決するための制度として,主としてフランスおよびドイツ系諸国において発達してきた。両機関相互間の権限争議の解決方法としては,両機関には共通の上級機関が存在しないことから,特別の裁定機関・手続としての権限裁判の制度を設けたり,あるいは一方の機関に権限争議の裁定権(権限を定める権限という意味で,権限権限Kompetenz-Kompetenzと呼ぶ)を与えたり,さらには,双方に等しく(たとえば,最初に当該事項を扱った機関に)権限権限を認めることなどが考案されてきた。

 日本では,明治憲法が司法裁判と行政裁判を分離し(61条),行政裁判制度を採用していたことから,行政裁判所と通常裁判所または特別裁判所との間の権限争議を裁定するための制度として権限裁判所の設置が予定され(行政裁判法20条),かつ,その設置までの間は枢密院がそれに代わって裁定する旨規定されていた(45条)が,実際に実現されるには至らなかった。これに対して,現行憲法下では,行政裁判制度が廃止され,通常(司法)裁判所が行政事件を含むいっさいの法律上の争訟を裁判することとなり(憲法76条1・2項,81条参照),司法・行政両裁判機関相互間の権限争議は解決され,以後,権限争議はもっぱら同一系統の行政機関または司法機関の相互間で問題とされるに至った。とくに行政機関相互間の権限争議(主管争議)については,法律が異なる定めをしている場合(例,地方自治法146条)を除き,原則として,双方に共通の直近上級機関がその指揮命令権に基づき,または,共通の直近上級機関のない場合は双方の上級機関の協議に基づき裁定するが,その最終的裁定権は国にあっては内閣(内閣法7条),地方公共団体にあってはその長(地方自治法138条の3参照)にある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「権限争議」の意味・わかりやすい解説

権限争議
けんげんそうぎ

国家・公共団体の機関相互の権限の争いをいう。互いに権限を主張する積極的権限争議と、いずれも権限がないと主張する消極的権限争議の2種類がある。現行法上、行政機関相互の権限の争いは各機関の共通の上級機関が裁定を下し、また、その権限の争いが省の間にまたがるときは内閣総理大臣が閣議にかけて裁定する(内閣法7条)。行政機構は一般に上下の指揮監督権が及ぶピラミッド型構造をなしているから、権限争議は以上の方法により解決できるのが原則であるが、例外的には一方が独立性を有するため、この方法をとれないことがある。たとえば、経済産業省と独立行政委員会たる公正取引委員会との間の産業政策と独占禁止政策をめぐる争いを解決する制度は用意されていない。また、立法権、司法権、行政権の相互の間の権限争議についても現行法は規定を置いていない。

 もともと権限争議がよく起こったのは、行政活動をめぐる紛争を裁く裁判制度として行政裁判所と司法裁判所の二元制度が置かれていたドイツ、フランスや第二次世界大戦前の日本であった。公法の事件は行政裁判所、私法の事件は司法裁判所の管轄に属したのであるが、公法と私法の区別が不明確なため、いずれの裁判所に出訴すべきかが頻繁に争われたのである。フランスではこの権限争議を裁く権限裁判所を設置し、ドイツでは一方の裁判所が移送決定をしたときは他方の裁判所はこれに拘束されるとするなど、権限争議を解決する制度を置いているが、日本ではこうした制度はついに置かれなかった。第二次世界大戦後の日本では行政裁判所を廃止し、英米型の一元的裁判制度をとったので、こうした問題は生じなくなったが、なお、抗告訴訟を提起すべきか民事訴訟を提起すべきかがあいまいなため、訴えが却下(いわゆる門前払い)されるなど、訴訟間の一種の権限争いが残っている。

[阿部泰隆]

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