水溶性ビタミン異常症

内科学 第10版 「水溶性ビタミン異常症」の解説

水溶性ビタミン異常症(ビタミン欠乏症・過剰症・依存症)

(1)水溶性ビタミン異常症
 水溶性ビタミン異常症の大部分は欠乏症であり,身体所見および血中ビタミン濃度に注意して,早急に治療を行うことが必要である(表13-6-5).
a.ビタミンB1欠乏症(vitamin B1 deficiency),過剰症(hypervitaminosis B1
 ビタミンB1は生体内ではチアミン,チアミン一リン酸,チアミンピロリン酸およびチアミン三リン酸として存在して相互に変換されるが,活性型ビタミンB1はチアミンピロリン酸とチアミン三リン酸である.チアミンは小腸上部で吸収された後,リン酸化されてピルビン酸デヒドロゲナーゼ,α-ケトグルタル酸脱水素酵素トランスケトラーゼ,α-ケトカプロン酸,α-ケト-β-メチル吉草酸,分岐鎖ケト酸脱水素酵素などの補酵素として作用する.このように,ビタミンB1はエネルギー産生および神経活動電位の発生や神経伝導に関与する.
 ビタミンB1が欠乏する原因として食事や成長のほか,ストレス,透析,静脈栄養,アルコール依存症がある.特に大量の糖質はB1の消費を亢進させる.ビタミンB1欠乏が長期になると多発性神経炎や徐脈,健忘,不安,うつ状態,など精神知能の変化がみられる.さらに進行し,筋力の減弱,知覚異常,麻痺などを呈した病態が脚気である.湿性脚気は浮腫を特徴とし,蛋白摂取不足の合併によると思われる.アルコール依存症ではアンバランスな食事によるB1不足とアルコール性心筋症によって心不全になる.高カロリー輸液に伴う乳酸アシドーシスでは,ピルビン酸脱水素酵素活性の低下によってWernicke脳症,脚気心といわれる心不全を呈する.さらにメープルシロップ尿症,ピルビン酸脱水素酵素欠損症,ピルビン酸カルボキシラーゼ欠損症,巨赤芽球性貧血などのビタミンB1反応性遺伝性疾患が知られている.
 ビタミンB1の必要量は1日1~1.2 mg,1000 kcalに0.5 mgである.高カロリー輸液施行中にはビタミンB1必要量として成人で1日3 mgをすすめている.アルコール中毒者における脚気,Wernicke脳症では非経口的に1日最低50~100 mg,重症例で150~400 mgを投与する.
b.ビタミンB2欠乏症(vitamin B2 deficiency)
 ビタミンB2の大部分はフラビン・アデニン・ジヌクレオチド(FAD)に,また一部はフラビン・モノヌクレオチド(FMN)に合成される.FADおよびFMNはエネルギー産生に関与する電子伝達系酵素の補酵素として重要な役割を果たす.ビタミンB2欠乏の典型的な症状は舌炎,口角症,口角炎,鼻・唇溝・陰囊・外陰部における皮膚炎,眼症状(羞明,異物感,角膜血管新生,硝子体の混濁)などである.ビタミンB2の必要量は成人で1日1.0~1.4 mgである.治療には1日10 mgの経口投与であらゆる症状が完全に治癒する.
c.ビタミンB6欠乏症(vitamin B6 deficiency),依存症(vitamin B6 dependency)
 ビタミンB6ピリドキシンとよばれ肝臓でリン酸化されて活性型ピリドキサールリン酸(PALP)かピリドキサミンリン酸となる.これらは筋肉のグリコーゲンホスホリラーゼに結合して存在し,主として蛋白質代謝に関する酵素の補酵素となる.ビタミンB6を必要とする酵素にはトランスアミナーゼ,アミノ酸脱水素酵素,キヌレニナーゼデアミナーゼ,デスルヒドラーゼ,δ-アミノレブリン酸合成酵素などがある.したがって,ビタミンB6は糖新生,ナイアシン産生,酸素結合能を上げて赤血球機能改善およびセロトニン,タウリン,ドパミン,ノルアドレナリンヒスタミン,γ-アミノ酪酸などの神経伝達物質の産生に関与して神経機能を調節する.
 ビタミンB6が欠乏すると食欲不振,全身倦怠感,悪心・嘔吐,下痢,口唇炎,口角炎,ペラグラ様皮膚炎,多発性神経炎,貧血,痙攣などを示す.また,B6依存症として,痙攣,シスタチオニン尿症,ホモシスチン尿症キサンツレン酸尿症,貧血などが知られている.
 ビタミンB6の必要量は成人男子で1日1~1.1 mgである.妊婦の50%は欠乏状態にある.イソニアジドペニシラミンサイクロセリンにはビタミンB6拮抗作用があるので,1日に30~100 mg投与によって予防する.ビタミンB6依存性痙攣は大量(1日500 mgまで)の塩酸ピリドキシンによってのみ治療できる.
d.ビタミンB12欠乏症(vitamin B12 deficiency),(vitamin B12 dependency)
 胃液中の内因子と結合して吸収されたビタミンB12は,トランスコバラミンⅡによって細胞に輸送されてアデノシルコバラミンおよびメチルコバラミンに変換されてはじめて,前者はメチルマロニルCoAムターゼの,後者は5-メチルテトラヒドロ葉酸メチルトランスフェラーゼの補酵素として作用する.ビタミンB12はDNA合成,細胞への葉酸蓄積,ミエリン合成などの作用を有する.
 ビタミンB12が欠乏すると悪性貧血を発症する.症状は巨赤芽球の出現,白血球および血小板の形成障害がみられる.さらに,舌炎,発育不良を示す.また脊髄軸索の進行性変性により進行性麻痺だけではなく脊髄後索障害による深部感覚障害も呈する.ビタミンB12の吸収障害は胃切除術や胃腸管吻合術後,内因子に対する自己抗体の存在によって起こる.ビタミンB12依存症としてトランスコバラミンⅡ欠損症やメチルマロン酸血症がある.ビタミンB12の必要量は1日2.0 μgである.欠乏症に対してはビタミンB12を10~20 μg,1日1~4回,非経口的に投与する.
e.ビタミンC欠乏症(vitamin C deficiency)
 ビタミンCは下垂体,副腎,白血球,水晶体,脳に多く存在し,生体内の酸化・還元反応に関与している.特に,コラーゲン合成におけるプロリンおよびリジンのヒドロキシプロリンやヒドロキシリジンへの水酸化,コレステロール代謝におけるステロイド核の7α位の水酸化反応,チトクロムP450による薬物の水酸化反応,ドパミンのドパミン-β-ヒドロキシラーゼによるノルアドレナリンへの酸化,カルニチン合成,非ヘム鉄の腸管吸収,cAMP合成およびcGMP合成に必要である.
 ビタミンCはアルコール常用者や薬物服用者で欠乏しやすい.ビタミンC欠乏により壊血病,小児ではMoller-Barlow病になり,症状は全身の点状・斑状出血,歯肉の腫脹・出血,乾燥性角質増殖性結膜炎,唾液腺腫脹,Sjögren症候群様の症状(口腔内乾燥,乾燥性角結膜炎,唾液腺腫脹),ときに消化管出血,骨膜下出血がみられる.またコラーゲンや類骨質,象牙質など細胞間質の形成不全も特徴的である.ヒステリー,心身症,抑うつ症などの精神症状もみられる.
 新生児,小児,青年の必要量は1日体重1 kgあたり6 mgである.妊婦,授乳婦,抗菌薬投与,血液透析患者では1日100~200 mg必要である.さらに1日500~1000 mg投与すると,創傷治癒の促進,腸管吸収障害および鉄吸収障害の改善がみられる.手術のショック予防には1~2 gの静注が,激しい労作時の運動能力向上に1日1 gの経口摂取が有用である.
f.ナイアシン欠乏症(niacin deficiency)
 ナイアシンはニコチン酸およびニコチンアミドの総称名で,植物性食品ではニコチン酸の形で,動物性食品ではニコチンアミドの形で存在している.ニコチンアミドはピリジンヌクレオチド補酵素,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)あるいはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)の成分である.NADおよびNADPは解糖系,脂肪酸代謝,組織内呼吸,解毒に関与する非常に多くの酸化還元反応の補酵素として作用している.
 ナイアシン欠乏症としては,低栄養の大酒家にペラグラ(pellagra)が認められる.ペラグラの症状は皮膚炎,下痢,認知症である.皮膚炎は常に日光にさらされている部位に左右対称にみられ,かゆくかつ刺激性である.胃腸症状は,食欲不振,胸やけ,口・胃・直腸の痛み,下痢,便秘である.性格の変貌,混乱・記憶障害・見当識障害もよくみられる.ペラグラに対して100~300 mg/日のニコチンアミドあるいはニコチン酸を1日あたり3回に分けて投与すると劇的に治癒する.動物性蛋白質を摂取するとゆっくり治癒する.精神神経障害は24~48時間で消失するが,皮膚炎の完治には3~4週間を要する.
g.葉酸欠乏症(follic acid deficiency)
 葉酸はプリン体のde novo合成やメチル化サイクルに作用する.メチルトランスフェラーゼはほとんどすべての組織に存在し,DNA,ドパ,蛋白質分子にメチル基を転移させる.さらに,ミエリン,リン脂質のホスファチジルエタノールアミンにメチル基を転移させ,ホスファチジルコリンを生成する.
 葉酸が欠乏すると軽度であっても,二分脊椎のような神経管欠損症(NTD)や虚血性心疾患や卒中の危険性が高まる.葉酸バランスが負になると,巨赤芽球が出現し,悪化すれば巨赤芽球性貧血を発症する.葉酸欠乏は潜在的なものを含めると人口の5~10%に認められる.妊婦は妊娠による葉酸代謝の亢進のために葉酸欠乏になりやすく,溶血性貧血,細胞分裂が亢進している悪性腫瘍,抗痙攣薬服用,慢性的アルコール摂取でも葉酸欠乏を起こす.葉酸は食品中に広範囲に含まれているが,レバーが最もすぐれた食品で新鮮な野菜も良好な葉酸の供給源となる.
 葉酸欠乏の治療に,通常数日間あるいは数週間にわたって5 mg/日の合成葉酸を投与する.妊娠中は10倍以上も葉酸欠乏の危険が高いので,妊婦に対して神経管欠損症を予防するため400 μg/日の葉酸摂取が推奨される.妊娠する前からサプリメントを含めて葉酸を十分に摂取する必要がある.
h.ビオチン欠乏症(biotin deficiency)
 ビオチンは脂肪酸生合成系,β-酸化系,TCA回路,分岐鎖アミノ酸の代謝にかかわる種々のカルボキシラーゼ反応の補酵素である.ヒトではビオチン欠乏はめったにないが,非常に偏った食習慣や不適切な経腸栄養療法で認められる.欠乏症状は倦怠感,悪心,食欲不振,筋肉痛,感覚異常,乾燥鱗皮膚炎,脱毛,貧血,血清コレステロール濃度の上昇がある.乾燥鱗皮膚炎は本質的に必須脂肪酸欠乏と同じであり,血液中の脂肪酸組成の異常が特徴的である.ビオチンの供給源としては,肝臓,卵黄,きな粉,穀類,酵母,などがある.[武田英二・山本浩範]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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