永田洋子(読み)ながたひろこ

百科事典マイペディア 「永田洋子」の意味・わかりやすい解説

永田洋子【ながたひろこ】

新左翼運動家。東京都生れ。共立薬科大学(現,慶応義塾大学薬学部)卒業。大学在学中から政治活動に参加し,1970年に京浜安保共闘委員長となり,1971年には赤軍派と合流して結成された連合赤軍の最高幹部(森恒夫に次ぐナンバー2)となった。1971年から1972年にかけての〈総括〉による大量リンチ殺人事件などを含む連合赤軍事件主犯として,1972年2月に森恒夫(1973年に東京拘置所自殺)とともに逮捕された。拘置中の1984年には脳腫瘍手術を受け,その後も事件の裁判は継続され,1993年に最高裁判所で死刑判決が確定した。しかし体調が悪化し,収容されていた東京拘置所で病死したため,死刑は執行されなかった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「永田洋子」の解説

永田洋子 ながた-ひろこ

1945-2011
昭和20年2月8日生まれ。薬剤師として病院につとめ,昭和44年京浜安保共闘に参加,46年森恒夫らの赤軍派と連合赤軍を結成。群馬県榛名(はるな)山など山岳アジトでの軍事訓練,仲間12人のリンチ殺人の首謀者として47年逮捕され,平成5年死刑が確定した。平成23年2月5日東京拘置所内で病死。65歳。東京出身。共立薬大卒。著作に「十六の墓標」など。

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