海洋文学(読み)かいようぶんがく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「海洋文学」の意味・わかりやすい解説

海洋文学
かいようぶんがく

海洋についての直接的または間接的な体験や観察に基づく文学作品。古くは『聖書』の「ノアの箱舟」「ヨナ書」、ホメロスの『オデュッセイア』24巻(前800~前750)、ウェルギリウスの『アエネイス』12巻(前30~前19)、北欧の『サガ』、『千夜一夜物語』の「船乗りシンドバッドの話」などがある。

[船戸英夫・平野和彦]

イギリス

16世紀に至って大航海時代を迎えると、世界の海が探検され、新たな目が開かれることになるが、イギリスにはハクルートRichard Hakluyt(1552?―1616)の『イギリス国民の主要な航海と発見』(1589)、パーチャスSamuel Purchas(1575ころ―1626)の『パーチャスの巡礼』(1613)、ダンピアの『新世界周航記』(1697)があり、それらがデフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)、スウィフトの『ガリバー旅行記』(1726)のような名作を生む素地となった。クックの『太平洋航海記』(1784)などの航海記録もその後の文学作品に大きな影響を与え、ロマン派的精神と相まって、コールリッジの『老水夫の歌』(1798)、バイロンの『チャイルド・ハロルドの遍歴』(1812~1818)などの詩を生むに至った。20世紀にはポーランドの海員でイギリスに帰化したコンラッドの『台風』(1902)をはじめ多くの秀作がある。これはイギリス独特な海洋小説の伝統、つまり18世紀のスモレット、19世紀のマリアットFrederick Marryat(1792―1848)の衣鉢(いはつ)を継ぐものであり、ヒューズRichard Arthur Warren Hughes(1900―1976)の『大あらし』(1938)がその後生まれる。桂冠(けいかん)詩人メースフィールドの海洋詩も見逃せない。1950年代以降では、イギリス生まれのオーストラリアの作家シュートNevil Shute(1899―1960)の、放射能汚染を扱った『渚(なぎさ)にて』(1957)があり、映画化(1959)もされた。同じ1957年にはSF作家クラークの『海底牧場』が出版されている。

[船戸英夫・平野和彦]

アメリカ

アメリカの19世紀には、クーパーの『水先案内人』(1824)、メルビルの名作『白鯨』(1851)があり、ロングフェローの海洋詩にもみるべきものがある。20世紀においては、メルビルに影響を受けたといわれるジャック・ロンドンの『海狼(かいろう)』(1904)があり、ミッチェナーの『南太平洋物語』(1947)、ヘミングウェイの『老人と海』(1952)が評判を得た。

 また海洋冒険実録としてのノルウェーの人類学者ヘイエルダールの『コン・ティキ号漂流記』(1948)は考古学的実証性があって世界的な名声を得たが、アメリカの動植物学者マシーセンPeter Mathiessen(1927―2014)もカリブ海の漁師たちを描いた『遥(はる)かな海亀(うみがめ)の島』(1975)を著している。

[船戸英夫・平野和彦]

フランス

海に囲まれた島国で、人と海が一体となって緊密な生活を営むイギリスに対して、大陸に位置するフランスでは、イギリスとはまた趣(おもむき)の異なった海洋文学が展開してきたといえる。19世紀のロマン派の歴史家ミシュレはエッセイ『海』(1861)を書いている。ユゴーは英仏海峡のガンジー島で亡命生活を送ったが、その島を舞台に海の自然と人間の戦いを描いた長編海洋小説『海に働く人々』(1866)を著した。日本を訪れたこともあり日本人になじみの深いロチは『氷島の漁夫』(1886)のなかで、ブルターニュの漁村から北海へ向かったまま戻らない若者とその恋人などを描いた。しかし、なんといってもフランスを代表する海洋文学は、海に面する町ナントに生まれ、こよなく航海旅行を好んだベルヌの『海底二万里』(1869~1870)であろう。100年をはるかに経た今日でもなお新鮮に感じられるこの未来科学小説は、ベルヌの膨大な科学知識に基づいている。ベルヌにはこのほか『海上都市』(1871)をはじめとする一連の海洋作品がある。20世紀にはヌーボー・ロマンの作家ケロールの、大亀に連れられて少女が海の冒険に出る『海の物語』(1973)がある。メルルRobert Merle(1908―2004)はSF小説『イルカの日』(1967)を書き、トゥルニエは『ロビンソン・クルーソー』をもじった『フライデーあるいは太平洋の冥界(めいかい)』(1967)でアカデミー・フランセーズ小説大賞を受けた。しかし忘れてならないのは、海底の神秘の探求者として一生を捧(ささ)げたクストーであろう。『沈黙の世界』(1953)は世界のベストセラーとなり、映画化(1956)されてカンヌ映画祭でグランプリを獲得した。また映画『グラン・ブルー』(1988)のモデルとして知られるマイヨールJacques Mayol(1927―2001)は『イルカと、海へ還(かえ)る日』(1983)を残した。

[船戸英夫・平野和彦]

ドイツなど

20世紀ドイツにはヤーンの『木造船』(1949)がある。また、コロンビア生まれの作家ガルシア・マルケスの『ある遭難者の物語』(1970)、20世紀ブラジルの代表的な作家アマードの『老練なる船乗りたち』(1961)も注目される。

[船戸英夫・平野和彦]

日本

日本では明治以前、遠洋航海用の船がなく、鎖国政策もあって優れた海洋文学が育たなかったが、20世紀に入って葉山嘉樹(よしき)の『海に生くる人々』(1926)、小林多喜二(たきじ)の『蟹(かに)工船』(1929)などプロレタリア文学にみるべきものがある。また井伏鱒二(ますじ)は『ジョン万次郎漂流記』(1937)を書いている。第二次世界大戦後、1950年代に入って山岡荘八は『八幡船(ばはんせん)』(1952)で鎖国直前に海外へ飛躍することを夢みる武士たちを描いた。石原慎太郎はヨットを好み、『星と舵(かじ)』(1965)、『還らぬ海』(1966)などを著している。1970年代には辻邦生(つじくにお)の『真昼の海への旅』(1975)、新田次郎の『珊瑚(さんご)』(1978)が書かれた。また田中光二(1941― )は『怒りの大洋』(1978)、『わだつみの魚(イオ)の詩(うた)』(1991)をはじめとする一連の海洋作品を発表している。

[船戸英夫・平野和彦]

『伊東信著『潮風が刻む青春――海洋文学の中の人間像』(1980・マリン企画)』『ピーター・マシーセン著、小川国夫・青山南訳『遥かな海亀の島』(1980・講談社)』『ジャック・マイヨール著、関邦博編・訳『イルカと、海へ還る日』(1993・講談社)』『樋口覚著『川舟考――日本海洋文学論序説』(1998・五柳書院)』『小島敦夫著『世界の海洋文学・総解説』改訂版(1998・自由国民社)』『ロベール・メルル著、三輪秀彦訳『イルカの日』(ハヤカワ文庫)』『田中光二著『怒りの大洋』『大海神』『大漂流』(いずれも角川文庫)』『田中光二著『わだつみの魚の詩』(ケイブンシャ文庫)』『ネビル・シュート著、井上勇訳『渚にて』(創元SF文庫)』

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