深海潜水艇(読み)しんかいせんすいてい(英語表記)deep submersible vehicle

改訂新版 世界大百科事典 「深海潜水艇」の意味・わかりやすい解説

深海潜水艇 (しんかいせんすいてい)
deep submersible vehicle

深海潜水船ともいう。深い深度まで潜水できるように作られた特殊な船。一般的には水面下約1000m以上の潜航深度を有するものをいい,自航式有人潜水艇が多い。潜航深度が200~300m程度といわれる潜水艦とは異なり,深海潜水艇は大深度潜水を行うために小型軽量で,超耐圧の構造と特殊機器を装備し,乗員も4人以下がほとんどである。

 深海潜水の歴史は,1930年代初頭,アメリカにおいて母船からつり下げられた深海潜水球による潜降実験で最大深度約900mを記録したのが始まりといわれる。本格的な深海潜水艇としては,A.ピカールによって48年に建造された直径2mの耐圧球を使ったFNRSⅡが最初であり,そして,同艇を改良したフランス海軍の4人乗りのFNRSⅢは53年に2100m,翌年4050mの潜航深度を記録した。53年にはイタリアでFNRSⅡと同じ形式の深海艇トリエステTriesteが建造され,同艇は,その後,アメリカ海軍の所有となり,60年ピカールの息子であるJ.ピカールによりマリアナ海溝で潜航深度1万0916mの世界最深記録を樹立している。

 FNRSⅢ,トリエステいずれもいわゆるバチスカーフ型と呼ばれる形式で,浮力材としてガソリンを用いるため大きな船体を必要とした。その後,海中での機動性や着水,収容の容易性を高めるため,浮力材として中空ガラス球を用いて小型軽量化が図られ,性能面,運用面でも優れた深海潜水艇が多く建造されている。とくに,アメリカのアルビンAlvin(1964建造,73改造)は,最大使用深度は4000mとバチスカーフ型に劣るものの,800回に及ぶ潜航実績を有し,深海潜水調査船として有名である。日本でも,81年に使用深度2000m級のしんかい2000が建造され,2008mの潜航深度を記録している(その後89年に建造された有人潜水艇〈しんかい6500〉が同年6527mの潜航深度を記録)。

潜水艇の艇体構成上の主要なシステムとしては,耐圧殻や外殻および浮力材などの艇体構造と,動力・推進操縦装置および重量・トリム調整装置などがある(図)。

(1)耐圧殻 耐圧殻は,深度10mごとに1atm増加する水圧に耐え,乗員および非耐圧の機器を収容するもっとも重要な構造である。耐圧殻の形状は球形,楕円形,円筒形があるが,大深度のものでは球形耐圧殻を採用することが多く,使用目的に応じて単一球形殻や二連球,あるいは三連球形殻が採用される。耐圧殻の材料としては,鋼,アルミニウム,チタンなどが使用されるが,強度や溶接性,加工性に優れた高張力鋼が多用される。

(2)浮力材 潜水艇は,水中ではその重量と浮量(浮力)がほぼ一致するように設計される。潜航深度が深い場合,耐圧殻を非常に強く作らなければならず,必然的に耐圧殻の重量が増加し,このため浮力を発生させる浮力材を入れた浮体を非耐圧部に設けることが必要となる。ただし,潜航深度が6000mくらいのものになると,浮力材の重量も潜水艇総重量の約1/3を占めるようになり,水圧に耐える軽量の浮力材が要求される。浮力の発生だけからいえばヘリウムや水素などの気体が最適であるが,外部の水圧によってたちまち圧縮されてしまうので,浮力材としては用をなさない。浮体の中に航空用ガソリンを詰めて浮力材としたものをバチスカーフ型深海潜水艇というが,最近の潜水艇は微小な中空ガラス球をエポキシ樹脂で結合させた,比重0.4~0.6の浮力材を用いている。

(3)動力・推進装置 潜水艇の動力源としては一般に鉛電池や銀-亜鉛電池が用いられる。電池は,潜航深度が浅い潜水艇では耐圧殻内に収容されるが,深海潜水艇では,重量増加を防ぐため,蓄電池を油漬とし,耐圧殻外の海水と均圧させた電池槽に収納する。また油圧装置なども耐圧殻外の海水中に装備する油圧均圧型となっている。潜水艇は,水中での諸作業のために低速での操縦性が重要で,上下,前後,左右の動きを容易にするため,スクリュープロペラスラスターを装備する。深海用のスラスター用原動機として,油漬均圧型の電動機が用いられる。

(4)重量・トリム調整装置 潜水艇では,重量および浮量の調整のための重量調整装置と,潜航中の姿勢(トリム)調整のためのトリム調整装置がある。重量調整の方法として,浅深度の潜水艇の場合は耐圧タンクに海水をポンプで注排水する方式が一般的であるが,深海潜水艇では,軽量小型の油圧ポンプを用いて耐圧タンクと海水中に装備したゴム袋の間で油を移送し,艇の浮量を増減させる可変バラスト装置をもつ。また,艇内に有する鉛や鉄などの板状や棒状の固形バラストを一つずつ離脱させて重量を軽減し,浮量を調整する方式を併用する。トリム調整は,固形重量物を前後に移動する方法や,前後のタンクの海水をポンプで移送したりして行うが,比重の大きい水銀を移動する方法もある。

(5)環境調節装置 耐圧殻内の環境を維持し乗員の生命を保つための生命維持装置が装備される。おもな制御対象としては酸素の供給,炭酸ガスの除去である。酸素の供給のためには酸素ボンベを搭載し,炭酸ガスの除去は,通常アルカリ剤に吸収させる方法が採用されている。

(6)その他の装置 航海通信装置として,母船に自分の位置を知らせるための超音波発振装置であるトランスポンダーや,海面からの深度を検知したり障害物を探知するためのソナーを装備する。潜水調査船では,マニピュレーターや水中テレビなどの作業装置,観測装置も装備される。安全を図るため,緊急浮上を行えるよう重量物の緊急離脱装置を設けている。

深海潜水艇は,潜水艇の潜航実験や海溝探検を意図して開発され,1961年のトリエステⅡによる沈没した原子力潜水艦スレッシャー号の探査や,アメリカのアルビンおよびアルミノートAlminaut(1964建造,最大使用深度4500m)によるスペイン沖での水素爆弾の探査などに効果を発揮した。しかし,最近は,海洋石油開発や大陸棚調査のための比較的浅海用の潜水艇が多く建造されており,海洋の生物研究,地質研究や海中構造物の検査などに用いられている。今後は,海底油田開発が沖合より深海へ移り,また深海のマンガン団塊などの海洋鉱物資源の利用が進むにつれて,今後ますます深海潜水艇の役割が大きくなっていくものと思われる。
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百科事典マイペディア 「深海潜水艇」の意味・わかりやすい解説

深海潜水艇【しんかいせんすいてい】

潜水調査船とも。海中・海底の科学的調査を行う潜水艇。水面下1000m以上の潜航深度をもつものを指すことが多い。1930年代,米国での,つり下げ式の潜水球での実験を端緒とし,1950年代に自ら航行操縦できる深海潜水艇としてFNRS3号,トリエステ号などのいわゆるバチスカーフが建造され,数千〜1万m以上の潜水調査が可能となった。ガソリンを浮力材として用いるこれらのバチスカーフ型は,米海軍が1964年に建造したトリエステII号を最後に現役を退き,以後は浮力材として中空ガラス球を用いた小型軽量の高性能深海潜水艇が多く建造されている。日本の深海潜水艇としては,1991年運用を開始した〈しんかい6500〉(潜水深度6500m)が代表的。また有索無人の探査機〈かいこう〉は1995年に1万911mを記録している。

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