渡・済(読み)わたす

精選版 日本国語大辞典 「渡・済」の意味・読み・例文・類語

わた・す【渡・済】

〘他サ五(四)〙
[一]
① 馬や船など乗り物を、海や川の一方の岸から他方の岸へ行かせる。また、人や物を乗せて向こう岸へ運ぶ。
万葉(8C後)七・一一三八「宇治川を船令渡(わたせ)をと呼ばへども聞こえずあらしかぢの音もせず」
平家(13C前)九「いけずきといふ世一の馬にはのったりけり、宇治河はやしといへども、一文字にざっとわたいてむかへの岸にうちあがる」
② (迷いの世界をこちらの岸に、さとりの浄土を向こう岸にたとえていう) 仏法の力で、衆生をさとりの彼岸へ行かせる。済度(さいど)する。
※仏足石歌(753頃)「この御足跡(みあと) 八万(やよろづ)光を 放ちいだし もろもろ救ひ 和多志(ワタシ)たまはな 救ひたまはな」
源氏(1001‐14頃)東屋「人わたすことも侍らぬに、聞きにくき事もこそいでまうでくれ」
③ 橋、梁(はり)、紐などを一端から他端へかける。かけ渡す。
※万葉(8C後)二・一九七「明日香川しがらみ渡之(わたシ)(せ)かませば流るる水ものどにかあらまし
※伊勢物語(10C前)九「橋を八つわたせるによりてなむ八橋といひける」
④ 物や人を一方から他方へ送り移す。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「たびたびのこころみをたまはりて、もろこしにわたされぬ」
愚管抄(1220)一「此御時、百済国より仏経・僧尼わたせり」
⑤ 物を相手に授け与える。手渡す。また、ゆずる。
※斯道文庫本願経四分律平安初期点(810頃)「鉢を過(ワタ)し来せ、汝に食を与へむといふ」
※源氏(1001‐14頃)宿木「よき賭物(のりもの)はありぬべけれど、かるがるしくはえわたすまじきを」
⑥ 人を、ある所へ移動させる。移転させる。また、ひき取る。
※蜻蛉(974頃)上「いまは心やすかるべき所へとて率(ゐ)てわたす」
⑦ 山鉾(やまぼこ)や神輿を巡行させる。
※俳諧・犬子集(1633)一二「山公事やただはてぬ出入 祇園会にわたす跡先あらそひて〈徳元〉」
⑧ 罪人や、その首などを、見せしめのため人目にさらして送る。
※平家(13C前)二「信西がうづまれたりしをほり出し、首を刎て大路をわたされ候にき」
⑨ 支配する。
※地蔵十輪経元慶七年点(883)二「能く怨敵を摧き王の大地を跨(ワタシ)、海際を亘り窮めしめ」
⑩ 見たり言ったりする動作を相手に及ぼす。
※拾遺(1005‐07頃か)雑秋・一一〇〇「舟岡の野中に立てる女郎花わたさぬ人はあらじとぞ思ふ〈よみ人しらず〉」
日葡辞書(1603‐04)「コトバヲ vatasu(ワタス)、または、イイワタス」
⑪ 準備をととのえて、作法どおり行なう。
※浮世草子・好色一代男(1682)三「大座敷わたし、亭主内義が入替り、けいはく数を尽し」
⑫ (身を)任せる。
※随筆・独寝(1724頃)上「わたしきった身じゃとぞんじまするゆへ」
⑬ (「祭をわたす」の形で用いて) 交接する。情交する。
※評判記・難波鉦(1680)二「扨、いねますと其まま祭を渡します」
[二] 補助動詞として用いる。動詞の連用形に付き、「一面に…する」「端から端まで…する」の意を表わす。
※書紀(720)神代下・歌謡片淵に 網張り和(ワタシ)
※源氏(1001‐14頃)夕顔「はじとみ四五間ばかりあげわたして」

わたり【渡・済】

[1] 〘名〙 (動詞「わたる(渡)」の連用形の名詞化)
① (━する) 船などで、川や海を渡ること。渡航
※枕(10C終)一一四「初瀬にまうでて、淀のわたりといふものをせしかば」
② 川や海の、一方の岸から他方の岸へ渡る場所。渡し。渡し場。また、その通り道航路
古事記(712)中・歌謡「ちはやぶる 宇治の和多理(ワタリ)棹取りに 速けむ人し わが仲間(もこ)に来む」
③ ある所へ移動すること。引っ越すこと。また、ある所へやってくること。来訪すること。
※宇津保(970‐999頃)楼上上「御わたりの料とて、人々にもたてまつりたり」
※平家(13C前)七「さても只今の御わたりこそ、情もすぐれてふかう、哀も殊に思ひ知られて」
④ 外国から物が渡来すること。また、そのもの。
※浮世草子・万の文反古(1696)二「貝桶にわたりの純子蓋(どんすををい)無用に候」
⑤ 職業や職場などを転々と変わること。また、そういう人。わたり者。近世には中間・小者などをいう。
※俳諧・西鶴大矢数(1681)第二二「浅草のあしたの空はたしか也 わたり相手に狼藉千万」
⑥ 物の上に渡して、歩いて渡るための板。また、建物の間に設けてそれをつなげる廊下。渡り板や渡り廊。
※歌舞伎・綴合於伝仮名書(高橋お伝)(1879)五幕「本舞台三間の常足の藁屋、竹縁、正面押入、鼠壁、上手落間、柴垣丸太の渡り」
⑦ 両者の間がうまくいくように交渉したり、挨拶したりすること。話を付けること。→渡りが付く渡りを付ける
※黄表紙・四天王大通仕立(1782)「今以て付届(ワタリ)にも来ず、どうで始終は切店へでも売りのめされるで御座りませう」
⑧ 謝礼・慰労などの気持で渡す、ちょっとした品物や金銭。心づけ。祝儀。付け届け。
※人情本・春色雪の梅(1838‐42頃か)四「私(わちき)を名差で座敷へ呼んで、花金(ワタリ)〈是は祝儀の事なり〉を呉れたり何かするが」
⑨ (渡・槃) 囲碁で、低位で石が連絡すること。ふつう三線以下での連絡をいう。〔モダン新用語辞典(1931)〕
⑩ 音声学の用語。連続する音韻を発音する際、ある単音から次の単音へ移るための調音の態勢の動き。また、それによって生じる音。一つの単音について、前からのわたりを「入りわたり」、後へのわたりを「出わたり」という。
⑪ (径) 物の端から端までの長さ。また、直径。さしわたし。
※天理本金剛般若経集験記平安初期点(850頃)「八百余巻を写し長度(ワタリなかき)紙を造る」
⑫ 動物が環境の変化に応じて、または食物の獲得・生殖・産卵・育児のために行なう移動。主として群れの季節的往復移動をさしていう。鳥の渡りなどが有名。
[2] 〘接尾〙 物事が一通りゆきわたる回数を数えるのに用いる。
※枕(10C終)八一「ひとわたりあそびて、琵琶ひきやみたる程に」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android