温熱・寒冷による疾患

内科学 第10版 「温熱・寒冷による疾患」の解説

温熱・寒冷による疾患(生活・社会・環境要因)

(1)温熱による疾患―熱中症
概念
 熱中症(heat illness)とは,「暑熱環境における身体適応障害によって発生した状態の総称」である.しかし,英語用語に対する日本語表記とその定義のあいまいさから,用語の統一がなされていない.1999年安岡らが提案した新分類をもとに,日本神経救急医学会,日本救急医学会が提唱した重症度に基づいた新分類が広く用いられている.
病態
 体温は熱産生と熱放散のバランスで,ある一定の範囲に保たれる.通常,体内で産生された熱は伝導,対流,放射および蒸発(呼気からの不感蒸散と発汗)により放散される.環境温や核心温が高くなると,視床下部の体温調節中枢が交感神経を介して発汗や皮膚血管拡張(血流増加)を促し,体温を一定に保っている.しかし,体温維持機能が破綻すると体温は上昇し熱中症に陥る.高熱による臓器障害は軽症では筋肉,消化管に,重症化するに伴い中枢神経,循環器,肝,腎,凝固系に生じる.
分類
 熱中症は重症度によりⅠ度,Ⅱ度,Ⅲ度に分類され,これらは従来の分類の熱失神(heat syncope)または熱痙攣(heat cramps),熱疲労(heat exhaustion),熱射病(heat stroke)に該当する(表16-1-7).また,Ⅲ度熱中症は非労作性(nonexertional)と労作性(exertional)に分類される.前者は,高齢者・乳幼児や衰弱した人など正常な体温調節能力の低下している人が,エアコンのない屋内などで著しい高温に暴露されて発症する.後者は,健康な若者や運動選手が,高温または湿度の高い環境下で陸上競技など激しい運動や土木作業により熱産生が熱放散を上回ることで発症する.カフェイン,アルコール,麻薬類は熱射病を発症する閾値を下げる.
臨床症状
1)Ⅰ度熱中症(図16-1-4):
熱失神は末梢血管の拡張や血流分布の変化による相対的な循環血液量減少により生ずる起立性低血圧の症状である.熱痙攣は大量の汗をかいた後に大腿・下腿などに有痛性の筋の痙攣(こむら返り)が起こる.発汗に伴うナトリウム喪失で筋肉の興奮性が亢進して発症する.
2)Ⅱ度熱中症:
Ⅰ度に発汗に伴う脱水症が加わると熱疲労となる.39℃以下の高体温(直腸温),頭痛,嘔吐,集中力や判断力の低下などがみられる.治療が迅速に開始された場合は予後は良好であるが,放置または治療を誤れば重症化しⅢ度に移行する.Ⅱ度はⅠ度とⅢ度を除外したうえで診断する.
3)Ⅲ度熱中症:
体温調節中枢が機能不全となり体から熱を放散できず,多臓器不全になる.42℃ 以上の高体温では,数時間以内に細胞障害と細胞死が起こる.熱中症は初期には感染を伴わないSIRS(systemic inflammatory responese syndrome)であるが,進行に伴い重症化して感染症を合併したりbacterial trans­locationによって高サイトカイン血症となりDICを併発すると考えられている.高血圧,糖尿病,認知症,高齢者はリスクファクターである.「発汗停止,体温40℃以上,意識障害」の3徴候がそろったときには,病状はきわめて進行している.3徴候にこだわると初療が遅れ危険である.
治療
 Ⅰ度は,日陰などの涼しい場所で安静を保ち,保冷剤や冷えたペットボトルなどで冷却する.欠乏したナトリウムの補充のため冷えたスポーツドリンクや経口補水液の投与など現場の応急処置で回復する場合は,医療機関の受診は必要ない.Ⅱ度の症状が出現したり,Ⅰ度に改善がみられない場合,すぐに医療機関に搬送する.Ⅱ度・Ⅲ度は入院の上,輸液を投与し,脱水,ナトリウムの補正を行う.大量の発汗では水分のみならずナトリウムや塩素イオンなど電解質が失われるが,水分のみを補給すると低ナトリウム血症となり相対的血管内脱水が生じる.Ⅲ度熱中症は,医療機関で早期から積極的な冷却開始と全身管理,後遺症の発症予防のため中枢神経保護の治療を行う.核心温(直腸・膀胱・食道温)を測定し,1時間以内に核心温39℃を目標に急速に冷却し,その後は冷却速度を下げる.冷却中は継続してモニタリング(心電図,尿量など)を行い,痙攣や震えはジアゼパムなどでコントロールする.脱水の補正のため乳酸リンゲル液や生理食塩水を急速輸液する.冷却法
1)体表,体腔冷却:
 a)体表冷却:アイスパック,冷却ブランケット
 b)体腔冷却:冷水による胃・膀胱洗浄や腹腔洗浄
 c)体外循環:人工透析,経皮的心肺補助(PCPS
2)蒸発,対流による冷却:
 室温の低下,体表へ水やアルコールを噴霧後扇風機で送風して気化熱を奪う.
予防
 暑さ指数のWBGT(湿球黒球温度;湿度,輻射熱,気温の3つを取り入れた総合的な指標)が28℃ をこえた場合は運動を中止し,外出時は炎天下を避け,室内では室温の上昇に注意する.また,こまめに水分補給(経口補水液やスポーツドリンクなど)を行う.
(2)寒冷による疾患
a.偶発性低体温症(accidental hypothermia
概念
 偶発性低体温症とは,生体が偶発的に寒冷環境に暴露され,核心温が35℃ 以下になった病態をいう.低体温を助長する背景病態が関与していない一次性と,関与している二次性とに分類される.前者は,健康であった人が冬山遭難や海難事故など直接低温に暴露されることによって起こる.後者は,低体温を起こしやすくする背景に熱産生減少(低栄養,重症外傷,重症感染症),熱喪失亢進(アルコール中毒,寒冷),体温調節異常(中枢神経障害,意識障害)がある.
病態
 環境温が低くなると,皮膚などの末梢血管収縮により体温の低下を抑制し,一方でシバリングや甲状腺ホルモン・カテコールアミン分泌による熱産生を促進させて,体温を維持する.熱の喪失が熱産生を上回ると,シバリングは消失し体温は急速に低下する.低体温症は,寒冷環境に暴露されなくても夏季や屋内でも発生する.危険因子には,年齢(高齢者,新生児),アルコールや薬物(バルビツレート,フェノチアジンなど),内分泌疾患(低血糖,甲状腺機能低下症,副腎不全など),神経疾患(脳血管障害,Parkinson病など),敗血症,ショックなどがある.
分類
 核心温により,軽度(核心温35~32℃),中等度(32~28℃),重度(28℃未満)の3段階に分類される.
臨床症状
1)軽度低体温:
中枢神経の抑制,健忘,無気力,構音障害,運動失調など.シバリング,末梢血管収縮による血圧上昇,心拍数上昇,高血糖,過呼吸,酸素消費量低下.
2)中等度低体温:
進行性の意識レベル低下,散瞳,軽度徐脈,心拍出量・血圧低下.震えは消失して不整脈(心房細動,房室ブロック,心室性期外収縮など)が頻発.QT間隔延長,J波(Osborn波)などの出現.酸素消費量50%低下.咳嗽反射消失.寒冷利尿(抗利尿ホルモン分泌抑制,尿細管再吸収障害などによる),代謝性アシドーシス.
3)重度低体温:
無動,脳血流低下,昏睡,反射消失,血圧低下,著しい徐脈,心拍出量低下,心室細動,肺うっ血,肺水腫,酸素消費量75%低下,22℃以下では脳波は平坦化し心停止(仮死),呼吸停止.
治療
 核心温および呼吸・循環動態をモニタリングしながら全身管理と復温を行う.心肺停止症例でも回復する可能性があり,安易に蘇生をあきらめない.30℃以上では通常の蘇生処置を行うが,28℃以下では薬剤や除細動の有効性が低い.復温法(rewarming)
 復温には,保温(passive rewarming),表面加温(active external rewarming),中心加温(active core rewarming)があり,厳重な循環管理下で行う.
1)保温(passive rewarming):
熱の喪失を防ぐ.温暖環境への移動,濡れた衣服の除去,毛布での被覆.
2)表面加温(active external rewarming):
体表から加温する簡便な復温法.電気毛布,温水式循環式マット,温水ブランケット,赤外線ヒーター,温浴など.核心温のafterdrop(組織間の温度均衡,冷たい末梢血液の体深部への還流により,復温開始後に核心温が低下し続けること)の発生率や臨床的意義は不明である.表面加温は,rewarming shock(afterdropに起因する心臓再冷却による心機能低下と血管拡張性相対的循環血液量減少により血圧が低下)が発生する危険があるため,十分な輸液投与と中心加温の併用を行う.3)中心加温(active core rewarming):
体腔内から加温する方法.復温効率がよい.核心温32℃以下の場合や急速加温時に適応される.加温・加湿した酸素投与,加温輸液投与.加温生理食塩液による胃・膀胱,胸腔,腹腔の灌流.重度低体温症例に対し,体外循環(腹膜透析,血液透析,経皮的心肺補助装置(PCPS))を利用した加温.
b.凍傷(frostbite)
 凍傷とは寒冷環境への暴露などで生じる組織の凍結と氷の結晶形成による組織損傷である.凍傷の発生は外気温,風速,湿度に影響され,風が強く湿度が高いと発生しやすい.末端部(指,趾,耳,鼻)は凍結しやすく,四肢,特に手より足の方が傷害されやすい.
病態
 凍傷は,組織の温度が0℃を下回ると,氷の結晶形成により細胞構造が破壊されることにより生じる.血管内皮細胞が傷害されると,血流がうっ滞して微小血管に血栓が形成される.組織における血栓形成,虚血,壊死がその本態である.臨床症状
 軽度の場合は皮膚および皮下組織が傷害され,しびれ感,チクチクする疼痛や瘙痒,蒼白がみられる.重症になると深部組織まで傷害が及び,皮膚は白色から黄色を呈し,弾力を失い,動かなくなる.触覚,痛覚,温度覚などの知覚消失がみられ,動作のぎこちなさや「木の棒」のような感覚を訴える.生存組織と傷害部の境界線の判断は数カ月を要し,その際磁気共鳴血管造影(magnetic resonance angiography:MRA)が有用である.
治療
 合併する低体温症の治療を行う.濡れた衣服,手袋,靴や靴下を除去し,圧迫や緊縛をとる.毛布などで全身を覆い,温かい飲み物を与えて保温する.凍結組織を40~42℃の循環する温水につけ,急速に完全に解凍する.血流の回復は激痛を伴い鎮痛薬が必要なこともある.組織が完全に解凍されるまでは中断しない.凍傷部分の解凍後の再凍結は組織の壊死を増悪させる.組織のマッサージや摩擦など初期の理学療法は禁忌である.加温後も著しい腫脹が続く場合はコンパートメント症候群を疑い,組織圧を測定する.
c.凍瘡
 凍傷とは違い,氷点以上の寒冷環境により組織の凍結を伴わない末梢循環不全である.おもに手指や足趾,耳介などが痛痒さを伴い赤く腫れた状態となる.紅斑,水疱が皮膚潰瘍などに進行する.女性に多く,体質が関与する.[和田貴子]
■文献
Ahrenholz DH: Temperature-related syndromes: hyperthermia, hypothermia, and frostbite. In: Trauma, 7th ed (Mattox KL, Moore EE, et al eds), pp938-943, McGraw-Hill, New York, 2012.Nemer JA: Disorders related to environmental factors. In: Current Medical Diagnosis & Treatment (Tiemey LM, McPhee SJ, et al eds), pp1501-1506, McGraw-Hill, New York, 2012.Tintinalli J, Stapczynski J, et al: Environmental injuries. In: Tintinalli’s Emergency Medicine: A comprehensive study guide, 7th ed (Tintinalli J, Stapczynski J, et al), pp1331-1344, McGraw-Hill, 2012.安岡正蔵,赤居正美,他:熱中症(暑熱障害)Ⅰ~Ⅲ度分類の提案;熱中症新分類の臨床的意義.救急医学,23: 1119-1123, 1999.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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