熱帯医学(読み)ねったいいがく(英語表記)tropical medicine

改訂新版 世界大百科事典 「熱帯医学」の意味・わかりやすい解説

熱帯医学 (ねったいいがく)
tropical medicine

熱帯地方特有の疾病に関する医学の部門。熱帯地方(東南アジアアフリカ,南アメリカなど)では,さまざまな原因が関連して特有な疾病が発生する。まず,熱帯地方の自然条件が各種の病原微生物の生育,繁殖に適していることが多い。同様に熱帯地方の自然条件が病原微生物を媒介する動物の成育,繁殖に適していることが多い。睡眠病を媒介するツェツェバエなどいくつかの疾病の媒介動物は,熱帯地方に限って生息している。また病原微生物だけでなく,熱帯地方の自然条件が,毒ヘビなど各種の有害生物の成育,繁殖に適していて,住民に被害が出ることも多い。一方,自然条件とは別に,住民の全般的な衛生状態の改善が世界の他の地域に比べると遅れ,根絶しうる疾病が残っていることも多い。また住民の生活水準の改善も遅れ,とりわけ栄養障害が依然として多数引き起こされていて,それぞれの疾病を重大なものにしていることも多い。熱帯地方に特有の疾病を克服するためには,これらの多くの原因を押さえた方策をとることが必要となっている。

 熱帯地方には,風土病として持続的に多発する疾患があり,これらの風土病を一括して熱帯病と呼んでいる。熱帯医学が対象とする主要な疾病はこれらの熱帯病である。熱帯病には,マラリアコレラデング熱,睡眠病,黄熱などさまざまな種類の疾病が含まれているが,病原微生物の種類によって分類すると次のようになる。

ウイルスによるものには,黄熱,デング熱,狂犬病などがある。黄熱ウイルスおよびデング熱ウイルスは,ネッタイシマカを介してヒトからヒトへと伝播される。痘瘡(とうそう)ウイルスによって引き起こされる痘瘡(天然痘)は,熱帯地方に広範にみられた風土病であったが,世界保健機関(WHO)の取組みによって根絶された。

 リケッチア類によるものには,恙虫(つつがむし)病,ロッキー山紅斑熱,発疹熱などがある。恙虫病は,広く南太平洋から東南アジアにかけて分布しており,病原体をもったツツガムシに刺されて感染する。ロッキー山紅斑熱は南アメリカおよび北アメリカにみられ,病原体をもったダニに刺されて感染する。発疹熱は世界的に広くみられるが,メキシコ湾沿岸および南地中海沿岸に多くみられ,媒介動物はネズミおよびネズミノミである。

 細菌類によるものには,細菌性赤痢,腸チフスパラチフス,コレラ,ペスト,野兎(やと)病,ハンセン病などがある。細菌性赤痢は赤痢菌によって引き起こされ,保菌者や患者の糞便とともに排出された赤痢菌が,ハエ,ゴキブリの媒介によって飲食物に混入し経口感染する。ペストは野ネズミなど野生齧歯(げつし)類の疾病で,ノミを媒介動物としてヒトに感染する。ハンセン病は癩菌によって引き起こされ,かつては全世界的に蔓延したが,現在では熱帯および亜熱帯地方に残存する。

 真菌類のノカルジアNocardiaは,熱帯地方のノカルジア症,たとえば中南米に多い足菌腫(マズラ足Madura foot)を引き起こす。足菌腫は,足の切断が唯一の救命法である致命的な真菌症である。このほかに真菌類によって引き起こされる熱帯地方特有の疾病も多い。たとえば,中南米,インドネシア,アフリカおよび北アメリカにみられる呼吸器系感染症であるヒストプラズマ症histoplasmosis,南アメリカおよび北アメリカにみられるコクシジオイデス症coccidioidomycosis,南アメリカにみられるブラストミセス症blastomycosisなどがある。

 スピロヘータ類によるものには,フランベジアframbesia(yaws),回帰熱,ワイル病,レプトスピラ症などがある。フランベジアは,熱帯地方にみられる梅毒様疾患であり,大部分が直接的な体表面の接触によって感染するが,通常は性交と関係がなく,患者の大部分が小児で占められている。

 原虫によるものには,マラリア,リーシュマニア症,睡眠病,シャガス病などがある。マラリアはハマダラカ,リーシュマニア症はサシチョウバエ,睡眠病はツェツェバエ,シャガス病はサシガメによって媒介される。

 寄生虫によるものには,フィラリア症,鉤虫症,糞線虫症,住血吸虫症などがある。フィラリア症は全世界的にみられ,カやアブによって媒介される。鉤虫症や住血吸虫症は,経皮的に感染が生じる。なお,ここに出てくる病気については,ほとんどのものがそれぞれ別項目として扱われているので,詳しくはそれらを参照されたい。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「熱帯医学」の意味・わかりやすい解説

熱帯医学
ねったいいがく
tropical medicine

熱帯地方特有の疾病の病態や病原体の研究,予防と治療,環境衛生などを研究する医学の一部門。 1898年に R.ロスがインドでマラリアの伝播経路を発見したのをはじめとして,W.リードによるハバナの黄熱調査,アフリカの睡眠病の研究などが続いた。 99年にはロンドンとリバプールに最初の熱帯医学の学校が開かれ,1913年にはロックフェラー財団による国際的な熱帯地方の健康管理組織が生れた。現在でも,熱帯地方の国々にとって重要な分野である。

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