出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
田園を舞台に,羊飼いたちを主人公にした文学をいう。パストラルpastoralの訳語。語源はラテン語のpastor(〈牧羊者〉の意)である(イディルidyllは別語源だが,パストラルと同じ内容で用いられることが多い)。田園詩と呼ぶこともあり,羊飼いのほか,牛飼い,農夫らも登場した。前3世紀のアレクサンドリアの詩人テオクリトスによってジャンルとして確立されたが,彼自身は羊飼いでも農民でもなく,腐敗した宮廷に仕える宮廷詩人であった事実に注目すべきであろう。すなわち牧歌文学とは,けっして作者の目に映る現実を表すものではなく,その現実を裏返した陰画であった。宮廷または都市文明が爛熟し,その悪徳が目に余る状態になったとき,その反対の極にある田園の素朴さや,羊飼いたちの無垢でのどかな生き方が,美しく歌われるのである。古代ローマ第一の詩人ウェルギリウスは,大叙事詩《アエネーイス》によってローマ建国の神話化された歴史を語ったが,これは政治世界の理想化であり,これとは反対に相当数の《詩選(牧歌)》によって,政治都市ローマが決定的に失ってしまった善と美と徳を歌った。
時代が下ってルネサンス期になると,それぞれの国の宮廷や都市文明の過熟を背景に,ふたたび牧歌のジャンルが栄える。イタリアのタッソ,フランスのロンサール,イギリスのE.スペンサーらが代表的である。比較的短い抒情詩が主流であったが,イタリアのG.B.グアリーニらの手によって,劇としての牧歌(もちろん喜劇)も流行し,のちにシェークスピアのロマンス劇(《お気に召すまま》など)に受け継がれることになる。また,詩にしろ劇にしろ,二流,三流の宮廷詩人たちの手にかかると,牧歌は他愛ない現実逃避の白昼夢に化することも多かった。しかしその反面,一流詩人たちは,無垢な羊飼いと美しい女羊飼いの恋のたわむれといった設定は,むなしい虚構にすぎないということをつねに意識していた。だから彼らの牧歌では,現実(都市または宮廷)と理想(田園)との落差の大きさが,新しい現実構築の衝動に導くことが多かった。ミルトンの牧歌哀歌《リシダス》をはじめ,いくつものすぐれた牧歌が,強い風刺性を内包しているのは,このせいであろう。また牧歌詩人が,田園は平和で美しく,羊飼いは無垢で幸福だというような,牧歌的虚構の約束事に耐えきれぬとき,むしろ農村の疲弊とか,羊飼いの暮しのつらさを強調する〈反牧歌(カウンター・パストラルcounter-pastoral)〉が書かれることもあった。
牧歌は羊飼いについて,羊飼いの声で歌われる文学だが,それを書くのは宮廷詩人をはじめとする知識人である。この構造的落差の意味を拡大し,たとえばプロレタリアの生活についてプロレタリアの声でブルジョア作家が書く〈プロレタリア文学〉も,牧歌の一変種であると指摘したのが,W.エンプソンの《牧歌の諸変奏》(1935)である。牧歌というジャンルの本質を,側面から照射する達見というべきであろう。なお,音楽における牧歌については〈パストラル〉の項を参照されたい。
執筆者:川崎 寿彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…田園曲,牧歌などと訳され,音楽においては,広義にはベートーベンの《パストラル・シンフォニーSinfonia pastorale(田園交響曲)》の場合のように,田園的な気分を指し示す意味に用いられる。しかし,歴史的に眺めてみると,中世からルネサンスにかけては,〈羊飼いの恋〉をテーマにした抒情詩や劇詩と手を携えて,世俗歌曲やオペラの中で,いわゆる〈パストラルもの〉が有力な一ジャンルを形成した。…
※「牧歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...
4/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 デジタル大辞泉を更新
4/12 デジタル大辞泉プラスを更新
3/11 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
2/13 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新