病原細菌(読み)びょうげんさいきん

改訂新版 世界大百科事典 「病原細菌」の意味・わかりやすい解説

病原細菌 (びょうげんさいきん)

動植物に疾病を引き起こす細菌をいい,病原菌ともいう。ヒトの病原細菌として知られている細菌の数はおよそ50種類であるが,植物の病原細菌は250種類近くが知られている。病原細菌が宿主体内に侵入し,宿主が発病に至るまでには,細菌の側の病気を引き起こす力と宿主側の抵抗する力との全般的な力関係が関係している。また,細菌の病原性には宿主による差異もみられる。たとえばチフス菌ジフテリア菌淋菌などは,ヒトにみられるような疾病を他の動物では引き起こさない。ヒトのおもな病原細菌を表にまとめた。

病原細菌を含めて,一般に病原微生物(細菌,ウイルス,リケッチア,真菌,原虫,スピロヘータなど)が宿主体内に侵入し増殖することを感染呼び,感染によって起こる疾患を感染症という。感染と発病は,病原微生物と宿主との相互の力関係に基づいて成立する。

 常時,ヒトは無数の細菌に取り囲まれている。これらの,ヒトの皮膚や粘膜上に常在する細菌が,切傷から侵入して化膿性炎症を引き起こすことは珍しいことではない。これらの化膿菌の代表的なものは,ブドウ球菌と連鎖球菌である。また大腸菌は,腸内に多数存在し,元来非病原性であるが,腸管以外の組織に侵入して局所性または全身性の感染症を引き起こす。このように細菌の病原性は,生体との相互関係のもとで発揮されるのであり,細菌を病原細菌と非病原細菌にはっきりと区別することは難しいことが多い。

 細菌の病原性は,通常,侵襲性と菌体外毒素産生性に規定される。侵襲性とは,宿主体内へ侵入し増殖する能力のことであり,莢膜の有無などの形態学的構造や,菌体構成成分や産生物質などが関係している。細菌が産生する物質で,病的障害を引き起こすものを細菌毒素と呼ぶ。ある種の病原細菌では,強力な細菌毒素が存在することが証明されている。たとえば,ボツリヌス菌やジフテリア菌などである。これらの細菌毒素はタンパク質性の菌体外毒素であるが,このほかにリポ多糖体の菌体内毒素も存在している。

感染症のなかで,つぎつぎと感染が伝播するものを伝染病という。単発性の,破傷風菌による破傷風や化膿菌による敗血症などの感染症は,伝染病と呼ばない。伝染病菌は,いろいろな経路(感染経路)で感染を伝播する。伝染病の流行には,伝染病菌が一つの個体から次の個体へと移っていく逐次感染と,一つの感染源から短い期間に多数の個体が感染する共通経路感染とによるものがある。赤痢菌の感染は,本来逐次感染であるが,食品の赤痢菌汚染によって生じる共通経路感染もみられる。

ある種の病原細菌は,基本的にはヒトからヒトへの感染の伝播を起こさず,その細菌が食品を汚染し増殖した後に,ヒトに摂取されて感染症ないし中毒症を引き起こす場合がある。この種のものを細菌性食中毒と呼ぶ。伝染病と細菌性食中毒の違いは,感染成立のために必要とする菌数の違いにある。細菌性食中毒菌のほうが,より大量の菌数を必要とする。細菌性食中毒は,感染型食中毒と毒素型食中毒の二つのタイプに分けられる。感染型食中毒は,食品中および食品摂取後に腸管内で増殖した病原細菌が,大量に腸管壁に作用して引き起こされる。毒素型食中毒は,病原細菌が食品中で増殖する過程で産生した菌体外毒素によって引き起こされる。

ヒトの気道や消化管内に常在している通常は非病原性の細菌のある種のものは,ヒト側の細菌に対する抵抗力が衰えたときに感染症を引き起こす。これらの細菌を平素無害菌と呼び,この感染を日和見(ひよりみ)感染と呼ぶ。抵抗力の減少がみられるのは,癌などの基礎疾患が存在する場合や,抗生物質や免疫抑制剤などを長期間連用した場合などである。また一般に,化学療法剤を長期連用すると耐性菌が異常に増殖して,新たな感染症が生じる場合がある。この感染症を菌交代症と呼ぶ。日和見感染と菌交代症は同一のものではないが,内容的には重なり合う部分が多い。
感染 →細菌
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栄養・生化学辞典 「病原細菌」の解説

病原細菌

 病気の原因となる細菌.

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世界大百科事典(旧版)内の病原細菌の言及

【細菌】より

…酸性では通常,細菌は発育できない。
[病原菌]
 動植物に病気を引き起こす細菌を病原菌(病原細菌)と呼ぶ。動植物の体内に侵入した細菌が増殖をして,一定の細菌数に達すると,初めて病気が引き起こされる。…

※「病原細菌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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