(読み)ひ

精選版 日本国語大辞典 「皮」の意味・読み・例文・類語

ひ【皮】

〘名〙
② 「皮・肉・骨」と対比して、諸芸の風体を比喩的に表わす。
(イ) 書道で、柔らかな感じの書体をいう。
※愚秘抄(1314頃)鵜本「さてもある人の手跡の事をかき侍る物に〈略〉強きは骨、やさしきは皮、愛あるは肉なるべし」
(ロ) 能楽で、生来の素質に恵まれた者が、稽古習道をしぬいたうえで発揮される、安定して美しく完成された舞姿。
※至花道(1420)皮・肉・骨の事「抑、此芸態に、皮(ヒ)・肉・骨の在所をささば、〈略〉この品々を長じて、安く美しく極まる風姿を、皮(ヒ)とや申べき」

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デジタル大辞泉 「皮」の意味・読み・例文・類語

かわ〔かは〕【皮】

動植物の肉・身を包んでいる外側の膜。表皮。「みかんのをむく」「さめ」「魚のをはぐ」
物の表面にあって、中身を覆ったり包んだりしているもの。「饅頭まんじゅう
物事の表面にあって、本質を覆っているもの。「欲の」「化けのをはがす」
[下接語]厚皮甘皮粗皮薄皮うその皮うばうわ鬼皮帯皮辛皮唐皮くり黒皮渋皮しり白皮杉皮竹の皮つまつらの皮生皮化けの皮ばち腹の皮一皮糸瓜へちまの皮松皮的皮身の皮桃皮(がわ)裏皮黄皮毛皮さめ鹿しか敷皮わに
[類語]皮膚はだえ肌膚きふ地肌じはだ上皮うわかわ外皮がいひ表皮ひょうひスキン

ひ【皮】[漢字項目]

[音](漢) [訓]かわ
学習漢字]3年
〈ヒ〉
動植物の体表をおおう組織。かわ。「皮下皮革皮脂皮癬ひぜん皮肉皮膚果皮外皮牛皮桂皮けいひ原皮樹皮獣皮植皮真皮脱皮表皮面皮羊皮紙
うわべ。「皮相
〈かわ(がわ)〉「皮算用甘皮上皮毛皮渋皮生皮鰐皮わにがわ
[難読]秦皮とねりこ皮蛋ピータン檜皮ひわだ

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改訂新版 世界大百科事典 「皮」の意味・わかりやすい解説

皮/革 (かわ)
leather

動物からはいだ皮膚を皮といい,皮から毛を除き,なめしてえられる製品を〈なめし革〉〈革(かく)/(かわ)〉という。なめしていない生皮から革までを含めて皮革(ひかく)と総称する。毛皮は毛をつけたままなめしたもので,広義には皮革に含める。はじめは加工度の低い生皮に近いものが用いられたが,しだいに薬品でなめす方法が考案され,用途に応じた性質をもつ革が作られるようになった。ここでは天然の皮革について述べるが,代用として広く製造・利用されている〈合成皮革〉についてはその項目を参照されたい。

動物の皮の構造は,組織と性質が異なる表皮と真皮の2層からなり,さらに脂肪を多く含む皮下組織がついている。表皮層はケラチン質で薄いが,毛,汗腺,皮脂腺などは表皮系に属し,真皮中に陥入した形となっている。表皮層はなめし工程の前の脱毛処理で除かれる。真皮は皮の主体をなすもので,おもにコラーゲン繊維からなり,なめされて革となるのはこの部分である。真皮層はさらに乳頭層と網様層に区分され,その境はだいたい汗腺や毛根部を結ぶ仮想線とされている。乳頭層の上面は,革となったときの表面となるもので俗に〈ぎんめん(銀面)〉と呼ばれ,革の外観,品質に関係が深く,その凹凸模様は動物固有のものである。網様層は革の物理的強度に関係し,比較的太いコラーゲン繊維が縦横に交差している。
皮膚

たんに原皮ともいい,ウシ,ヒツジ,ヤギ,ウマ,ブタ,シカなどの哺乳類のほか,ワニ,トカゲなどの爬虫類が用いられるが,なかでも牛皮の使用量がひじょうに大きい。

 原料皮は,その大きさによりハイドhideとスキンskinに区別する。ハイドは大動物(ウシ,ウマなど)の皮で,アメリカ,カナダ規格では皮重量25ポンド(約11kg)以上のもの,スキンはそれ以下のもので,幼動物または小動物(子ウシ,ヒツジ,ブタなど)の皮をさす。ハイドはその使用目的によって原料皮,または革になったとき,サイドside(背線での半裁),ショルダーshoulder(肩部),バットbutt(背部),ベリーbelly(腹部)などに裁断されることがある(図)。

 動物からはいだままの生皮は腐敗しやすいので,ただちに乾燥(乾皮),塩づけ(塩蔵皮),塩づけののち乾燥(塩乾皮),防腐剤で処理後,乾燥(薬乾皮)などの方法で保存される(仕立て,キュアリング)。塩蔵皮が最も多く,成牛皮では飽和食塩水溶液に24時間浸漬(しんし)する方法(ブラインキュア)が行われている。また脱毛した皮を塩と硫酸の混合液につけたピックル皮(ヒツジ,ヤギに多い)や,近年ではクロムなめしまで行った未仕上げ革(ウェットブルー)が国際的に多くなる傾向にある。

製革の作業は準備工程,なめし工程,仕上工程に大別され,これらを含めて広義になめし(鞣)ということが多い。

(1)準備工程 原料皮から革として不要な成分や部分を除き,次のなめし工程につごうのよい状態に原料皮を調整する作業の総称である。通常〈水づけ〉によって原料皮を洗浄,塩分を溶出し,吸水軟化させ,〈フレッシング(裏打ち)〉で皮下組織を除き,〈石灰づけ〉でアルカリによる皮の膨潤を起こさせて,繊維束をほぐし,毛根をゆるめ,表皮層を分解,脂肪をケン化し,機械的に〈脱毛〉し,厚い皮では2層に〈分割〉して皮の厚さを調整する。ついで酸やアンモニウム塩で皮から石灰分を除き(〈脱灰〉),さらに〈ベーチング〉でタンパク分解酵素により,コラーゲン以外の不要タンパク質を除去する。

(2)なめし工程 なめし剤でコラーゲン繊維,組織を固定,安定化し,革としての基本的性質を付与する作業である。なめし剤は無機系ではクロム塩,アルミニウム塩,ジルコニウム塩,有機系では植物タンニン,合成タンニン(合成鞣剤(じゆうざい),シンタンともいう)などを単独または2種類以上併用したなめしが行われ,その種類は多いが,クロムなめしを基礎にしたものが最も一般的である。

(a)クロムなめし なめし期間が短く,経済性に優れる。準備工程の終わった皮を,酸と塩の混合溶液につける処理(〈ピックリング。浸酸ともいう〉)をした皮を,重クロム酸塩の硫酸酸性溶液にグルコース亜硫酸ガスなどを加えて還元した3価の塩基性硫酸クロム塩からなるなめし液につける。通常ドラム(太鼓を横にした形の回転する容器)やハイドプロセッサー(コンクリートミキサーと似た形の容器で,連続作業ができる)に皮となめし液を入れ,6~8時間回転し,24時間以内でなめしを終了する。この後,合成タンニン,植物タンニンによる〈再なめし〉を行うことが多い。

(b)植物タンニンなめし タンニンなめし,あるいは渋なめしともいい,その歴史は最も古い。植物タンニンは植物の樹皮,心材,葉,実などを温水抽出して得られるもので,なめしには普通数種のタンニン剤の混合溶液(合成タンニンも用いられる)が用いられる。濃度,酸性度を調節した液に皮をつける。皮の厚さ,用途により差があるが,薄く柔軟なもの(ぬめ革)では数日間,厚く硬いもの(底革,工業用ベルトなど)では数十日間処理してタンニン分を浸透結合させる。このとき繊維間への沈着も起こり充実性が与えられる。日本は植物タンニン,合成タンニンとも輸入にたよっている。

(c)油なめし 一般にはセーム革なめしのことをいう。皮を石灰づけして脱毛し,さらに多くの場合,ぎんめん層も除いて,脱灰,ベーチングした後,魚油(おもに鱈油(たらゆ))を浸み込ませ,乾燥,堆積をくりかえしてなめす。油が酸化してアルデヒド類が皮のコラーゲンに結合することによってできる。

(3)仕上工程 革の用途別によって,仕上工程の作業はかなり異なるが,クロム革では〈染色〉(靴甲革,ハンドバッグ,衣料用革など),〈加脂〉(乳化状あるいは油状で油剤を施して革に柔軟性を与える),〈水絞り〉(水分の除去),〈伸し〉(しわをとり,表面を平滑にする),〈乾燥〉(乾燥室内で革をつり下げる方法,金網に張る方法,ガラス板またはホウロウ鉄板に張る方法,真空乾燥機による方法,高周波乾燥機による方法)などが主要である。さらに甲革や衣料革などの薄い革は〈シェービング〉により革の裏面を削って厚さを整え,〈ステーキング〉により機械的にもんで柔らかくする。表面に顔料や光沢剤などからなる仕上剤を塗布し,摩擦して仕上げる。靴底革のような硬い革は,機械的に強く加圧するなど,それぞれの用途に応じた性質の革に仕上げられる。

革は一般に多孔性で保温性,吸・放湿性,通気性,吸・遮音性に優れているが,原料皮,なめし,仕上げの種類により,性質の異なる製品革が用途別にえられる。一般に大動物または同種の動物でも,その皮は年齢に伴って厚く粗剛になる。原料皮によるおもな分類を表1に示す。

 代表的ななめし革の特色をみると,クロムなめし革は耐熱性,染色性,柔軟性,弾力性,抗張力に優れ,用途は靴甲革,ハンドバッグ,かばん,衣料,手袋,ベルト,運動用具などほとんどあらゆる革製品にわたる。植物タンニンなめし革は耐熱性に劣るが,磨滅に強く,成型性がよい。靴底革,馬具,かばん,ベルト,革手芸などに用いられる。油なめし革(セーム革など)はひじょうに柔軟で,吸水,吸油性が大で,洗濯が可能である。レンズ磨き,ガソリンのろ過などに用いられる。その他,なめし剤,なめし方法により,その性質は多岐にわたる。用途別の革材料の規格が,国際的にきめられ,日本でも工業規格(JIS)があるが,まだ十分なものとはいえない。また,なめし方法や仕上方法によって,表2のような名称の製品革があげられる。

皮のコラーゲンを加熱して,ゼラチン,にかわを古くから製造しているが,コラーゲンを加熱せず分散または酵素処理して可溶化し,繊維を再生させてフィルムや糸(ソーセージケーシング,手術糸,人工皮膚)としたり,化粧品材料とする方法が開発されている。またくず革を繊維状にほぐして,レザーボード,再生皮革の基布,吸・遮音材などに利用されている。
執筆者:

革は一般に長期間放置すると繊維が膠着(こうちやく)して硬くなる傾向がある。革の柔らかさを保つには,保革油(ワックス系のペーストまたは乳化液)をすり込む。革手袋などで水にぬれた革を乾かすときは,常温で陰干しを原則とする。乾かす途中でもんだり,油脂の乳化液などをすり込んでもみながら乾かすと硬くなりにくい。

 革製品の表面に付着した汚れは,乾いた柔らかい布またはブラシで傷をつけぬようにこすり落とす。汚れの強さに応じて水,ぬるま湯,うすめた中性洗剤水溶液に浸して固く絞った布で注意深くぬぐう。ハンドバッグなどの汚れはシリコーン乳液(ピアノふきなどに用いるもの)や静電防止剤を薄く塗ってから布でふき取ると落ちやすく,その後汚れがつきにくい。ガムなどの合成樹脂系の汚れでもベンジンなどの有機溶剤の使用は避け,布でこすり落とすのを原則とする。ごく局部的な汚れ,粘着性の汚れはプラスチック製消しゴムでこすり落とすと効果がある。市販の革のクリーナー(チューブ入り)は靴用のものが多いので,ハンドバッグなどに用いるときは,まず目だたぬ部分でテストして仕上塗装に損傷が起きないことを確かめてから使う。

 表面を起毛させた革(ヌバック,ベロア,スエードなど)も前記に準ずるが,繊維の流れの方向に合わせてこすること,起毛を損なわぬように注意すること(とくにスエードの繊維は切れて落ちやすい)。汚れが固まって黒光りしている場合は,細いサンドペーパーでこすって落とすとともに起毛させる。

 革製品にカビが発生するのは,過剰の湿気と汚れが原因であるから,上記のようによく汚れをとり除いてから,湿気が比較的少なく,高温にならない場所に保管する。汚れとりの最後に前記のようなシリコーン乳化液や静電防止剤を薄く塗って乾かすとカビ防止にも効果がある。
執筆者:

皮なめしの歴史は遠く有史以前にさかのぼり,インド,中国,バビロニアなど古代文化を有する民族では,植物タンニンなめし,油なめし,ミョウバンなめしが知られていた。古代エジプトでは3000年以上前に,すでに革や毛皮の利用が盛んであったことが,古墳墓中に発見された容器,衣料,手袋,ふいご,サンダルなど(植物タンニンなめし)や壁画などから明らかである。これらの技術は,ヨーロッパ,アジア,北アメリカなど世界各地に伝えられ,中世に至ってなめし革の生産は増大し,その用途も武具,衣料,履物のほか,家具,日用品にまで広がった。18世紀の産業革命で皮なめし技術も科学的になり,19世紀に至って,製革機械の改良とクロムなめしの発明によって近代化され,現在の皮革産業の基礎が築かれた。クロムなめしは,1858年ナップFriedrich Knappの特許にはじまり,シュルツAugustus Schultzが1884年皮を重クロム酸塩の酸性溶液に浸し,ついでチオ硫酸塩の還元液に浸す二浴法によって実用化され,さらに1893年,デニスMartin Dennisがこれを改善し,はじめから還元クロム塩(3価のクロム)による一浴法を考案した。現在ではこれが研究改良されて,なめし法のほとんどがクロムなめしとなった。

 日本の皮なめしの歴史も古く,高麗(こま)(朝鮮)より,493年(仁賢6)革工を招いたとある。技術が進み,広く普及したのは奈良時代で,正倉院御物中には履(くつ),紺玉帯(こんぎよくたい),鼓面(こめん),馬具,鞆(とも),漆皮箱(しつぴばこ)など優れた革製品が保存よく残されている。平安時代に入ると,貴族が調度品として用いるようになったが,後期から戦乱時代が続き,主として武具の製作に用いられた。江戸時代に入って太平の世となり袋物,タバコ入れなど精巧なものが作られるようになった。しかしその一方で,皮なめし業者は,あとにも述べるように,種々の差別をしいられてきた。明治維新後,軍隊の洋式化が進み,多量の革製品が必要となった。最初の近代なめし技術の導入は,1869年(明治2)陸奥宗光によって,ドイツより技術者を招いて和歌山に製革伝習所を開設したのが始まりである。その後は急速に技術が進歩し,主として軍用品としての需要が増大し,皮革産業の発展をみるに至った。日本を代表する独特のなめし法に姫路革(姫路白靼(ひめじはくたん),古志靼(こしたん)ともいう)の白なめしと甲州印伝革(いんでんがわ)の脳漿(のうしよう)なめしがある。

 現在,世界の製革業はドイツ,フランス,イギリス,北ヨーロッパ,アメリカの先進国が衰退し,イタリア,スペインが盛んであるが,しだいに中南米,東南アジアなどの開発途上国に移りつつある。日本では関西地区の生産量がひじょうに大きい。大部分が中小企業だが,近代化が進められつつある。原料皮の海外依存度は豚皮を除いてひじょうに大きく,1995年における原料皮の輸入量は15.9万tで牛皮はその90%を占め,総額450億円である。おもな輸入先は,牛皮はアメリカ,オーストラリア,馬皮はカナダ,アメリカ,アルゼンチン,羊皮はオーストラリア,アメリカなどである。1995年のなめし革の生産量は12.6万t,販売額は890億円で,クロム甲革,ぬめ革,牛底革などがある。革靴の生産量は4900万足で,販売額は3170億円である(通産省雑貨統計)。近年廃水規制がきびしくなり,公害対策,省力化などがきびしく,その対応がせまられている。
合成皮革
執筆者:

獣類の皮革は古くから衣類・武具などに用いられ,時代が下るにつれてその用途も多岐にわたるようになった。皮革生産の技術は中国・朝鮮から早くに伝来していたようで,《日本書紀》仁賢6年是歳条に,高麗から帰国した日鷹吉士(きじ)が工匠(てひと)の須流枳(するき)・奴流枳(ぬるき)らを献上したことを記して〈今,倭国の山辺郡の額田邑の熟皮高麗(かわおしこま)は,是れ其の後(のち)(子孫)なり〉と述べているのが,日本におけるなめし革生産にかんする文献上の初見とみられる。律令制のもとでは,〈かわおし・おしかわ〉に堪能な熟練工が官衙(かんが)や寺院に付属する工房で革工として作業に従事し,靴履・鞍(くら)・吹革(ふきがわ)(鍛冶に用いるふいご)なども製造していたが,その多くは朝鮮からの渡来人,ならびにそれの系譜に立つ人々であったと推察され,身分制度上は良民(一般民)より下位,賤民(せんみん)より上位に置かれて品部(しなべ)に編入されていた。生産した皮革は,馬皮・牛皮・鹿皮・熊皮などで,皮革の表面に模様の型をあておいて松葉(またはわら)の煙でいぶし,型の部分を生地色のままに残した燻革(ふすべがわ)や,紫革・緋革・纈革(しぼりがわ)・画革・白革などの染革(そめがわ)も作られた。

 荘園制のもとでは,従来の官営工房から流出した技術者たちがその技能をもって荘園領主に抱えられたり,技能を受けついだ河原者たちが斃牛馬(たおれぎゆうば)の解体処理を生業の一環としたりして,皮革生産が行われ,高まる需要に応じていた。また,皮革の直接生産者から製品を集め,それを用途に応じて適当に裁断したものを商う切革(きりかわ)(切皮)職人の同業組織である切革座(きりかわのざ)も12世紀なかばの京都で出現し,後世の皮屋・切革屋の源流をなした。皮革の直接生産者は,狩猟民・山人を含めて多様であったとみられるが,その主たる部分は賤民的存在の人々で,社会的地位はきわめて低かったと推察される。ただし,なめし革を直接生産者から収集し,これを商った皮屋・切革屋も同様であったとみるのは早計であり,今後の研究にまつべき点が多い。ちなみに,千利休や今井宗久・津田宗及らの著名な茶人の師匠であった武野紹鷗(たけのじようおう)も,和泉堺(現,大阪府堺市)の〈皮屋〉の子息であった。

 皮革の需要は戦国時代に急速に高まったが,各地の戦国大名は競って熟練工の確保に努め,彼らに特権(職業と販路の独占)を付与することと引替えに,城下町の周縁地域に緊縛して身分・職業・居住地ともに一般民と隔離する政策をとった。彼らは〈かわた〉と通称されたが,その呼称に〈皮田,革田,皮多,皮太〉の漢字が充てられたのは,彼らが主として従事した皮革生産に発している。この方針は江戸時代にも堅持され,〈かわた〉は〈えた〉の別称にもなった。1808年(文化5)に伊予(愛媛県)の大洲藩において〈えた〉身分の7歳以上の男女が胸に5寸4分角の〈毛皮〉を付け,戸口には〈毛皮〉をつるすよう命じられた例は,〈皮革〉と〈えた〉とが直結され,被差別部落民であることを明示させられた過酷な事例である。皮革の生産が賤民とされた人々によって主担された封建社会での慣習は,明治維新直後にも持ちこされたが,1871年(明治4)の〈身分解放令〉が〈えた,非人〉の呼称の廃止をうたうとともに,旧来の特権を広く一般の資本家に開放する道をひらいたため,それ以降は,いわゆる被差別部落の専業としての性格はしだいに薄れていった。

 皮革と日本人の生活文化とのかかわりは,長い歴史をもつ。武具では靫(うつぼ)・鎧など,衣類では皮衣・革袴(かわばかま)・皮足袋(かわたび)など,家具では革座蒲団・皮櫃(かわびつ)・皮籠(かわご)など,文房具では革文箱(かわふばこ)(革文庫)など,楽器では太鼓や鼓などが用いられた。また,皮革を行商した人々のことを室町時代には〈かわかおう,かわおう〉と称して,和歌に詠まれたり,夜明け,夕暮どきをさす〈彼誰時(かわたれどき)〉の同義語として〈皮買時(かわかおうどき)〉の語が普及したりもした。皮革には,呪術的・宗教的な意味も深く,シカの毛皮の衣を着た聖(ひじり)たちは平安時代より〈皮聖(革聖)(かわのひじり)〉と呼ばれ,シカの角を付した長いつえを手にして民間を布教し歩いたし,修験道の山伏たちも毛皮を腰に付して山野を修行してまわった。僧侶や法体の法皇・諸門跡(もんぜき)・参議以上の公家たちが宮中に参内のとき着用した礼服に裘代(きゆうたい)というのがあったが,これは〈かわしろ〉とも称し,〈裘〉すなわち皮衣に代わる服の意であった。
執筆者:

農耕と並んで牧畜が盛んに営まれたヨーロッパ世界では,皮革製品は早くからさまざまな用途に用いられていた。皮は衣服や各種の道具の素材となっており,すでにカール大帝の御料地令に,獣皮で作られた皮袋の言及がある(68条)。10世紀のザンクト・ガレン修道院の見取図には皮なめし工,鞍造り,楯造りなどの工房が示されている。また11世紀の作品《ルオドリープ》にも皮製の鞍が登場している。中世初期においては皮革製造業は皮なめしと加工を同時に行っており,のちになって皮なめし業とその他の皮革製造業とが分化するにいたった。皮なめし業はミョウバンを使う白皮なめし業とカシワの樹皮の粉末を使う赤皮なめし業とに分かれ,前者はすでに1257年に南ドイツのレーゲンスブルクで言及され,ニュルンベルクでも彼らが定住した街区の名称がのこっている。赤皮なめし業もケルンでは今日も街区名のなかにのこっている。時とともに皮なめし業と加工業ははっきり区別されていったが,北ドイツでは外国からすでになめされた革が輸入され,また屋だけがみずから皮をなめす権利をもっていたために皮なめし業と靴屋の間に争いが絶えなかった。やがて加工業のなかでも馬具師がまず14世紀に都市内でツンフト(ギルド)を構成しはじめる。馬具師は鞍や革紐だけでなく,楯なども作っていた。これらの皮革製造業は,武具生産と深いかかわりがあったから手工業者の間でも高い地位についていた。革紐製造業も本来は金具をつけた剣帯製造を行っていたが,やがて袋物製造業などと一つのツンフトを構成するようになる。14世紀にイタリア,フランスを経由して衣服に新しい流行が入ってくると袋物製造業は新しい刺激を受け,さまざまな形の革袋がつくられていった。

 14世紀にいたるまで文書や手紙の主たる材料であった羊皮紙は,はじめ修道院内部で製造されていた。羊皮紙は,エジプトのパピルスが文書の材料として主たる地位を占めていた前4世紀にアナトリアのペルガモンで製造された。8世紀ごろになるとドイツでも用いられるようになるが,それらは子牛や牡牛の皮を中心とするもので,のちにはヤギ,ロバ,ブタの皮も装丁に用いた。14世紀には紙の普及とともに羊皮紙は衰退しはじめ,印刷術の発明とともに消滅してゆく。
執筆者:

未開社会では,皮は部分的にペニスケースや帯に使われることがある。大きな一枚皮は,肩を包むケープ式のコートやポンチョ式の上衣として,アフリカや南アメリカでは使われている。有名なものにアフリカの豹(ひよう)皮のケープがある。ヌエル族ではこのケープを身につけているものは豹皮の酋長(しゆうちよう)と呼ばれ,争いを調停する聖なる宗教上のリーダーとして敬われている。一枚皮を衣服として常用している例としては,南アメリカ南端のフエゴ島のオナ族があげられる。彼らは南極に近い寒帯に住むが,裸の上にグアナコの毛皮を,肩から全身を包むように覆うだけで生活している。植物性の布に比べ保温性の高い皮は,極北においてとくに重用されており,獣の腱を裂いて作った糸と長い骨製の針を使って,体に密着した服が作られる。まず皮は,石・骨・金属製の皮そぎ器を使って獲物からはがされ,次に皮を柔らかく保つためのくふう,つまりなめしが行われる。民族によって独自の方法があるが,最も原始的な方法は,エスキモーのように人間の歯でかむものである。原皮を打ったり浸したりして柔軟性を与える。また,防水性をもたせるためさまざまなくふうがなされる。尿や動物の脂肪,脳髄を使ったり,煙を通す方法などがあるが,最も完全な方法は,種々の植物からとれるタンニン酸の水溶液につけるやり方である。

 皮が利用される動物は,ウシ,ブタ,ウマ,ヒツジのほか,北アメリカ・インディアンではシカ,アメリカ中央部平原インディアンではバッファロー,南アメリカではアルパカ,エスキモーやラップランドではトナカイやアザラシなどさまざまである。ワニ,トカゲ,ヘビなどの爬虫類の皮も利用される。またわずかではあるが,樺太アイヌやシベリアのニブヒ(ギリヤーク)など北方民族では,サケ,コイなどの魚皮で衣服が作られていた。かつてアイヌではサケの皮を用いて靴(チェプケリ)を作った。皮を最も華麗に用いているのはシベリアの民族であろう。上衣,スカート,被物,靴,胸飾,帯などに広く装飾的に使っている。皮の染め技術が発達していて,染めた皮と染めない皮をじょうずに配合し,白いトナカイの毛で縁取りをして,さらに色糸で刺繡をしたり,ビーズやボタンを縫いつけるのである。とくにナナイ族の皮製品はその美しさで知られている。衣料以外の皮の使用方法としては,種々の皮袋や敷物,テントなどが挙げられるが,見のがすことのできないものに皮舟がある。皮舟の歴史は古く,メソポタミアの昔から見いだせる。現代の皮舟は,そりと並んで北方民族の代表的物質文化である。エスキモーの皮舟は,弾力のある木の枠にアザラシやセイウチの皮を張ったもので,1人乗りのカヤックと,覆いのない数人乗りのウミヤックとがある。大平原のインディアンはバッファローの生皮を張った牛舟を使う。南アメリカにもペロタpelotaと呼ばれる牛舟がある。
執筆者:


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「皮」の意味・わかりやすい解説


かわ

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【レザー】より

…戦前から,皮革の代替品として織編布にニトロセルロースなどを塗布したものを,擬革,またはイミテーションレザーimitation leatherと呼び,略してレザーもしくはレザークロスと呼んでいたが,現在このような製品は市場に見当たらない。ポリ塩化ビニル樹脂塗料を塗布,またはこの樹脂膜をはり合わせた塩ビレザーまたはビニルレザーと呼ばれるものがあるが,これを単にレザーと呼ぶことは少なく,レザーといえばむしろ本来の意味の革をいうことが多い。…

【革細工】より

…動物の皮は表皮と真皮からなり,革細工に使われるのはその真皮層である。真皮はなめしの工程を経ると革と呼ばれる。皮の種類となめし法によって多種多様の条件と可能性をもつ革が作られる((革))。すなわち真皮層はタンパク質の一種であるコラーゲンを主体とし,束状の繊維が入り組んで網状の構造となっているが,各種のなめし剤は繊維とその間隙に浸透して,それにより硬い,柔らかいなど種々の状態をもつ革を得ることができる。…

【毛皮】より

…哺乳類の皮膚をはいで,毛をつけたままなめしたものを毛皮(けがわ∥もうひ)という。これに対して毛を除く処理をしてなめしたものを革(かわ)という。毛皮は古くから優れた防寒衣料として用いられ,またその希少価値から高価な装飾品として取り扱われるが,毛皮動物の養殖の成功と加工技術の進歩によって大衆化されてきた。
[原料毛皮]
 動物の毛は表皮が変化して角質化したもので,その主成分はケラチンというタンパク質である。…

【染韋(染革)】より

…皮革工芸の一種。韋はウシ,ウマ,シカ,サルなどのかわを柔らかくなめした〈なめしがわ(鞣韋)〉のことで,トラ,クマ,イノシシなどの毛のある生皮を意味する〈皮〉,毛を取りあぶらを抜いて堅くした〈つくりがわ(理革)〉を意味する〈革〉とは区別される。染色するには主として〈韋〉を用い,なかでもシカの韋が多く,文様を染めるには,文様を切り抜いた型紙を当てて染料を引く。文様をあらわした染韋を〈絵韋(革)(えがわ)〉ともいう。…

※「皮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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