相李田次万呂(読み)しょうりのたつぎまろ

朝日日本歴史人物事典 「相李田次万呂」の解説

相李田次万呂

生年生没年不詳
奈良時代仏工,画工。『正倉院文書』によれば,天平勝宝4(752)年に三論宗第三厨子の彩色を行い,天平宝字4(760)年には安勅嶋足,田辺国持らと共に丈六観音像の造立に従ったことが知られる。また,『七大寺巡礼私記』に東大寺金堂の塑造四天王像の作者と記される「妙匠李田次万呂」は同一人物とみなされ,伎楽面作者の相(将)李魚成とも同族と思われる。

(浅井和春)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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