知里真志保(読み)チリマシホ

デジタル大辞泉 「知里真志保」の意味・読み・例文・類語

ちり‐ましほ【知里真志保】

[1909~1961]言語学者北海道の生まれ。北大教授。アイヌ民族出身の学者として、アイヌ民族の言語を中心に神話・伝説・信仰習俗などを広く研究。著「分類アイヌ語辞典」など。

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精選版 日本国語大辞典 「知里真志保」の意味・読み・例文・類語

ちり‐ましほ【知里真志保】

言語学者。北海道の生まれ。北海道大学教授。アイヌ民族出身の学者として、アイヌ民族の言語を中心に神話・伝説・信仰・習俗などを広く研究した。著書に「分類アイヌ語辞典」など。明治四二~昭和三五年(一九〇九‐六〇

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「知里真志保」の意味・わかりやすい解説

知里真志保
ちりましほ
(1909―1961)

言語学者。明治42年2月24日、北海道登別(のぼりべつ)のアイヌ首長(しゅちょう)の家柄の二男に生まれる。『アイヌ神謡集』の著者、知里幸恵(ゆきえ)の弟。室蘭(むろらん)中学時代から俊秀で聞こえ、金田一京助の世話で上京、東京帝国大学文学部言語学科に学んだが、その卒業論文であった『アイヌ語法概説』は、現在もアイヌ語を学ぶ人々に読まれている好著である。彼は自らを言語学者であるより民族学者であるとし、アイヌ語をアイヌ同族の生活意識のなかから研究することを目的としていた。まず樺太(からふと)(サハリン)に職を求めてカラフトアイヌ語を調べ、北海道に戻ってからも広く道内の同族から、方言上の差異を考えた採録を繰り返した。彼がつくり始めた『分類アイヌ語辞典』は、各分野における数多くの語彙(ごい)について、ことばをより細かい成分に分析してその元来の意義を解明しただけでなく、ことばの採録の場所、そのことばが使われた生活の背景、用途が詳述され、師金田一京助も世界の辞典中比較するものがないと驚嘆したが、不幸にして「植物篇(へん)」「人間篇」で中断した。その他の数多い諸著とともにアイヌ学上の不朽の仕事を残した。文学博士、北海道大学教授。昭和36年6月10日没。

[山田秀三 2018年10月19日]

『『知里真志保著作集』4巻・別巻2(1973~1976・平凡社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「知里真志保」の意味・わかりやすい解説

知里真志保 (ちりましほ)
生没年:1909-61(明治42-昭和36)

アイヌ民族出身の言語学者,民俗学者。アイヌの叙事詩ユーカラの伝承者として有名な金成(かんなり)マツをおばとし,《アイヌ神謡集》(1923)の知里幸恵(ゆきえ)を姉として,現在の北海道登別市に生まれた。金田一(きんだいち)京助文法を出発点としながら独自のアイヌ語文法体系を構築し,またJ.バチェラーや永田方正など先人のアイヌ語,地名研究を鋭く批判した。その《分類アイヌ語辞典》(〈植物篇〉1953,〈人間篇〉1954,〈動物篇〉1963)は,アイヌ文化研究者にとって必携の書となっている。その他アイヌ民族の言語,習俗,フォークロアについて広範な研究活動を行い,1958年北海道大学文学部教授となるが,アイヌ人としての強烈な自意識を終生変わらず保ち続けた。上記のほか《アイヌ語法概説》(1936,金田一と共著),《アイヌ民譚集》(1937),《アイヌ語法研究》(1942),《ユーカラの人々とその生活》(1953,54),《アイヌ語入門》(1956),《地名アイヌ語小辞典》(1956)などの著作がある。
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百科事典マイペディア 「知里真志保」の意味・わかりやすい解説

知里真志保【ちりましほ】

アイヌ民族出身の言語学者・民俗学者。ユーカラ伝承者金成(かんなり)マツを伯母に,《アイヌ神謡集》の知里幸恵(ゆきえ)を姉に,現在の北海道登別市に生まれる。1937年東京帝大言語学科卒。金田一京助のもとでアイヌ語を研究,在学中に金田一と共著で《アイヌ語法概説》を著したが,その後《アイヌ語法研究》で独自の文法論を展開。《アイヌ語入門》ではJ.バチェラーや永田方正など,先人のアイヌ語・アイヌ語地名研究を痛烈に批判した。1958年北海道大学文学部教授となるが,不当な差別と抑圧のうえに民族の誇りさえ奪われようとしていることへの抵抗と,アイヌ民族としてのアイデンティティを取り戻そうとする強い意志が,常に研究の根底にあった。《分類アイヌ語辞典》植物篇・人間篇・動物篇は,アイヌ文化研究の必携書。ほかに《アイヌ民譚集》などがある。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「知里真志保」の意味・わかりやすい解説

知里真志保
ちりましほ

[生]1909.2.24. 幌別
[没]1961.6.9. 札幌
アイヌ語学者。アイヌ民族の名家の出身。東京帝国大学言語学科で金田一京助に師事。 1940~43年樺太 (サハリン) の豊原高等女学校で教育にあたる一方,樺太アイヌ語の調査を行う。以後独自の研究を進め,アイヌ語学の水準を著しく高めた。語源研究,地名解釈に力を入れ,特に地名研究では先人の誤りを鋭く批判した。『アイヌ語法研究-樺太方言を中心として』で 54年に文学博士。 58年北海道大学教授。『分類アイヌ語辞典』第1巻植物編 (1953) ,第3巻人間編 (54) で,55年朝日文化賞受賞。当初全 11巻の予定で,第2巻動物編を準備中に急逝。第2巻は渋沢敬三らの尽力により没後 62年に出版された。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「知里真志保」の解説

知里真志保
ちりましほ

1909.2.24~61.6.9

昭和期のアイヌ出身の言語学者・民俗学者。北海道登別出身。東大で言語学を学び,金田一京助に提出した卒業論文の「アイヌ語法概説」は岩波書店から出版された。樺太庁立豊原女学校教諭をへて,1958年(昭和33)北海道大学教授。文学博士。アイヌ語学を核にすえたアイヌ文化研究を確立。主著に「アイヌ語入門」「分類アイヌ語辞典」などがあり,これらは「知里真志保著作集」としてまとめられた。金成(かんなり)マツは母方の伯母,知里幸恵(ゆきえ)は姉。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「知里真志保」の解説

知里真志保 ちり-ましほ

1909-1961 昭和時代の言語学者。
明治42年2月24日生まれ。知里ナミの次男。知里幸恵(ゆきえ),高央(たかなか)の弟。中学生のときから金田一(きんだいち)京助の指導をうけ,アイヌ語研究に専念。北海道全域のアイヌの言語,宗教,風俗などをしらべ,「分類アイヌ語辞典」(朝日文化賞)を出版した。昭和33年北大教授。昭和36年6月9日死去。52歳。北海道出身。東京帝大卒。

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世界大百科事典(旧版)内の知里真志保の言及

【アイヌ語】より

…【藤島 高志】 その後永田方正(1838‐1911),B.ピウスーツキJ.バチェラーらの研究が見られたが,現代アイヌ語学の基礎を作り上げたのは金田一京助であり,その《アイヌユーカラ語法摘要》(1931)は,以後のアイヌ語研究の出発点となっている。その金田一の影響を受けて研究を始めた知里真志保は,《摘要》を下敷きに《アイヌ語法概説》(1936。金田一と共著)を著したが,その後《アイヌ語法研究》(1942)で独自の文法論を展開し,また地名研究や民俗語彙の採集に力を注いだ。…

※「知里真志保」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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