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舞踊家。本名忠純。秋田に生まれる。日本における洋舞の先覚者。1911年創設の帝国劇場歌劇部第1期生。イタリア人G.V.ローシーからダンス・クラシック(古典バレエの基礎),H.ベルクマイスター,三浦環から音楽を学び,石井林郎の名で帝劇オペラに出演した。16年ヨーロッパから帰国していた小山内薫,山田耕筰の〈新劇場〉に参加,石井漠の名で〈舞踊詩〉を発表した。17年,浅草オペラ旗揚げに尽力,大衆向けの喜歌劇を日本館で伊庭孝らと上演した。22年から26年まで義妹小浪を同伴し欧米を巡演,ダルクローズ,ダンカンらのフリーダンスに啓発され,彼独自の創作舞踊を披露し現代舞踊の発展につとめた。28年東京の自由が丘に石井漠舞踊研究所を設立,石井みどりほか多数の門下生を育て,眼を患いながらも数多くの作品を残した。代表作に《山を登る》(1932),《人間釈迦》(1953)など。
執筆者:桜井 勤
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舞踊家。本名忠純。秋田県生まれ。1911年(明治44)帝国劇場歌劇部1期生となり、G・V・ローシーについて古典バレエを学ぶ。15年(大正4)に独立、小山内薫(おさないかおる)、山田耕筰(こうさく)の支援のもとに舞踊詩『物語』『日記の一頁(ページ)』を発表。宝塚少女歌劇の洋舞教師を経て、浅草日本館で浅草オペラの旗揚げ公演を行った。22年から4年間、義妹石井小浪(こなみ)と欧米各地を公演。帰国後は、崔承喜(さいしょうき/チェスンヒ)、石井みどりら多くの後進を育成し、創作舞踊の発展に努めた。代表作『人間釈迦(しゃか)』は、53年(昭和28)芸術選奨文部大臣賞を受賞。著書に『舞踊ざんまい』(1947)などがある。
[市川 雅]
敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...
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