神仙思想(読み)シンセンシソウ

デジタル大辞泉 「神仙思想」の意味・読み・例文・類語

しんせん‐しそう〔‐シサウ〕【神仙思想】

古代中国で、人の命の永遠であることを神人仙人に託して希求した思想。不老不死の仙人・神人の住む海上の異界や山中の異境に楽園を見いだし、多くの神仙たちを信仰し、また、神仙にいたるための実践を求めようとした。道教思想の基礎となり、また、民間の説話・神話の源泉となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「神仙思想」の意味・わかりやすい解説

神仙思想
しんせんしそう

中国の周(しゅう)の末ごろ(前3世紀前後)に、燕(えん)(河北省)や斉(せい)(山東省)の方(術)士たちが説いたもので、僊人(せんにん)(仙人)にあこがれて現世を超越し、不老不死の薬を得て天地とともに終始し、空を飛ぶなど自己の思うがままの行動や生活の実現を願う思想をいう。僊人とは、昇天する人のことをいうのであるが、名山との関係も深くて、仙人とも書かれる。

[宮澤正順 2018年5月21日]

神仙思想の由来

『史記』(始皇本紀(ほんぎ)、封禅書(ほうぜんしょ)、天官書)に、斉の北東の海浜で行われた八神を祀(まつ)る巫祝(ふしゅく)の信仰や登州(山東半島最北端)の海市(かいし)(蜃気楼(しんきろう))のことが記されていて、渤海(ぼっかい)湾には人間の住む世界とは異なった仙境が想像されたらしい。また、斉の宣王のころに鄒衍(すうえん)が、陰陽消長五行転移の理論、および中国の外に9倍の未知の世界があるという大九州説(地理説)を考え出したことなども、神仙伝説を助長した。『史記』によると、三神山とは蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)であり、風波が荒く近づきにくい所である。そこには仙人が住み、不死の薬がある。そこの物はみな白く、宮殿は黄金や銀でつくられている。燕の昭王や斉の威王、宣王や秦(しん)の始皇帝や漢の武帝は、とくにそれに心をひかれたらしい。始皇帝は、徐(じょふつ)(徐福)らの方士に童男童女数千人を伴わせて蓬莱山へ不死の薬を求めに行かせた。漢の武帝は、李少君(りしょうくん)の言に従って竈(かまど)を祀り、鬼神を信じ、丹砂(たんしゃ)(硫化水銀)その他の薬剤によって黄金の飲食器をつくって長生を図り、蓬莱の仙人に会って不死の薬を得ようとした。

[宮澤正順 2018年5月21日]

仙境・仙人伝説成立の背景

三神山のような仙境および人間と神との中間的存在である仙人が考え出された背景には、『史記』よりも古い『荘子(そうじ)』逍遙遊篇(しょうようゆうへん)の藐姑射之山(はこやのやま)神人の記録とか、『列子』黄帝篇のユートピア華胥氏之国(かしょしのくに)の物語とか、『楚辞(そじ)』9章篇の屈原天界遊行の歌謡などが注目される。『荘子』には、藐(はるかとお)い姑射の山に処女のように淖約(しゃくやく)とした神人がおり、五穀を食せず、雲気や竜に乗って四海の外に遊ぶ、とある。神人は、神通力を獲得して、融通無礙(むげ)の世界に遊ぶ者である。宇宙の精神と合一したこのような人物は、真人、至人などともよばれる。『列子』には、政治に心身を労した黄帝が夢のなかでみた華胥氏之国は、国王もいないのによく治まり、人民は水に入ってもおぼれないし、火にも焼けず、雲気に乗じて空中を飛ぶ、と記されている。また『楚辞』では、失意の屈原が、天界に昇り、西方の想像の山崑崙(こんろん)に至り、玉英(ぎょくえい)(宝石)を食べて天地と寿を同じくし、日月と光を等しくしよう、と歌っている。なお『列子』の湯問(とうもん)篇には、渤海の東、幾万里もの遠くに、岱輿(たいよ)、員嶠(いんきょう)、方壺(ほうこ)(方丈)、瀛州、蓬莱の五山があり、そこには、不死の食べ物があり、不老不死の仙人が空を飛んでその間を往来している、とある。『史記』の孝武本紀には、武帝が中国の五岳を祷祠(とうし)した記録があり、後漢(ごかん)になると、崑崙山には西王母(せいおうぼ)という仙女が住むという伝説が成立する。これらのことは、渤海方面に発生した三神山の神仙思想が、中国の内部にだんだんと広がっていったことを示す例とも、あるいは、仙人や仙境が早くから中国の各地にあったことを示す例とも考えられている。

[宮澤正順 2018年5月21日]

神仙思想と道教

神仙を愛好した漢の武帝も、董仲舒(とうちゅうじょ)の進言をいれて儒教中心の政治を行うようになって、道家神仙の徒は、高祖劉邦(りゅうほう)の孫で武帝の諸父淮南(わいなん)王劉安(りゅうあん)のもとに集まった。そこで撰述(せんじゅつ)された書物は、淮南王が討伐されたときに亡逸したが、葛洪(かっこう)作の『抱朴子(ほうぼくし)』の内篇に引かれている『八公黄白経』『枕中(ちんちゅう)黄白経』『鴻宝(こうほう)経』『鄒生延命(すうせいえんめい)経』などがそれと関係があるらしい。後漢末には、国政も乱れて、儒教にかわって老荘思想が盛んになった。原始道教教団とよばれる張陵五斗米道(ごとべいどう)や、干吉(かんきつ)と張角の太平道などもおこった。神仙説を取り入れたこれらの教団は、老子を尊び、符水(御札(おふだ)と神に供えた水)と鬼道による治病を主とする教法によって多くの民衆を集めた。その後、張陵の孫魯(ろ)に至って魏(ぎ)の曹操(そうそう)と和解し、権力と妥協して天師道として広まった。『抱朴子』のなかに『甲乙(こういつ)経』『太平経』『天師神器経』『鶴鳴(かくめい)記』と記されている経巻は、これらの教法に関係があるものであろう。これらのことから、西晋(せいしん)の葛洪が神仙思想の集大成者といわれるのも当然である。彼の『抱朴子』内篇には、仙を求める人は、忠孝和順仁信を本として、善行を積んで身中の三尸虫(さんしちゅう)や竈(かまど)の神が罪を天帝に報告しないようにすることのほか、胎息(たいそく)(呼吸法)、房中(ぼうちゅう)(保精術)、服薬のことなどが説かれている。葛洪は、動植物のなかから、鶴や亀や菌(きのこ)などを、長生に役だつものとして紹介している。しかし、丹砂を材料とした錬金術によって還丹金液(せんたんきんえき)の大薬が完成すれば、他の薬物や仙術を用いないでも昇天できるとする。彼は、仙人についても、白日昇天する天仙や、地上の名山に遊ぶ地仙や、死後に仙を得る尸解(しかい)仙がある、という。『抱朴子』は『日本国見在書目録』に記されていて、宇多(うだ)天皇のときにはわが国にあったことが知られる。神仙思想は、日本だけではなく、朝鮮や東アジアの諸国にも伝えられており、中国におけるのと同じように、それぞれの国の文学や美術のなかに表現されている。

[宮澤正順 2018年5月21日]

『武内義雄著『神僊説』(『岩波講座 東洋思潮11』所収・1935・岩波書店)』『『神僊思想の研究』(『津田左右吉全集 第10巻』所収・1964・岩波書店)』『『支那小説の溯源と神仙説』(『青木正児全集 第2巻』所収・1970・春秋社)』『窪徳忠著『世界宗教史叢書9 道教史』(1977・山川出版社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「神仙思想」の意味・わかりやすい解説

神仙思想
しんせんしそう
Shen-xian si-xiang

古代中国において,不老長寿の人間,いわゆる仙人の実在を信じて,みずからも仙術によって仙人たらんことを願った思想。前4世紀頃から,身体に羽が生えていて空中を自由に飛行できる人が南遠の地や高山に住んでいるとか,現在の渤海湾の沖遠くに浮ぶ蓬莱などの三神山に長生不死の人とその薬があるとかいう説があり,そのような人々が仙と呼ばれた。仙人になるには,体操による訓練か薬かのどちらかが選ばれ,両方の研究は唐代以後にも続けられ,その過程で中国の医学や化学が発達した。この神仙思想が道家思想や五行説と結びついて成立した宗教が,中国3大宗教の一つとされる道教である。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「神仙思想」の解説

神仙思想(しんせんしそう)

道教の起源をなす思想。山東斉にあった神山伝説が,戦国時代をへて,呪術的方士の不老長生を求める神仙説,封禅(ほうぜん)説へ発展し,漢代に煉丹(れんたん)術を生み,それらは太平道五斗米道(ごとべいどう)『抱朴子』(ほうぼくし)に伝えられた。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「神仙思想」の解説

神仙思想
しんせんしそう

中国で発生し,とくに道教において重視された思想。養生摂生によって宇宙の根源(道)と一体となって不老長生を実現しようとするもので,医学・錬金術ともかかわりが深い。日本には道教というかたちでは入らなかったが,仏教または文学書などとともに伝わり,8~9世紀にはかなり流行した。ただし日本の場合は表面的な不老長生願望がほとんどで,道との一体化という側面はあまりみられない。

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旺文社世界史事典 三訂版 「神仙思想」の解説

神仙思想
しんせんしそう

神話に長生不死の観念や道教が結びついてできた中国古来の思想
地上はるか遠くに楽園のあることが説かれた説話時代,方士 (ほうし) がでて神仙と交通し,不死の薬が作られた秦・漢代,道教による体系化がなされた魏・晋代の最隆盛期の3期を経過した。晋 (しん) の葛洪 (かつこう) の『抱朴子 (ほうぼくし) 』は代表的著作。

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