うつろ・う うつろふ【移】
〘自ハ四〙 (「移る」の
未然形に
反復・継続を表わす
助動詞「ふ」の付いた「うつらふ」が変化したもの)
[一] 位置がだんだんに変わっていく。
①
居場所が変わっていく。移動し続ける。また、移住する。
※
万葉(8C後)一一・二八二一「木の間より移歴
(うつろふ)月の
かげを惜しみ徘徊
(たちもとほ)るにさ夜ふけにけり」
※
徒然草(1331頃)三〇「中陰のほど山里などにうつろひて」
② 心が他の方に移っていく。心変わりする。
※万葉(8C後)一二・三〇五九「百(もも)に千(ち)に人は言ふとも月草の移(うつろふ)こころわれ持ためやも」
[二] 状態がだんだんに変わっていく。
① 移り変わっていく。栄えていたものが衰えていく。
※万葉(8C後)六・一〇四五「世の中を常なきものと今そ知るならの都の
移徙(うつろふ)見れば」
※
当世書生気質(1885‐86)〈
坪内逍遙〉七「およそ容貌
(かほかたち)の花の色は、老行くままに衰凋
(ウツロ)へども」
② 色が変わっていく。
(イ) 色が薄くなる。褪(あ)せる。また、変色する。
※万葉(8C後)一八・四一〇九「紅は宇都呂布(ウツロフ)ものそつるばみのなれにし衣(きぬ)になほしかめやも」
※
紫式部日記(1010頃か)寛弘五年一〇月十余日「世におもしろき菊の根をたづねつつ掘りて参る。色々うつろひたるも、黄なるが見どころあるも、さまざまに」
※源氏(1001‐14頃)賢木「御かほの色もうつろひて」
※古今(905‐914)秋下・二五三「神無月時雨(しぐれ)もいまだ降らなくにかねてうつろふ神なびの森〈よみ人しらず〉」
③ 花が散る。
※万葉(8C後)一七・三九八二「春花の宇都路布
(ウツロフ)までに相見ねば
月日よみつつ妹待つらむそ」
④ なくなる。消える。
※万葉(8C後)一七・三九一六「橘のにほへる香かもほととぎす鳴く夜の雨に宇都路比(ウツロヒ)ぬらむ」
うつし【移】
① 事物、心などを別の所に動かすこと。「口うつし」「心うつし」「袖うつし」などのように、
名詞に付けて造語要素として使う場合が多い。
② 草木の花の汁などを、紙にすりつけて、その色をしみこませること。また、その
染料や紙。うつしばな。うつしがみ。
※万葉(8C後)八・一五四三「秋の露は移
(うつし)にありけり
水鳥の青葉の山の色づく見れば」
③ 薫物(たきもの)や花の香を、衣服などにしみこませること。また、その香。
※宇津保(970‐999頃)蔵開中「あをにびのれうのはかま、〈略〉今日のうつしは、ざかう、薫物、薫衣香」
※宇津保(970‐999頃)内侍督「ふきあげの浜にて得給へりしつる
ぶちにまさる御馬なし、それにうつし置きて」
※宇津保(970‐999頃)内侍督「
中将、うつしに乗りて、車の轅近く添ひて立つ」
⑥ 木製の椀。御器
(ごき)。〔
日葡辞書(1603‐04)〕
※浜荻(
久留米)(1840‐52頃)「うつし 草の名、此花を紙につくれば其色うつる故名とす。
つゆ草」
うつろわ・す うつろはす【移】
[1] 〘他サ四〙
① 居場所を変わらせる。移り住ませる。
※源氏(1001‐14頃)
松風「ひむがしの院つくりたてて、花ちる里ときこえし、うつろはし給ふ」
② 色を変える。
※栄花(1028‐92頃)
根合「
侍従、上は薄き蘇芳、裏は色々うつろはしたり」
[2] 〘他サ下二〙 状態を変える。衰えさせる。
※類従本元永元年十月二日内大臣忠通歌合(1118)「露、霜などの紅葉をそめ、草木をうつろはするは」
うつろい うつろひ【移】
〘名〙 (動詞「うつろう(移)」の連用形の名詞化)
① 居場所をかえること。家うつり。転居。
※源氏(1001‐14頃)
玉鬘「須磨の御うつろひのほどに」
②
物事の状態が移り変わっていくこと。また、盛りを過ぎて衰えること。
※宇津保(970‐999頃)楼上上「これこそあらはなるうつろひなれ。左大将殿のいかめしうて二方もてかしづき給ふに、おのれが劣るべき」
い【移】
〘名〙 令制で、直属関係にない官司間で取り交わす公文書。被官の司は解(げ)をもって所管に申し、所管から他司に向かってこの文書を出す。
※石崎直矢氏所蔵文書‐天平勝宝八年(756)正月一一日・美濃国司移案「美濃国司移、造東大寺司」 〔唐六典‐尚書省・都事〕
ゆつ・る【移】
〘自ラ四〙 うつる。多く、時間が経過する意に用いられる。
※万葉(8C後)四・六二三「松の葉に月は由移(ユつり)ぬ黄葉の過ぐれや君が逢はぬ夜そ多き」
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デジタル大辞泉
「移」の意味・読み・例文・類語
い【移】
律令制で、直属関係にない役所の間で取り交わした公文書。送る側の役所の名称に次いで「移」と書き、その下に相手方の名称を書いた。移文。
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移 (い)
古代に公式令で定められた公式様文書(くしきようもんじよ)の一つ。中務,式部等八省間および直接の統属関係にない官司相互に用いられた文書である。様式は初行に〈移〉の字をはさんで差出官司名と宛先官司名を書き,本文書止めは通常〈故移〉で,官司間が〈因事管隷〉する(仕事上仮に管轄下に入っている)場合は〈以移〉とし,日付の次に当該官司の長官,日下(につか)に主典が署名した。統属関係にないといっても,省被管の寮司が直接他省(司)に移を送ることはできず,まず所管省に上申して,その省より他省(司)に移を伝達するのが原則であった。僧綱,三綱が諸司と往復する文書は,この移の様式によって,移字を牒の字に代える規定であった(移牒)。移は奈良時代にはよく用いられ,正倉院文書に多くみられるが,律令制の衰退とともに使用も減り,互通文書としては僧綱等と官司間で用いられた移様式の牒が一般化し,移は平安末期以降はみられなくなった。
→牒
執筆者:飯倉 晴武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
移
い
大宝令(たいほうりょう)・養老(ようろう)令に規定のみえる文書様式で、上下支配関係のない役所間で出す文書。省と省、国と国、同省内の寮と寮、また独立官庁である春宮坊(とうぐうぼう)、衛府(えふ)などと省の間、このほか、寺院・造寺司(ぞうじし)などと省・寮との間で使われた。移はたとえば、始めに「刑部省移式部省(ぎょうぶしょういすしきぶしょう)」と書き、本文の終わりを「故移(ことさらにいす)」または「以移(もっていす)」で結んだ。寮が他省に事を伝える場合は、上級の省に解(げ)を出し、その省がその事柄を移で他省に伝えた。移は平安時代に衰えた。
[百瀬今朝雄]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
移【い】
律令制下の公文書で,直属関係にない官司が相互に取りかわす文書。たとえば兵部(ひょうぶ)省が民部省に文書を出す場合にこれを用い,紙面に〈兵部之印〉をおす規定であった。平安時代以降移の代りに牒(ちょう)が用いられるようになった。
→関連項目古文書
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移
い
律令制下の公文書形式の一つ
所管関係のない役所相互の連絡のために出されたもので,正倉院文書に多い。令外官 (りようげのかん) などが生み出された平安時代には所管関係が乱れ,移はすたれて,もっぱら牒 (ちよう) が用いられた。
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
移 (ウツシ)
植物。ツユクサ科の一年草,薬用植物。ツユクサの別称
出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
世界大百科事典(旧版)内の移の言及
【古文書】より
…これが案文であり,案文の作成には,おおむねつぎの五つの場合が考えられる。(1)法令・命令などを下達し,または正文の内容を第三者に連絡する場合,(2)訴訟の証拠書類として作成する場合,(3)所領・所職を分割移転する場合,(4)正文の紛失に備えてあらかじめその控えを作成しておく場合,(5)正文の紛失,あるいはそれが失効したとき,所定の手続を経て正文に代わる写し(これを紛失状という)を作成する場合である。これが狭義の,したがって厳密な意味の案文であるが,これ以外に草稿・控えを含めて案文という場合があり,これが広義の意味での案文である。…
※「移」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」