[1] 〘名〙 (古くは「ほと」) おおよその程度を表わす語。物事の種々の段階を、ある幅を持った範囲として示す語。
[一] 時間的な程度を表わす。
① すぎて行く時の間。
※
万葉(8C後)二〇・四三一三「青波に袖さへぬれて漕ぐ舟のかし振る保刀
(ホト)にさ夜ふけなむか」
※伊勢物語(10C前)六〇「
宮仕へいそがしく、心もまめならざりけるほどの家刀自
(いへとうじ)」
③ 時日。時間。しばらくの間。
※竹取(9C末‐10C初)「なんちがたすけにとて、かた時の程とてくだ
ししを」
④ ある時間帯の終わり。時の限り。
※
古今六帖(976‐987頃)五「田子の浦の
波間に遊ぶ浜千鳥いつをほとにて恋しかるらん」
[二] 空間的な程度を表わす。
① 大体の距離。道のり。
※霊異記(810‐824)下「
行者を刑
(う)ちし処と、長
(をさ)が家との程
(ホト)、一里許
(ばかり)なり。〈真福寺本訓釈 程 ホト〉」
② 途中。あいだ。
※
源氏(1001‐14頃)明石「
みちの程も、よもの浦々みわたし給て」
③ 大体の場所。あたり。
※阿波国文庫旧蔵本伊勢物語(10C前)Q「むかし、をとこ、はるかなるほどに行きたりけるに」
④ 広さ、長さなど。
※
蜻蛉(974頃)中「ほどせばく、人さはがしきところにて、いきもえせず」
※源氏(1001‐14頃)若紫「よものこずゑそこはかとなうけぶりわたれるほど、絵にいとよくも似たるかな」
[三] 人事に関する事柄の程度を表わす。
① 社会的、または個人的な関係の程度。身分。分際。
間柄。
※土左(935頃)承平五年一月二一日「このことば、なにとはなけれども、ものいふやうにぞきこえたる。
ひとのほどにあはねば、とがむるなり」
② 年齢。また、その年齢相応の成長度。
※竹取(9C末‐10C初)「よき程なる人になりぬれば、髪あげなどさうして、かみあげさせ、もきす」
③
言動、性格、
人柄、
心情など、精神活動のある範囲における程度、段階。
※源氏(1001‐14頃)若紫「おのが、かくけふあすにおぼゆる命をば、何ともおぼしたらで、雀したひ給ふほどよ」
④
ありさま、様子、調子など、人の態度、状態、
技能についての程度、段階。
※
和歌九品(1009頃か)「上中、ほどうるはしくて余
(あまり)の心ある也」
⑤ 体裁、愛想、世辞、具合、色気など。また、それらがよいこと。
※人情本・春色籬の梅(1838‐40頃)五「私(わち)きゃアお前はんの口前(ホド)に乗せられて」
[四] 事物の程度を表わす。
① 数量の程度。数量を表わす名詞に
格助詞「の」または「が」を添えたものに付ける。
※竹取(9C末‐10C初)「天竺(てんぢく)に二つとなき鉢を、百千万里の程行きたりとも、いかでか取るべき」
② ものの状態、ありさま、質などの程度を表わす。
※今昔(1120頃か)一三「各一町の田の同じ程なるを二人の聖(ひじり)に預けつ」
③ ちょうどよい程度。
※
歌舞伎・蝶々孖梅菊(1828)三幕「只で飲める酒ではなし、程
(ホド)に飲んで置くがいい」
[五] (「…のほど」の形で) 名詞について表現を婉曲にするのに用いる語。「御無礼のほど、お許しください」
[2] 〘副助〙 ((一)の助詞化したもの) 名詞、または活用語の連体形を受ける。
① だいたいの数量を表わす。概数を表わす。ばかり。くらい。
※
滑稽本・浮世床(1813‐23)初「五丁ほども往たら」
② くらべる基準を示したり、あるいは程度を小さいものまたは、大きいものとして強調する。ばかり。くらい。
※平家(13C前)四「橋のうへのいくさ、火いづる程ぞたたかいける」
※
徒然草(1331頃)三一「この雪いかが見ると、一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人のおほせらるる事」
③ ある範囲の中の、すべてを表わす。かぎり。だけ。
※平家(13C前)一一「新中納言『見るべき程のことは見つ、いまは自害せん』とて」
④ (「もの(こと)はなし(ない)」の形を伴って) それが最高の程度であることを示す。くらい。
※平家(13C前)九「あはれ、弓矢とる身ほど口惜かりけるものはなし。武芸の家に生れずは、何とてかかるうき目をばみるべき」
⑤ 一方の程度が高いぶんだけ、それに見合った結果が他方に現われる意を表わす。また、「…すれば…するほど」の形で、一方の程度が高まるにつれて、他方の程度も高まる意を表わす。…につれてますます。
※玉塵抄(1563)六「高い爵ほどぶげんが多ぞ」
[語誌](1)おおよその程度を表わす名詞「ほど」は、本来は専ら時間的程度を表わすものであったが、奈良末・平安初期には空間的程度をも表わすようになり、平安中期の「土左日記」「竹取物語」あたりからは、さらに人事に関する事柄の程度や事物の程度をも表わすようになった。
(2)形式名詞化した「ほど」が活用語の連体形を承接する、いわゆる接続助詞的用法(多くは「ほどに」の形。→ほどに)は、この時期までは時分や継続の意味用法を表わしていたのであるが、平安中期末あたりから、類義語「あひだ」との交渉を主要因として、期間、時期、継起、原因・理由、逆接の用法をも併せ持つに至った。特に、原因・理由の用法は漸次増加して、中世口語においては接続助詞「ば」にとって替わった。それも、近世以降になると「~によって」に交替した。
(3)中古以前には体言を直接に受けるものがなく、「竹取物語」の「ある人の毛の穴さへ見ゆる程なり」などのように用言を受けるものが多い。用言を受ける場合は、やや形式名詞化してはいるものの、まだ名詞である。体言を自由に受けて助詞化するのは中世以降で、その成立の新しさ故か、和歌には用いられない。
(4)(二)は、名詞「ほど」の意味用法の新生・分化の中で、主として後発の事柄の程度や事物の程度の意から派生して助詞化したものであって、まず鎌倉初期におおよその程度を表わす用法(~ぐらい、の意)、限度を表わす用法(~だけ、の意)、打消の語と呼応して程度を比較する上での基準を表わす用法(~ほど~はない、の意)で用いられ始め、室町末から江戸初期に至って上の事柄に比例して結果が現われることを表わす用法(~につれてますます、の意)が生じた。
(5)上代からおおよその程度・範囲を表わす用法を担っていた類義の副助詞「ばかり」が、中古以後限定の意を表わす用法を派生しつつ相対的に衰退して行く裏には、「ほど」とのせめぎ合いがあったと考えられる。