種子消毒(読み)しゅししょうどく(英語表記)seed disinfection

改訂新版 世界大百科事典 「種子消毒」の意味・わかりやすい解説

種子消毒 (しゅししょうどく)
seed disinfection

植物の種子球根,種いもなどに病原が付着し,または潜在したまま運ばれて,発芽から幼苗期にかけて感染することを種子伝染といい,これを防ぐために行われる処理が種子消毒である。消毒法には大別して薬剤を用いる方法と,熱を用いる方法とがある。薬剤はおもに病原が種皮内外に付着している病気に対して用いられ,薬液に浸す浸漬しんし)法,粉剤をまぶす粉衣法などがある。病原が胚など種子内部に存在する病気に対しては熱処理が広く行われるが,発芽と初期生育を阻害しないくふうを必要とする。イネの種もみを塩水で選別する方法は,生理的に不良な種子のみでなく,いもち病などに感染した種子の比重が小さいことを利用しているが,塩水選の後,いもち病,ごま葉枯病,ばか苗病などの殺菌のためベノミル,チウラム,チオファネートメチル剤などに浸漬または粉衣する。さらに黒点米の原因となるイネシンガレセンチュウの恐れがある場合には,有機リン剤との混合液を用いると同時に防除できる。

 ムギ類の裸黒穂病は菌が柱頭から侵入して胚に感染するため熱で殺菌する方法がとられる。冷水温湯浸法は,種子を15℃くらいの水に7時間漬けて冷やした後,52℃(コムギでは55℃)の湯に5分間浸漬する方法である。日本には風呂を利用した独特の風呂湯浸法がある。残り湯を42℃(コムギでは46℃)に温めてから火を止め一晩(10時間)浸漬する方法で,最後の温度が25℃以下にならないようにする。野菜類の種子に薬剤を粉衣して消毒すると,播種(はしゆ)後に土壌から苗立枯病などが感染するのを防ぐ効果もある。サツマイモ黒斑病,サトイモ乾腐病に対しては,種いもを47~48℃の湯に40分間浸漬して予防する。キュウリ斑点細菌病トマトかいよう病,アブラナ科野菜黒腐病などの細菌病に対しては一般に温湯浸漬が用いられるが,処理温度や時間は植物によって異なり,また次亜塩素酸ナトリウム溶液や酢酸液に浸漬して効果のあるものもある。オオムギ斑葉モザイク病のようにウイルスが胚に入っているものでは消毒が困難であるが,タバコモザイクウイルスやキュウリ緑斑モザイクウイルスは種皮内外に存在し発芽時に触れて伝染するので,第三リン酸ナトリウム溶液に浸漬したり,70℃の乾熱で2日間処理することで消毒できる。市販の種子で消毒済のものには対象病と処理法が明記してあるので,発芽障害を避けるため重複処理を行わないようにする。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「種子消毒」の意味・わかりやすい解説

種子消毒
しゅししょうどく

種子、種(たね)いも、球根などに潜在する植物病原微生物が原因で発病する種苗の病気の予防手段。播種(はしゅ)後に土中の病原菌で感染するのを防ぐ目的で処置する場合もあり、イネ苗腐(なえぐされ)病や野菜などの苗立枯(なえたちがれ)病の予防のために種子に薬をつけておくのは、このためである。種子消毒の手段としては、熱による方法と薬による方法がある。

 熱による方法は、種子に害がなく有害微生物のみを殺すよう長年の試行錯誤の結果案出されたもので、有効な種子消毒剤がなかった時代には広く実行されたが、近年は下火である。熱消毒法には次の4方法がある。温湯浸(おんとうしん)法は、サツマイモ黒斑(こくはん)病予防に種いもを47~48℃の湯に40分間浸漬(しんし)する、イネ線虫芯枯(しんがれ)病予防に種もみを57℃の湯で15分間加熱するなどの処置をいう。冷水温湯浸法は、コムギの種もみを15~20℃の水に5~10時間浸漬後、50℃の湯に2~3分間入れて予熱し、54℃の湯に5分間入れ、取り出して冷水で冷やす処置。風呂湯浸(ふろゆしん)法は、入浴後にコムギの場合は46℃、オオムギは43℃に加温して、火を完全に消し、種もみを入れて蓋(ふた)をすこし透かし、翌朝に取り出す処置。太陽熱利用法は、オオムギ種もみを水に4~6時間浸して莚(むしろ)に広げ、直射日光を3~6時間照射して加熱する処置のことをいう。

 薬による方法は、古くは硫酸銅、ホルマリン、炭酸銅などが使われ、人尿に浸漬した記録もある。1937年ころから、種子消毒剤として開発された酢酸フェニル水銀やメトキシエチル塩化水銀が使われ、水溶液へ種子を浸漬したり、これらの化合物をタルクで薄めた粉剤で種子を粉衣(ふんえ)する方法で著しい効果をあげたが、毒性問題のため1971年以後は使われていない。現在は、ジクロン(「スパーゴン」)やチラム(TMTD、「チウラム」など)や、チラムとベノミルの混合剤(「ベンレートT」)が浸漬法や粉衣法で使われ、保菌種子の消毒や発芽直後の土壌病原菌による感染防止に卓効を奏している。

 これらの種子消毒剤(種子殺菌剤)が有効な主要種子感染病としては、イネの馬鹿苗(ばかなえ)病、ごま葉枯(はがれ)病、線虫芯枯病、ムギの斑葉(はんよう)病、腥黒穂(なまぐさくろほ)病、トマトの萎凋(いちょう)病、スイセンの乾腐(かんぷ)病、ウリ類のつる割(われ)病・つる枯(がれ)病、レンゲソウの菌核(きんかく)病、各種の草花や野菜の苗立枯病などである。

[村田道雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「種子消毒」の意味・わかりやすい解説

種子消毒
しゅししょうどく
seed disinfection

種子,球根,種物などについて病原体が運ばれたり,発病したりするのを防ぐために病原体を殺す処置。種子の生理を害することなく,付着,侵入している病原体を殺さなければならない。薬剤による方法と熱消毒の方法がある。一般に種類に応じて有機水銀剤の濃度,使用時間を調節して使用するが,適当な薬剤のない場合,特に内部に侵入している病原体に対して薬剤の効果が期待できない場合に熱消毒が用いられる。

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