稲葉正巳(読み)いなば・まさみ

朝日日本歴史人物事典 「稲葉正巳」の解説

稲葉正巳

没年:明治12.9(1879)
生年:文化12.10.15(1815.11.15)
幕末の安房館山藩(千葉県)藩主,幕府閣僚。父は稲葉正盛弘化2(1845)年大番頭に登用され,次いで講武所奉行,文久2(1862)年若年寄に挙げられ軍政改革を進めた。元治1(1864)年9月辞職し,家督を養嗣子正善に譲った。慶応1(1865)年11月若年寄に再任,翌2年12月老中格となり幕府陸海軍の拡充を図る。明治1(1868)年の鳥羽伏見の戦の後の2月辞職した。

(井上勲)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「稲葉正巳」の解説

稲葉正巳 いなば-まさみ

1815-1879 江戸時代後期の大名
文化12年10月15日生まれ。稲葉正盛の長男。文政3年安房(あわ)(千葉県)館山(たてやま)藩主稲葉家4代となる。文久元年講武所奉行,2年若年寄。元治(げんじ)元年職を辞して家督を養子正善(まさよし)にゆずる。慶応元年若年寄に再任,2年陸軍奉行から老中格となり,海軍総裁をかねた。外国通で幕府陸海軍の増強につとめた。明治12年9月16日死去。65歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android