篠川御所(読み)ささがわごしょ

改訂新版 世界大百科事典 「篠川御所」の意味・わかりやすい解説

篠川御所 (ささがわごしょ)

室町期の鎌倉府が奥羽両国を統治するため,陸奥国安積郡篠川(笹川,佐々河)に整備した足利一族の居館。1391年(元中8・明徳2)暮れから両国併管を認可された鎌倉府では,99年(応永6)春,第3代関東公方足利満兼のとき,弟の足利満貞足利満直を岩瀬郡稲村と篠川に配置し,両国を掌握しようとした。これを稲村御所,篠川御所という。ただし〈御所〉と明記した史料は,《旅宿問答》《余目(あまるめ)氏記録》以後の戦国~近世期作成の記録類だけである。現存の同時代史料では,〈公方〉〈上様〉または〈稲村殿〉〈篠川殿〉と記す。また,戦国期以後作成の諸系図の大半が満直=稲村,満貞=篠川と記すが,《福島県史》では同時代文書の分析から満貞=稲村,満直=篠川を妥当とした。氏満長子の満兼は当時22歳。満貞,満直は氏満の次男,四男で今若,乙若と称し,元服し陸奥に派遣されたと伝えられる。鎌倉府が南奥にかたより,近接した稲村,篠川の地に兄弟を配置したのは,大崎氏,最上氏ら奥羽の探題家や伊達氏,蘆名氏ら有力国人が反鎌倉府的気運を強めていたためである,といわれる。両公方の施政範囲も奥羽全域に及ぼそうとしたが,実質的効果は南奥仙道地区だけであった。篠川殿は当初は稲村殿の補佐役であったが,上杉禅秀の乱のとき,稲村殿は鎌倉府方に,篠川殿は幕府方に立って,両者対立。以後,幕府の支持を得た篠川殿が優勢となる。1424年(応永31)11月鎌倉に帰還した足利満貞は,39年永享の乱で足利持氏とともに自害。この間が篠川公方の全盛期であり,一時は鎌倉公方の地位さえもねらった。

 満直発給文書は10通余しか現存しないが,《満済准后日記》《蔭涼軒日録》などに具体的動向が記載されている。篠川御所の奥羽統治機関としての機構整備は不十分であったとみられている。満直は40年(永享12)6月下総結城合戦の最中に,結城方荷担の南奥諸氏に攻められて自殺。篠川公方も滅亡した。居館跡は御所館と言い伝えられ,御所明神社がまつられている。
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百科事典マイペディア 「篠川御所」の意味・わかりやすい解説

篠川御所【ささがわごしょ】

室町期,鎌倉府が奥羽両国を統治するために置いた政治機関,およびその当主足利満直(みつただ)をさす。1399年鎌倉公方足利満兼が弟の満貞と満直を陸奥国岩瀬郡稲村(いなむら)(現福島県須賀川市)と陸奥国安積(あさか)郡篠川(現福島県郡山市)にそれぞれ派遣し,両国支配の拠点としたことに始まる。→稲村御所

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「篠川御所」の意味・わかりやすい解説

篠川御所
ささかわごしょ

足利満直呼称。鎌倉公方足利満兼が応永6 (1399) 年弟の満直を陸奥国篠川に配置し,同国稲村においた弟満貞 (稲村御所) とともに奥羽地方統制の要とした。以後,満直は篠川御所と呼ばれた。

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世界大百科事典(旧版)内の篠川御所の言及

【稲村御所】より

…1399年(応永6)足利満貞が陸奥国岩瀬郡稲村に下向し,ここを鎌倉府の奥羽支配の拠点としたことによる。同時に足利満直(みつただ)が同国安積郡篠川(ささがわ)に派遣されて篠川御所と呼ばれた。稲村御所と篠川御所との間には支配命令関係や職務権限の相違などはみられず,両御所ともに知行安堵,充行(あておこない),軍勢催促,軍忠感状などの文書を発給しており,相互に協力しながら奥羽支配を展開しようとしたとみられる。…

【陸奥国】より

…それは14世紀末にはみられるが,1404年(応永11)の福島県中通りの伊東一族を中心とした国人20名からなる仙道一揆(せんどういつき),10年の岩城,岩崎,楢葉,標葉(しめは),行方(なめかた)の海道5郡の国人10氏による五郡一揆などが代表的なものである。鎌倉公方足利満兼は1399年弟の満直(篠川御所(ささがわごしよ)),満貞(稲村御所)を陸奥に派遣するが,彼らはこうした国人一揆に支えられて,かろうじて南奥の一角に根拠をもつことができたにすぎない。鎌倉府滅亡の永享の乱(1438)にあたっては,稲村御所満貞は鎌倉に上って鎌倉公方足利持氏とともに自殺し,篠川御所満直は幕府と直結して,持氏にとってかわろうとする野心をみせるが,成功するはずもなく,1440年(永享12)の結城合戦の中で殺されてしまう。…

※「篠川御所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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