簞笥(読み)たんす

改訂新版 世界大百科事典 「簞笥」の意味・わかりやすい解説

簞笥 (たんす)

ひきだしを備えた収納家具。大きさ,形,作り方は中に入れる品物に応じてさまざまであり,また時代によっても違う。簞笥という語は中国語の簞笥(たんし)に由来し,簞は円形の,笥は方形の,ともに食物や衣類を入れる容器を意味した。

一般家庭用と職業用に分けられる。一般用の中心は衣装簞笥で,おもなものとしては江戸時代では小袖簞笥,近代では衣装簞笥,整理簞笥,洋服簞笥などがあるが,そのほか羽織簞笥,帯簞笥,足袋(たび)簞笥,装束簞笥など個別の衣類簞笥も作られている。家庭用では茶簞笥,用簞笥,手元簞笥もよく使われるが,このほか趣味用の伽羅簞笥,花簞笥,面簞笥,軸簞笥,三味線簞笥,歌書簞笥などもある。また最近では各種の用途を全部いっしょにした収納ユニットや,間仕切も兼ねた壁面収納ユニットなども作られている。職業用の簞笥には商業・事務用と工職用その他がある。商業用は商品入れで,商品に応じて各種あるが,江戸時代から大正期あたりまでよく知られているのは薬簞笥,小間物屋の簞笥,種苗簞笥,紙屋の簞笥などである。現在でも材料はスチールなどに変わっても,各商品に応じた簞笥が使われている。事務用では帳簞笥がやはり江戸から大正ころまで使われた。江戸時代に藩庁などで使っていた御用簞笥も事務用といえよう。また主として職人の道具や製品を入れる簞笥がある。金具職人の鏨(たがね)簞笥,絵師の絵具簞笥,床屋の道具箱などは特色あるものといえよう。特殊なものとしては武家の刀簞笥,鉄砲簞笥,玉薬簞笥,江戸から明治,大正にかけて海運業で使われた船簞笥などがある。

日本の伝統的な簞笥の材料としては,桐,杉,モミヒノキケヤキ,栗,楠,桑などが使われ,洋風簞笥の場合,明治・大正ころは桜,ナラ,カシ,シオジなどが使われた。おもな仕上げ法としては,桐はヤシャブシ仕上げ,杉,モミ,ヒノキなどは漆塗--油分を含んだ漆を塗り研ぎ出さない花塗と,油分を含まない漆を塗り炭で研ぎ出す呂色塗(ろいろぬり)がある--が行われ,ケヤキ,栗,楠などは拭き漆,春慶塗,木地呂塗など,木の素地が透けてみえる仕上げ法が行われる。洋風簞笥の場合はラックニス仕上げが多い。現代の簞笥は,主として合板材や合成樹脂材が使われ,構造的には障子の桟状の芯の両面に合板を張って板を作るフラッシュ構造が主流となっている。

簞笥は江戸時代の16世紀末ころに出現し,17世紀前期の正徳期(1711-16)あたりからしだいに一般に普及しはじめた。この時期に簞笥が出現したのは,生産力の向上によって一般民衆も衣類をはじめ多くの持物を所有するようになったこと,また簞笥のような比較的複雑な家具が作られるだけの生産技術の進歩やその流通機構の整備がなされたことによる。簞笥において最も重要なことは,ひきだしを備える点であるが,これは使う面からみれば従来の(ひつ)や長持という箱形式のものに比べ,きわめて合理的なものである。一方,作る面からみると,ひきだしは板材を多量に要する。しかも厚さ,大きさのそろった規格材でなくてはならず,民衆用の家具となれば安価でなくてはならない。この条件がこの時期になって可能になったのは,流通機構の発展整備により市中に多くの材木商が生まれたことで,その背景には材木の生産量の増大,とりわけ直接的には製板用大型縦びき鋸(のこ)の発達による製材技術の大革新があった。簞笥の普及は急速に進み,18世紀半ばころには大坂,江戸,京都などを中心にして簞笥産地も形成され,既製品が市中をはじめ各地に出荷されるようになり,やがて地方の都市でも生産されるようになる。しかし江戸時代の簞笥はまだ種類も少なく,意匠的にも技術的にも素朴なものであった。簞笥が本当に発展するのは明治中期から大正時代にかけてであり,質,量ともに最盛期をむかえる。全国各地においても仙台簞笥,佐渡簞笥,庄内簞笥といった地方色のある簞笥が生まれた。昭和に入り生産量は増大するが,機械化が進みはじめ,意匠的には洋風簞笥の影響の強いものとなり,第2次大戦後はさらにこの傾向が強まり,工業生産化,産地集中化が進んでいる。

 和簞笥の特徴は,まず移動しやすいこと。これは外国の簞笥にない点で,櫃や長持など日本の収納家具には提手が付き,移動しやすく作られるという伝統のせいであろう。簞笥も両わきに提手が付き,棒を通して担ぐこともできるし,大型の場合は分離できる。この重ね形式になっているという点も大きな特徴で,置場所に応じて別々に置くこともできる。さらに,寸法がだいたい規格化されていて,家や建具と同じ3尺×6尺のモデュールでできているため,家の中での納まりもよい。つまり一種のユニット家具といえよう。
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西洋で簞笥に該当する語は,チェスト・オブ・ドロワーズchest of drawersとよぶ整理用のひきだしを備えた収納家具と,これらを二つ重ねにしたチェスト・オン・チェストchest on chestである。

 ヨーロッパ中世には貴重品や衣類などを収納する家具として,日本の長持に相当するチェストchestとよぶ長方形蓋付きの箱があった。これらには彩画や浮彫彫刻が施されることが多かった。16世紀末にはこれに短い脚が付き,三つないし五つのひきだしを備えたものがまずイタリアにあらわれ,17世紀にはアルプスを越えてネーデルラント,ドイツ,フランスおよびイギリスへと流行した。18世紀になると,寝室用の収納家具として簞笥の需要は急速に増大した。イギリスのクイーン・アン様式の二つ重ねの簞笥はそれらの要求に答えるために大型化した。アメリカでは18世紀後期,フィラデルフィアを中心にハイボーイhighboyとよぶ二つ重ねの装飾用の簞笥が流行した。それは下半分が化粧テーブル,上半分が整理簞笥になっており,最上端は破風(はふ)形の装飾,表面はウォールナットの化粧張り,脚は湾曲したカブリオール脚の形式をもっていた。オランダでは下半分を大型のひきだし,上半分に扉を付けた衣装簞笥が流行した。一方,フランスでは18世紀初期からコモドcommodeとよぶ大型のひきだしを備えた整理簞笥が流行した。コモドの表面の装飾にはウォールナットの化粧張りに精巧な花模様の寄木細工が加わり,四隅には金めっきのブロンズ金物が用いられた。宮廷彫金師J.カフィエリは装飾用の華麗なブロンズ金具によって,ロココの装飾的効果を巧みに出している。フランス革命後のディレクトアール様式からアンピール様式に至るコモドは,彫刻や寄木細工などの装飾を排除して,マホガニーによる直線的な構成とそれに金めっきのブロンズ表装をあしらったシンプルな形式になった。大型のひきだしを三つ組みこんだもの,カブリオール脚を付けたもの,前面が波状形に湾曲したものなど,上流婦人の私室のインテリアにふさわしいものが作られた。18世紀にはこの小型の衣装簞笥に鏡台dressing mirrorをのせた化粧簞笥が婦人の寝室用として流行し,実用的な機能が重視されたことから,18世紀から19世紀にかけてイギリスやアメリカの市民階級の間で流行した。また,18世紀後期からは,シフォニアchiffonierとよぶ背の高い五つから七つのひきだしを備えた簞笥が,婦人の刺繡道具や布地を収納する整理簞笥としてフランスやイギリスを中心に流行した。ルイ16世時代のものは全面に華麗な寄木細工の装飾が施され,一般に七つのひきだしを備えた背の高い形式である。アンピール様式のシフォニアはマホガニーを用いた直線構成の簡潔な形式で,婦人用の整理簞笥としてはモダンな形態である。同じころイギリスでは,下半分が戸棚,上半分が展示用の開放棚を構えたものをシフォニアとよび,書物や美術品を収納,展示する飾棚としても利用した。ビクトリア朝の時代になると一時,簞笥は精巧な意匠を示すようになったが,その後は実用的なシンプルなものが一般的となっている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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