米沢織物(読み)よねざわおりもの

改訂新版 世界大百科事典 「米沢織物」の意味・わかりやすい解説

米沢織物 (よねざわおりもの)

山形県米沢市,長井市,西置賜郡白鷹町一帯で生産される織物の総称。1598年(慶長3)に上杉氏の執政,直江山城守兼続が領主のとき,すでに真綿や紬の生産の実績があったという。1767年(明和4),藩主上杉治憲(鷹山)は藩政立直しのために殖産振興策を立て,長井地方に桑,コウゾ,チョマ(苧麻)の栽培を奨励した。76年(安永5)には越後小千谷から縮師(ちぢみし)を呼び,製造所を作って家中子女に技術を伝えさせた。また桐生丹後川俣などの先進地に研修生を派遣したりして機業の振興に努めた。寛政(1789-1801)ころには透織(すかしおり),ちりめん,黄八丈などを作り,文化・文政(1804-30)ころには袴地,帯地,節糸織がみられ,1859年(安政6)には281反の生産をしている。藩の保護奨励と養蚕の振興とでしだいに絹織物産地となり,とくに糸織類は有名で単に米沢とか米ものと呼ぶときは糸織を意味するほどであった。76年,初めて工場を設立して以来,多品種を誇り,日本の先染有力産地の一つとなる。近年は手織紬,男物,袴地,コート地,黄八丈,八掛地,帯,紋着尺,座布団地,婦人服地等のほか,プリント用白生地も多く生産され,とくに明治初年からの置賜紬(おいたまつむぎ)(長井紬白鷹紬白鷹御召米琉(よねりゆう)など)は伝統的工芸品の指定を受けている。着尺等和装品60%,洋装品40%ほどで絹以外の素材も多用されている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「米沢織物」の意味・わかりやすい解説

米沢織物
よねざわおりもの

山形県米沢市および周辺の地区で産出される織物の総称。江戸時代、安永(あんえい)・天明(てんめい)年間(1772~89)のころ藩主上杉鷹山(ようざん)の産業奨励策によって藩士の子女が養蚕・織製を行ったのに始まり、寛政(かんせい)年間(1789~1801)には博多(はかた)織、縮緬(ちりめん)、紬(つむぎ)(米琉(よねりゅう))、黄八丈、糸織、透綾(すきや)などを産するに至った。今日、米沢は東北第一の機業地で、化繊、洋服地なども多くつくられているが、伝統的なものとしては紬(長井紬、白鷹紬)、袴地(はかまじ)、お召や各種の紋織などが行われている。

[山辺知行]

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