こう‐ばい【紅梅】
[1] 〘名〙
※
経国集(827)一一「賜看
二紅梅
一探
二得争字
一応
レ令一首」
※
蜻蛉(974頃)下「
こうばいのただいまさかりなるしたよりさしあゆみたるに」
② 襲
(かさね)の色目の一つ。表は紅色で、裏は
紫色。また、表は白、裏は
蘇芳(すおう)。春用。
紅梅襲。
※枕(10C終)一〇四「こうばいの固紋、浮紋の御衣ども、紅のうちたる、御衣三重が上にただひき重ねて奉りたる」
③
織物の色の名。紫色の経
(たていと)と紅色の緯
(よこいと)とで織った紫紅色のもの。もとは濃い桃色。
※紫式部日記(1010頃か)寛弘六年正月二日「二日、紅梅の織物、
掻練(かいねり)は濃き、青色の唐衣、色摺の裳」
④ (一般に) 紅色。のちには、紫がかった赤色。
紅梅色。
※枕(10C終)二七八「御返しこうばいの薄様に書かせ給ふが」
※御湯殿上日記‐文明一四年(1482)二月一〇日「むろまち殿よりこうはゐ五十まいる」
※咄本・
醒睡笑(1628)六「おかたの方より、紅梅が使に参りたるよし」
※
俳諧・
去来抄(1702‐04)同門評「紅梅、さび月毛、川原毛」
※
浄瑠璃・双蝶蝶曲輪日記(1749)二「但しは舟で来てではないかと。見廻す向うの紅梅に、ちらりと見えし
与五郎」
※滑稽本・
浮世床(1813‐23)初「紅梅
(コウバイ)、麻茅餠
(あさじもち)」
[2] 「
源氏物語」第四十三帖の名。
薫大将二四歳の春から冬まで。順調に勢力を伸ばした
柏木の弟按察
大納言(のちの紅梅右大臣)の家庭の事情を中心に、薫と
匂宮とのかかわりが描かれる。巻名は、大納言が匂宮に紅梅を贈ったことなどによる。
[語誌]日本には九世紀前後に渡来したらしく、「古今集」撰者時代から目立って歌われるようになる。既に渡来していた
白梅が、その白さを雪によそえられたり凜冽な薫りを讚えられたりしたのに対して、「紅に色をばかへて梅の花香ぞことごとににほはざりける〈
凡河内躬恒〉」〔後撰集‐春上〕とその華やかな色を愛でたり、「嘆きつつ涙に染むる花の色の思ふほどよりうすくもあるかな」〔能宣集〕と紅の涙に譬えたりしているが、和歌では「紅梅」とはいわない。「紅梅」が仮名文に見えるのは「
蜻蛉日記」が早く、白梅は「むめ・紅梅・柳・桜」〔宇津保‐吹上〕のように単に「うめ」といわれることが多かった。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
デジタル大辞泉
「紅梅」の意味・読み・例文・類語
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普及版 字通
「紅梅」の読み・字形・画数・意味
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紅梅 (コウバイ)
出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
世界大百科事典(旧版)内の紅梅の言及
【ゆかた(浴衣)】より
…人前で着るものとして扱われなかったゆかたが,男女ともに外出にも着るようになったのは明治中期以後,上物ができたからである。現在でも女物の紅梅(こうばい),綿絽(めんろ),綿縮(めんちぢみ)などの[中形](ちゆうがた)染や長板本染中形(ながいたほんぞめちゆうがた)の高級ゆかたは,八寸名古屋帯をお太鼓に締めて街着とする。家庭用は裾除(すそよけ)をつけて素肌に着,半幅帯を締めるが,街着とする高級ゆかたには半じゅばんを着る。…
※「紅梅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」