素袍(襖)落(読み)すおうおとし

改訂新版 世界大百科事典 「素袍(襖)落」の意味・わかりやすい解説

素袍(襖)落 (すおうおとし)

(1)狂言曲名。《素袍落》と書く。太郎冠者狂言。大蔵,和泉両流にある。急に伊勢参宮を思い立った主人は,かねて同行を約束していた伯父社交辞令までに誘おうと,太郎冠者口上につかわす。伯父は急のこととて辞退するが,太郎冠者が主人の供をするであろうと察して門出の酒をふるまう。酩酊(めいてい)した冠者は伯父をほめそやし,主人の愚痴を言い気炎をあげたうえに,祝儀に素袍までもらい,上機嫌で帰途につく。太郎冠者の帰りが遅いので途中まで迎えに出た主人が伯父の返事を問いただしても,要領を得ない。主人は腹を立てるが,そのうち,ふらふらしながら冠者が素袍を落としたので,主人はそれをそっと拾い,冠者をからかう。あわてた冠者は素袍を奪い返して逃げて行く(和泉流では,素袍を持ち去る主人を冠者が追い込む)。登場人物は主人,太郎冠者,伯父の3人で太郎冠者がシテ。単純で人がよく酒好きな太郎冠者の性格が活写され,中世から盛んになった伊勢参りの習俗を素材にして,めでたさと楽しさの横溢(おういつ)した狂言。
執筆者:(2)歌舞伎舞踊。《素襖落》と書く。長唄義太夫。1892年10月東京歌舞伎座初演。狂言の《素袍落》に拠った松羽目物。作詞福地桜痴,作曲3世杵屋(きねや)正次郎鶴沢安太郎,振付2世藤間勘右衛門。初演は太郎冠者を9世市川団十郎ほか。新歌舞伎十八番の一つ。狂言では主人,太郎冠者,伯父の3人であるが,舞踊では伯父の代りに姫御寮を出して色気をそえ,ほかにも登場人物を増やし,それぞれに振りをつけて舞台を派手にしている。とくに本来は能《八島》の替アイである〈那須之語〉をここに挿入し,酔態とともに太郎冠者の見せ場としているので,初演の外題は《襖落那須語(すおうおとしなすものがたり)》といった。団十郎好みの品のよい明るい舞踊で,演者の芸と味が要求される。
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世界大百科事典(旧版)内の素袍(襖)落の言及

【松羽目物】より

…歌舞伎舞踊の一系統。能舞台を模して,正面に大きく根付の老松,左右の袖に竹を描いた羽目板,下手に五色の揚幕,上手に切戸口(臆病口)のある舞台装置で演ずるものをいう(ちなみに能舞台では正面の羽目板を〈鏡板(かがみいた)〉といい,松羽目とはいわない)。題材はほとんど能,狂言から採り,衣装,演出も能,狂言に準ずる。歌舞伎はその発生期から先行芸能である能,狂言から芸態,演目を摂取していた。しかし歌舞伎舞踊に大きな地位を占める〈石橋物(しやつきようもの)〉(石橋)や〈道成寺物〉など能取りの所作事も,能を直訳的に歌舞伎に移すのではなく,単に題名や詞章の一部を借りるのみで,自由な発想ともどきの趣向によって換骨奪胎し,みごとに歌舞伎化していた。…

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